第7話 野盗の頭領

 宗則は、白雲斎の言葉を思い出していた。


「戦は、何も、刀と槍だけで勝てるものではない。人の心を読むこと、そして、それを操ることが、戦の勝敗を左右するのだ」


 宗則は、野盗たちと戦うのではなく、彼らを出し抜く方法を考えなければいけない。

 宗則は村人たちから、野盗たちの情報を得ることにした。


「野盗たちは、いつ、どこから、村を襲ってくるのですか?」


「決まって、月のない夜に、村の北側の森からやってくるんじゃ」


「人数は?」


「…十人弱じゃろう。元足軽だったという大男が頭領で、残りは寄せ集めの悪党どもじゃ」


「頭領は?」


「…頭領は、『赤鬼』と呼ばれておる。力は強く、残忍な男だと聞いている…だが、元武士だけあって、用心深い男でもあるそうだ。一度、罠を仕掛けたことがあったんじゃが、見破られてしまってな…」


 宗則は、情報を整理しながら、対策を練った。


(…野盗たちは、数は少ないとはいえ、武器を持っている。しかも、頭領は元武士で用心深い…正面から戦っても、勝ち目はない。)


 宗則は、野盗たちの心理的な隙を突く必要があると感じた。


(…そうだ、野盗たちは、自分たちが強いと過信している。そして、村人たちは、自分たちが弱いと思い込んでいる…この思い込みを逆手に取り、赤鬼もろとも森へとおびき寄せれば!)


 宗則は、村を見渡し、使えるものを探した。

 村の北側の森は、昼間でも薄暗く、夜になれば漆黒の闇に包まれる。

 村人たちは、森で狩猟をする際に、獣を追い込むために、落とし穴や仕掛け弓などの罠を使っていた。


(…これらを活用すれば…)


 宗則は、ある計画を思いつき、村人たちに作戦を説明した。


「野盗たちは、村が空だと分かれば、必ず混乱するはずです。そこで、森の中に予め仕掛けておいた罠へ、野盗たちをおびき寄せるのです。そのためには、皆さんの協力が必要です。決して、野盗たちと真正面から戦ってはいけません。恐怖を克服し、知恵と勇気で野盗たちを追い払いましょう」


 村人たちは最初は戸惑っていたが、宗則の熱意に押され、協力することに同意した。


 数日後、月のない夜がやってきた。野盗たちは、いつものように、村の北側の森から、村へと侵入してきた。

 しかし、村は静まり返っていた。家々は全て真っ暗で、人の気配は全くない。


「…どうした? 村人が逃げ出したのか?」


 野盗の一人が、不審そうに言った。


「…まさか。こんな夜中に、どこへ逃げられるというのだ」


 赤鬼は鼻で笑った。


「…だが、用心するに越したことはない。お前たち、二人ずつ組になり、家々を捜索しろ! 金目の物は、全て奪い尽くすぞ!」


 赤鬼は用心深く、部下たちに指示を出した。


(…警戒しているな…)


 宗則は、村はずれの小屋に隠れ、野盗たちの動きを見守っていた。

 事前に村人たちに、家の中の貴重品を全て隠し、野盗が入ってきても、抵抗せず、大人しくするように指示していた。

 また、村人たちは宗則の指示に従い、森の奥深くに罠を仕掛け、その近くに隠れていた。


 野盗たちは家々を捜索するが、何も見つからない。


「…おかしい…何もないぞ!」


「…村人たちは、どこへ消えたんだ?」


 野盗たちは、次第に不安を覚え始める。


「…頭領、これは、罠かもしれません…」


「…何か、おかしいです…」


 野盗たちは赤鬼に不安を訴えた。


「…馬鹿な! 村人たちが、わしらを罠にかけるなど…」


 赤鬼は強がったが、内心では不安を感じ始めていた。


 その時、森の中から、女の悲鳴が聞こえてきた。


「…きゃああああ!」


「…なんだ!」


 赤鬼は、声のする方へと耳を澄ませた。


「…女の声だ!」


 野盗の一人が興奮気味に言った。


「…まさか、奴ら、森に隠れているのか?」


「…よし、行ってみよう! 女を捕まえれば、金目の物も手に入るかもしれん!」


 赤鬼は欲望に目がくらみ、森へと足を踏み入れた。ほかの野盗たちも、赤鬼の後を追った。


(…うまくいった…)


 宗則は小屋から出て、野盗たちが森に入ったのを確認し、村人たちに合図を送ろうと思ったその時。宗則の背中に刻まれた烏のあざが、かすかに光り始めた。


 まわりに霧がたちこめ始め、森一帯を霧が覆っていく。野盗たちは視界を失い、恐怖と混乱に陥った。


 村人たちは森の入り口に火を放ち、野盗たちの退路を断った。


 赤鬼たちは、女の声を頼りに、森の奥へと進んでいった。しかし、女の姿はどこにも見当たらない。


「…おかしい…どこへ行ったんだ?」


 赤鬼は辺りを見回しながら歩を進めた。その時、赤鬼の足が空を切った。


「…うわああああ!」


 赤鬼は、深い落とし穴へと落ちていった。村人たちが日ごろから森で狩猟をする際に使っていた落とし穴だった。

 宗則は事前に落とし穴の位置を確認し、そこに誘導するように指示していたのだ。


「…ぐああああ!」


 落とし穴の底には、鋭く尖らせた竹槍が何本も埋め込まれていた。

 赤鬼は、その竹槍に体を貫かれ、絶命した。


 後から森に入った野盗たちは、頭領の悲鳴を聞いて駆けつけたが、落とし穴の底で息絶えている赤鬼の姿を見て、恐怖に駆られた。

 さらに、背後からは燃え盛る炎が迫っていた。


「…頭領が…!」


「…火事だ! 逃げろ!」


 野盗たちはパニックに陥り、森の中を逃げ惑った。

 しかし、来た道は炎に阻まれ、逃げ場を失った彼らは森の奥へと散り散りになって逃げていった。


 夜が明けると、村人たちは、森の中へと入っていった。

 そして、彼らは落とし穴の底で息絶えている赤鬼を見つけた。

 村人たちは安堵の息を吐き、宗則に感謝した。


「…宗則様、あなたのおかげで、村は救われました」


 村人達は深々と頭を下げた。


「…いえ、これは、皆さんの勇気のおかげです」


 宗則は謙遜して答えた。

 宗則はこの村での出来事を通して、知恵の使い方次第で大きな力を発揮することを学んだ。

 そして、真の強さとは、武力ではなく、知恵と勇気であることを改めて実感した。


(…私は、この力を、正しく使わなければいけない…)


 宗則は京の都へと続く道を眺めながら、決意を新たにした。


(続く)

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