試合前

 さて、今週の練習だが、やはり練習試合のメンバーの選定だけあって、紅白戦や五対五など、競争を煽り、優劣をつけるような練習が大半を占めていた。私はどうやら4バックの真ん中二つの所でプレーすることを想定されているようであり、試合に出るか出ないかの当落線上にあるようだ。そんな状況だからか、練習は緊張感にあふれていた。練習からお互いを削り合うような激しいプレーも目立ち、宮本コーチが珍しく口調を強くして注意する場面もあった。


 


 そんな中で現在は攻撃側と守備側に分かれた実戦形式の練習だ。出番を控えた中、ココアちゃんが声をかけてきた。




「メイちゃん、シュートコースを限定してくれていたら必ず止めるので、気楽にまもってくださいね」


「ああ、うん、頼りにしてる」


(かわいい顔してずいぶん強気な発言するんだなあ)




「では、次のグループ行きます」


 


 私は急いでグラウンドに入り、そして笛が吹かれた。


 前を見ると、Bチーム屈指の実力者の神崎かんざき 仁美ひとみ先輩と小桜こざくら 姫花ひめか先輩が立っていた。神崎先輩はドリブルが鋭く、小桜先輩は左足の精度が高い。しかもこの二人は仲が良く、コンビネーションもバッチリだ。




(この二人が一緒ってやばいぞ)


 


 私は小桜先輩のマークについた。普段物静かで飄々とした様子の先輩はしばらく、目立ったアクションを見せていなかったが、神崎先輩がボールを持ち、目を合わせると急に前方へ動き出した。




(え、ちょっと)


 


神崎先輩から私の裏にボールが出され、私も慌てて走り出す。なんとボールは動き出しにしっかり合っていた。実際の試合であればオフサイドを疑う場面ではあるが、この練習では線審は居らず、オフサイドのルールはない。




(プロじゃあるまいしなんでこんなに完璧なパスを出すんだ。ホントに二人ともBチーム?)


 


 多分これは出来すぎなパスだとは思うが、そんなことを言っている場合ではない。小桜先輩が一つボールをトラップして角度は少々無いが左足でのシュートモーションに入った。ワントラップ入ったおかげでなんとか私はボールに追いつく。




(どうする、滑り込むか?)




「滑らないで!」


 


 ココアちゃんのコーチングが聞こえて私は咄嗟に足を出すだけに止める。すると、小桜先輩はシュートフェイントで右足に持ち替え、もう一度シュートモーションに入った。勢いあまって滑り込まなかったことが幸いし、もう一度プレッシャーをかけることができた。私はここで滑り込む。利き足とは違うシュートは威力こそないが、カーブ性の巻いたキックで良いコースに飛んでいた。ココアちゃんは大きい体を目いっぱい伸ばしてボールを弾いた。




 ボールが外に出たのを確認し、コーチが笛を吹いた。




「今のプレーは、攻撃側と守備側、双方良かったです。これを続けていきましょう」


 


一応コーチからお褒めの言葉をいただいた。だが、私のプレーはどのように映ったのだろうか。ただ小桜先輩に翻弄され、キーパーに助けられただけに映ったのではないのだろうか。いや、むしろ実際の試合だと、コーナーキックになっているため、ピンチを拡大させただけではないだろうか。メモをとるコーチの姿に不安が募る。




「メイちゃん、お疲れ様です。ナイスディフェンスでした」


 


外に出るとココアちゃんがハイタッチを求めてきたのでそれに応える。




「いやいや、ココアちゃんのおかげ。私はただ翻弄させられただけだったよ」




「いいえ、メイちゃんが追いついてくれたからこそ、私も止められました。コーチも良かったと褒めてくれたんですから、自信を持ちましょう!あ、もう次の出番、私行きますね」


 ココアちゃんは胸を張ってゴールマウスに向かう。その自信満々の姿を頼もしく感じた。










 ココアちゃんなどの周りの部員の助けも借り、なんとか残りの練習もこなし、試合前日の昼、ついに先発メンバーの発表がされた。




「では、明日の先発メンバー、リザーブのメンバーを発表します。監督とも話したのですが、ここ一週間の練習で、皆さんが大いにアピールをしてくれましたので、今回の練習試合は全てBチームのメンバーで臨みます。えー、先発はGK、大家さん」


「はい!」




 まずはココアちゃんが呼ばれた。あれ以降もビッグセーブを連発していたことから当然と言えるだろう。




「DFは右から清水さん」


「はい!」


「……沢渡さん」


「は、はい!」


(よ、呼ばれた呼ばれた呼ばれたー)




 心臓の鼓動が収まらない。たかが練習試合ではあるが、ここで結果を残す残さないでこの一年間が大きく違ってくるような気がしてならない。


(やるしかない、か)


「……関さん」


「はい!」




「以上の十人がリザーブメンバーです。出番が来たらすぐに入れるように準備をしておいてください。それでは、リザーブ組とメンバー外の方達は、指示に従って練習を続けてもらいます。明日のスタメン組には、これから明日の高校のビデオを見てもらいます。その上で、明日の作戦、ゲームプランを自分達で決めてください」


「コーチ、質問いいでしょうか?」


「神崎さん、なんでしょう?」


「私たちが決めるんですか?普通は、そういうのコーチとか監督が決めるものなんじゃないかって思うんですけど」


 


神崎先輩の言うことはもっともだ。試合に関することはコーチからの指示の下選手が動くという形が多い。




「もちろん、私も目を通します。その上で、作戦や目標がおかしいと感じた場合は、訂正しますよ。監督とも話していたのですが、今のあなたたちに一番足りないのは、サッカー脳の部分だと、私たちは考えています。私たちがいくら口うるさく指示をしようと、実際にプレーするのはあなたたち選手です。まずは自分達が試合をするということをしっかり意識した上で、明日はどのように動くか、よく考えてください」






 というわけで、私たちスタメン組はミーティングルームに移動し、私はココアちゃんの隣に座り映像の準備が出来るのを待っていた。




「えーっと明日の相手は、堀川北高校?確か、そこそこ有名な公立高校だよね?中学でも行く人結構いたかも。サッカーではあんまり聞かないけど、どういう高校か分かる?」


「私もよく分かりませんが、今回の総体予選は二回戦敗退、つまり私たちよりも良い成績を残しています。格下と判断することはできませんね。スコアは一回戦2対0で、二回戦1対3でした」


「すごいね、スコアまで調べてたの?」


「はい、この前対戦相手が分かってから、色々調べてたんですけど、これだけだったら試合内容までは全然分からないんですよね」


「まあ、そこは映像を見たら分かると思うけど、あ、始まるみたいだよ」


 


 映像には堀川北高校の一回戦、二回戦のダイジェストがまとめてあった。得点シーンや失点シーンはもちろん、決定機を作り出したシーンや危ないシーンもふんだんに入れられており、堀川北高校の特徴がよく分かるような作りとなっていた。




(攻撃の形がはっきりしてる。悪いチームじゃないかも)




 堀川北高校のチャンスの多くは十番でおそらくトップ下の選手のパスから生まれていた。まずはキープ力のあるFWが十番にパスをし、そこからボールを展開してピッチを広く使うといったパターンが確立されている。このパターンを相当練習してきているのか各選手に迷いがなく、精度が高い。




 映像が終了し、部屋を明るくすると、十五分ほどの時間が与えられた。この時間内に決めろということらしい。




「よし、じゃあ時間も無いし、私が仕切ってもいい?」




 神崎先輩がホワイトボードに立ち、皆に語りかけた。Aチームと遜色がないくらいにうまく、発言力もある神崎先輩なら適任だろう。反対意見がないのを見て先輩は話し始めた。




「オッケー、じゃあ姫花、書記やってもらえる?」


「あ、うん」




 小桜先輩が小走りで前に出て行くが、途中で躓き、少しよろめく場面があった。これには部員達から少し笑いがこぼれる。




(練習の時はあんなに落ち着いてたのに、ドジっ子というかなんというか…………)




「そんなに焦らなくていいよ。大丈夫?」


「う、うん。ごめんなさい」


「ケガが無いならいいよ。早速始めよ。うーん映像見た感じ、フォーメーションは4-2-3-1かな?それとも、4-4-2?姫花はどう思う?」


「えっと…………十番の子は…………基本的には下がってボール受けてたから、九番のワントップ…………だと思う」




 内気な性格なのか、口ごもりながら話した。テンポが遅いため、話す人によってはイライラしそうだ。




「そうだね、じゃあ4-2-3-1か。攻撃に関しては、結構精度が良かったし、速い攻撃してたよね。香奈、ディフェンダーの視点からは、どう思った?」


 


 香奈とは、私とCBコンビを組む二年生の平野ひらの 香奈かな先輩だ。




「やっぱり十番が怖いかな。うまかったし、十番がボールを持ったら皆動くしで、攻撃の中心って感じだよね。後、九番のポストプレーも気をつけなくちゃいけないと思う」


「やっぱ前線の二人がキーマンだよね。この二人とマッチアップするのは香奈と……えっとメイちゃんか。メイちゃんは、こんな風に守りたいとか、あったりする?」


「あ、私ですか?」




 ほとんど話したことはないはずだが、下の名前を呼ばれ、少し驚いた。




「うん、なんでもいいから、あれば言ってくれるかな?」


「はい、分かりました。一つ思ったのが、私たちDFだけじゃなくて、チーム全体として、あの十番を気にしなくちゃいけないのかなっていうことなんですけど」


「それは、どういうこと?」


「あの十番、中盤とDFの間で流動的に動いてボールを受けてて、私たちが見てるだけだったら、捕まえるのが難しいと思います。映像でも、そうやってマークを振り切ってフリーでボールを受けてたシーンが多くありました。だから、中盤の選手も、しっかり位置を把握して、パスコースを無くしておいてくれたら、多分自由にボールを持たれることも減ります。あと、もう一個いいですか?」


「うん、続けて続けて」


「前線の人も、しっかりとボールを持ってる人にプレッシャーをかけたら後ろも楽になると思います。基本的に、十番と九番は受け手でしたから、ボールの出し手に対してしっかりと圧力をかけたら、前線の二人に仕事をされることは少なくなります」


「うんうん、確か失点の内の一つは、自陣で相手にボールを奪われての失点だったし、それは攻撃にも繋がるかもね」


「はい、そうだと思います。私が見た限り、その二つができてたのが、二回戦の学校で、できてなかったのが、一回戦の学校だったのかなって…………あ、すいません、以上です」




 思わず、頭にあることをよく整理もせず話してしまった。ちゃんと分かりやすい説明はできただろうか。




「いや、すごくいい守備プランだったと思う。まとめると、中盤もしっかり十番の位置を把握して、前線はしっかりプレッシャーをかけに行くってことだね。よし、誰かこれに対して意見とか、付け加えることとかある?」


「仁美、ちょっといい?」


「うん、何?」


「前線がプレッシャーをかけに行く時は、他の人もちゃんと連動しないと逆にピンチにならない?」


「確かに、そういう可能性もあるね。ちょっと確認してみようか。姫花、マグネット用意してくれる?」




 議論が活発になってきたようだ。私の意見がちゃんと伝わっているようで少しほっとした。宮本コーチも心なしか穏やかに見ているような気がする。


 それからもミーティングは続いていき、なんとかゲームプランのようなものはできあがった。




「宮本コーチ、こんな感じでいいですか?」


「……そうですね、修正すべき点は多少ありますが、概ね大丈夫だと思います。それでは、そのプランにある、プレッシャーの連動の確認を行いましょう。十五分後にグラウンドに集合してください」




 その後は宮本コーチの指示で、明日の試合に向けた練習を行い、監督からゲームプランの若干の修正を加えられ、明日の試合に登録されている部員は疲れを残さないために早めの解散となった。




「有希ちゃん、先に上がりますね」


「うん、二人とも、明日は頑張ってね。めっちゃ応援するから」


「うん、有希も練習がんばって」


「おう、私もそろそろBチームで練習するからね」




 練習を続ける有希と別れ、帰途につく。












「有希、頑張ってるよね」


「そうですよね。私たちも抜かれないように頑張らないと」


 サッカー初心者の有希も、前向きに練習に取り組んでおり、着実にレベルアップしていた。今は初心者のグループで基礎的なキックやトラップの練習に取り組んでいるが、じきにBチームに上がってきそうだ。




「ところでメイちゃん、びっくりしましたよ。先輩達がいっぱいいる中であんなに堂々と意見できるなんて」




 ココアちゃんは目を輝かせて話し始めた。


 正直、その時のことを思い出すと羞恥心で体が熱くなってくるのであまり話したくない。先輩達の中で生意気なやつという印象が残ってないか心配で仕方ない。




「いや、思ったこと言っただけだよ。うまく説明できたかわからないし」


「何を言ってるんですか?私の思ってたことをほとんど言ってくれました。なんか軍師みたいでかっこよかったです。明日の作戦はメイちゃんが決めたようなものですよ。私、今までメイちゃんのこと見くびってました!メイちゃんは頭のいい選手なんですね!」




(そんな顔で見ないでくれよ、余計に恥ずかしくなる)




 こんなに褒めてくる人は日向以来だ。日向は小学校の時から事あるごとに私のことを褒めてきて、中学校の時は嫌みを言っているんじゃないかと勘ぐったくらいだ。終いには素直に受け止めることができずに当たり散らしてしまったのを思い出す。




(私はそんなにいい選手じゃないのに………………)




「あ、メイちゃんとココアちゃんじゃん!」




 そんな暗い思考に陥りかけたその時、聞き覚えのある声が聞こえた。顔をあげると、神崎先輩と小桜先輩が門の前に立っていた。神崎先輩は笑いながら手を振り、小桜先輩は静かにお辞儀をした。どこから見ても正反対な二人である。




「どうも」


「おーっす、二人とも、今帰り?解散したの大分前なのに、遅いね?」


「はい、しばらく有希ちゃん、斉藤さんと話してたので」


「斉藤さん?ああ、二人がいつも一緒にいるちっちゃい子か。朝練ではいつも三人で楽しそうに練習してるよね」




 先輩と話すのは緊張するのだが、神崎先輩のように笑顔で明るく話してくれるとこちらも話しやすい。




「先輩達はどうして帰ってなかったんですか?」


「ああ、明日の試合について話しててね。お腹もすいてきたし、ちょっと移動して話そうって言ってたとこなんだよ……ってどうした?」




 神崎先輩が話している途中で小桜先輩が少し袖を引っ張った。その仕草が妙に可愛らしく庇護欲がかき立てられる。




「二人も……一緒に」


「ああ、そっか。二人と話したがってたね。二人とも、今から少し大丈夫?」


「私は大丈夫ですよ。今日はもう体を動かせませんし、家に帰っても暇なので。メイちゃんはどうですか?」


「私も大丈夫です」


「そっかー、良かった。人数は多い方が楽しいもんね。今日は決起集会ってことで」










「ココアちゃんって背が高いよね。どのくらいあるの?」


「この前の身体測定では百八十三センチありました」


「マジで?何食べてたらそんなになるの?」


「毎日牛乳飲んでたぐらいですかね?お父さんが二メートルぐらいなので、その影響もあるのかな?」


「いいなあ。私ももうちょっと身長ほしいんだけど、もう止まっちゃったんだよね」


「女の子としたらその辺が一番ですよ。伸びすぎたら、着る服もなくて困るんですよね」




「………………」




 前でココアちゃんと神崎先輩が楽しく話している一方で、私と小桜先輩は先ほどから一言も言葉を交わしていなかった。小桜先輩はあまり話すのが得意ではないようなので、初めて話す後輩と二人になってしまっては、こうなるのも仕方がないだろう。




(ここは私が頑張らないと)




「あのー、小桜先輩は左足の精度がものすごく高いですけど、箸とかを持つのも、左なんですか?」


「……箸とか鉛筆は右……」


「へー、なんで逆なんでしょうね?」


「……知らない……」


「そ、そうですか……」




 以上、終わり。




(しまったー、私もそんなにコミュ力が高いわけじゃなかった)




「あの、沢渡さん」




 私がどうやって話を広げようか頭を抱えていると、小桜先輩から声をかけられた。




「ごめんなさい、私が話すの、得意じゃないから、気を遣わせちゃって。私、ダメな先輩だね……」




 悲しそうに話すその姿が妙に儚げに感じさせる。私はその通りだという言葉を押さえ込んで必死に慰めの言葉を探した。




「そ、そんなことないですよ。人は苦手なものが必ずありますし、小桜先輩の場合はそれが話すことってだけですよ」


「けど、話すことだけじゃない、私、すごく鈍くさくて。今日、見たでしょ?皆が見てる前であんなに派手に転んで」


「い、いやいや。あれはむしろめっちゃ可愛かったです


「可愛い?」


「ええ、むしろあざとい所まで行っちゃいそうでしたよ。それに小桜先輩はサッカーがうまいじゃないですか。フォームもきれいだし、私も練習で何回かやられてますし。正直羨ましいなって思います」


「ありがとう、沢渡さんも上手、だったよ?」




 小桜先輩はやっと微笑みをこぼしてくれた。いつも無表情だったので気づかなかったが、小桜先輩は正に大和撫子を感じさせるような上品な顔立ちをしており、今のような微笑がよく似合う。




「あ、姫花が笑ってる」




 しばらく見とれていると、前にいた神崎先輩が後ろを見て楽しそうに言った。




「お、メイちゃん見とれてるね?姫花、笑ったらめっちゃ可愛いでしょ?」


「いや、可愛いっていうより綺麗って感じで……ってあ!!すいません」




 慌てて口を押さえた。本人の目の前で何言ってんだ私は。


 小桜先輩はしばらくキョトンとしていたが、やがて意味を察したのか少し顔を赤くしてまた微笑んだ。




「いや、嬉しい。ありがとう」




 今度は私が顔を赤くする番だ。顔を直視できず、私はつい下を向いて顔を覆って隠した。その様子を不思議に思ったのか小桜先輩はどうしたの?と言いながら顔を覗き込んでいるようだ。




(やめてくれ、余計に恥ずかしくなる)




「これは破壊力がすごいですね」


「そうでしょ?これを意識せずにやるんだよなあ。この子と結婚する男は大変だ」




 しみじみと話す二人に私は強く同意した。














「それじゃあ、明日の勝利と私達の好プレーを願って、かんぱーい!」


「「「かんぱーい!」




 某イタリアンレストランに移動した私達はドリンクバーのジュースで乾杯した。経済的に余裕のない高校生にとっては心強い味方だ。




「ココアちゃんのセービングには痺れたよ。特に今日の練習で姫花のシュート止めたやつ。あれは入ったと思ったんだけどなあ。ね?姫花もそう思うでしょ?」


「うん、私もびっくりした」


「メイちゃんがしっかりプレッシャーをかけてくれてコースは分かっていたので、反応するだけだったんですよ。私にとってもDFとしっかり連携がとれた気持ちいいセーブでした」


「あのコーチングには助かったよ。無かったら多分滑り込んでノープレッシャーでシュート撃たれてたから」


「将来は二人がウチの守備の要だからねえ。息ピッタリなのは良いことだ」




 うんうんと頷きながら神崎先輩はつぶやいた。しかしそれはいくらなんでも時期尚早すぎないだろうか。




「それは、なんかちょっと気が早いような…………」


「何言ってんの?この前試合に出た藤堂さんを除いたら二人が一年生の中では一番に試合に出るんだよ?首脳陣からは相当期待されてるってことだよ。アピールすればAチームでも試合に出られるよ。特に今年からは監督が替わってきちんとした競争があるからね。明日は頑張らないと」


「あの、答えたくないんだったら大丈夫なんですけど、練習を見る限り、お二人はBチームにいるレベルではないと思うんですけど、何でBチームに居るんですか?やっぱり去年までの監督と関係あるんですか?」




 その瞬間、少し空気が凍るのを感じた。神崎先輩の笑顔にぎこちなさが加わり、小桜先輩は少し決まりが悪そうに顔を俯かせた。




「あー、それはね。えーっとどっから話したもんかなあ」


「いや、別に大丈夫ですよ。無理に話さなくても」


「もう終わったことだし、別にいいんだけどさ、あんまし楽しい話じゃないから。簡単に言うと、去年はAチームに居たんだけど、監督に逆らったら干されちゃった、それだけの話だよ」


「え、そんなことが本当にあるんですか?」




 プロの世界だとそんなことよくある話ではあるのだが、高校サッカーでそんなことをやっている監督は聞いたことがないし碌な監督ではないだろう。




「信じられないよね。やめるのが分かってたらやめるまで我慢したのになあ」




 神崎先輩は天を仰ぎ、悔しそうにつぶやいた。確かに現在のAチームが前年のチームを引き継いだ物だとすると、監督に反抗してBチームに落ちなければ、二人はAチームに居ただろう。




「前の監督は私にとっては酷い監督だったよ。サッカーを楽しもうとか言って試合は常に上級生優先で試合中や練習中のミスを注意することすらなかった。そんでもって試合に負けても残念でしたで終わってヘラヘラするような連中ばっかりだったよ。それで全国大会が目標って言うんだから笑っちゃうよね」




 そうおどけながら話す神崎先輩は逆に痛々しく見え、私は二人の心の傷に軽く踏み入ってしまったことを後悔した。




「それでAチームの一年生みんなに監督に直談判しようって言って、最初はみんな乗り気だったんだけど、結局来てくれたのは姫花一人だけ。それでもっと真剣にやりたい、あなたのやり方は間違ってる、なんて言ったら何かしら理由を付けられてBチームに落とされたよ。どんだけアピールしてもAチームには戻れなかった」


「それはでも、他の一年生も酷いんじゃ……」


「私も最初はそう思ったよ。けど、仕方なかった。あの監督に従ってさえ居たら、上級生になれば必ずスタメンで出られるんだから。けど、今はそんなことはどうでもいい。監督は変わった。明日結果を残せば新しい監督は絶対見てくれる」




 神崎先輩が目の色を変えたように見えた。人それぞれ、明日の試合に対する強い思いがあるのかもしれない。


 すると、隣からすすり泣くような声が聞こえた。




「え、ちょ、ココアちゃんどうしたの?」


「うう、ずみまぜん、悲しくなっちゃって、明日、勝ちましょうね」




 机に突っ伏して声を上げて泣き出したココアちゃんの背中をさすっていると、私も明日の試合に対する意欲が高まってくる。




「ココアちゃんの言うとおりですよ。明日は勝ちましょう。先輩達はBチームに居ていい人じゃないです」




 私は次の試合、活躍する自信があるわけじゃない。けど、会ってまもない後輩に優しくしてくれ、監督にまで意見するほどサッカーに対する想いがある二人のためなら、自分の実力の全てを出せるような気がした。

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