千載一遇
地獄のような走り込み中心の練習にもいくらか慣れてきた頃、我らが芳都野高校はいよいよ高校サッカーにおける夏の甲子園である高校総体の東京都予選の初戦を迎えようとしていた。本日の試合は芳都野高校のグラウンドで行われ、私はグラウンドの外で高校に入ってからいつも一緒にいる有希とココアちゃんと観戦をしていた。
「なんだか、私たちが出るわけじゃないのに緊張するね」
有希が胸に手を当ててつぶやいた。私たち一年生は当然と言ってもいいことだが、登録メンバーには入っていなかった。
「そういえば、有希ちゃんは自分のチームのサッカーの試合を見るのは初めてでしたね。試合に出られないことは悔しいですけど、みんなには頑張ってほしくて、なんだか複雑な気持ちですよね」
ココアちゃんが笑顔でこちらを向いて同意を求めてくる。心の奥底で味方の敗戦を願っていた私には答えづらい質問だ。
「ああ、まあね」
「そうですよね、こうして試合を見るのもいいんですけど、やっぱりサッカー選手は試合に出ないと面白くないですし、もっと練習して早く試合に出たいです」
若干口ごもってしまったが、特に気にならなかったようで、追求されることはなく話は進んでいった。そうこうしているうちに選手が入場してきた。その中には私の中学時代のチームメイト、藤堂さんもいた。
「藤堂さんはすごいよね。まだ春なのに、一年生からスタメンなんて」
「練習見ててもセンスはずば抜けてますよ。シュート練習なんか先輩と混じってても威力はすごいですし、精度も高いです。メイちゃんは、練習で何度もマッチアップしたんじゃないですか?」
「うん、私じゃ完全に押さえ込めたことは一回もなかったよ」
彼女は足も速ければ体も強く、しかもどんな体勢からでもシュートを狙ってくるので、DFとしては一番やっかいなタイプだった。
「そんなに凄い子がウチにいるんなら、今日の試合は楽勝だね!」
有希が笑顔を浮かべてあっけらかんと話す。今日の相手は、女子サッカーではほとんど名前を聞かない学校で、そう思うのも当然ではあるのだが、芳都野高校にも少し懸念事項がある。
「そうだといいんだけどね………………」
「何か心配事でもあるの?」
「十一人でやるサッカーは、だれかうまい人が一人入ったからってチームが良くなるとは限らないから、そこがちょっと心配で」
「今の三年生と二年生だけで戦った、直近の新人戦でもウチはあまりいい成績を残せてないですからね。最後に点をとるのはFWでも、そこまでボールを繋ぐのは、当然他の選手で、そこはちょっと不安ですよね。皆さんの試合をよく見てるわけではないですけど、話を聞く限りでは、藤堂さんは先輩方とうまく連携ができているわけでは無いようですし………………」
一抹の不安を残す中、主審のホイッスルが鳴り、試合は始まった。
「これはあんまり良くない展開ですよね」
「うん。正直、ここまで点が取れないとは思ってなかった」
中学時代は一試合に一点のぐらいのペースで点をとっていた藤堂さんがいれば、ある程度の点はとれると思っていたのだが、どうやら甘かったらしい。思いのほか強く、前からプレスをかけてきた相手に対して、こちらは碌にパスを回せず、苦し紛れのロングボールを蹴るばかりになっていた。それを守備ラインを高く設定している相手に拾われて二次攻撃を受けるという悪循環になっている。ディフェンスはなんとか持ちこたえており、相手の決定力の無さにも助けられて現在後半の終わりまで来て無失点ではあるが、押されているのはこちらだ。
「こういう時ってどうすればいいの?」
「前からプレスに来てるってことは、それをかいくぐればスペースがあるってこと。相手も疲れてきて、前線と中盤のスペースも空いてるし、ドリブルか何かで一人でも剥がせれば…………ってそうそうあんな感じ!」
CBでキャプテンの長瀬先輩が左SBにボールを渡し、それをすぐさま前に走るキャプテンにボールを戻す。所謂ワンツーでプレスをかけに来た相手を置き去りにした。キャプテンはボールを副キャプテンでボランチの漣さざなみ先輩に渡す。漣先輩はすぐさまサイドチェンジをし、ボールは右MFに渡る。一連のボール回しで相手は左側に寄っていたため、大きなチャンスだ。ペナルティエリアの中ではマークを外すべく、藤堂さんともう一人のFWが動き出している。
(うまく藤堂さんにクロスを合わせれば点は取れる!!)
右MFの先輩がドリブルを仕掛け、クロスを上げようとした所、ユニフォームに手をかけられ、両者共に転倒した。当然これにはホイッスルが吹かれ、ペナルティエリアの少し外で、ゴール右横の絶好の位置でのフリーキックを得た。
フリーキックを蹴る漣先輩に藤堂さんが駆け寄ると、一言二言何かを話し、ペナルティエリア内のポジション取りに参加した。おそらく、ボールを蹴る場所の指示だろう。
(私なら、どこに走り込むのかな)
緊迫した空気の中、漣先輩がマイナスの方向にグラウンダーのボールを送った。その場にいる誰もが意表をつかれ、反応が遅れる中、藤堂さんが一人ボールに向かって動いていた。そのまま右足を振り抜き、豪快にネットを揺らした。
「うわあ、藤堂さん、やったね!」
「はい、絶妙なポジショニングと、シュートも正確にコントロールされてしかもキーパーが反応できない威力とコース、全て完璧でした」
二人が興奮したように顔を紅潮させ、話している。
(ずるいなあ、女子で、しかも一年生なのにあんなシュート撃てるなんて。まあ、昔からそうだったか)
藤堂さんは当然だと言わんばかりに全く喜びもせず、自陣に戻っていった。
「大丈夫かな。もうすぐ終わりだよね」
「もうロスタイムです。最後まで集中すれば、大丈夫です」
相手は失点後、攻勢を更に強めてきていたが、こちらもなんとか耐えしのぎ、後半のロスタイムに入っていた。
相手の選手が前線にロングボールを送った。DFとFWが競った際に後ろにボールがSBとGKの間にバウンドしていく。両者がボールを追いかけていくが、二人にはお互いの姿が見えていないようだった。
(まずい!どっちかが声出さないと!)
SBがキーパーにボールを戻そうとヘディングでゴール方向に戻す。しかし、キーパーも前に出ており、キーパーの頭上をこえ、ボールは無人のゴールに転がっていった。
「入っちゃったの?」
暫しの沈黙の後、呆然とした有希がつぶやいた。
「うん、オウンゴール、私たちの失点だよ」
相手が同点ゴールを喜ぶ中、主審が試合終了を告げる笛を三回吹いた。
前後半で決着がつかなかった場合、この段階では即PK戦だ。お互い五本ずつキックを行い、成功数が多いチームの勝利となる。
「PK戦、どうなるんだろうね」
もう既にセンターサークル内では両チームの選手が横一列に並んでおり、一人目の藤堂さんがPKを蹴りに向かっていた。
「こればっかりはほとんど運ですからね。キーパーの立場からすれば、圧倒的に不利な立場ですから気が楽ですけど、キッカーはプレッシャーがかかりそうですよね」
「そうなの?あんなに近いし、ギリギリの所蹴れば、簡単だと思ってた」
「いや、めっちゃ緊張するし、際どい所に蹴るってことは、ちょっと力入ったら外すってことだし、際どい所に蹴るのは勇気がいるよ」
主審がホイッスルを鳴らす。
藤堂さんはしっかり自分のペースで助走をつけ、勢いのあるボールをゴールの右隅に叩きこんだ。キーパーはボールと同じ方向に跳びはしたが、ボールには触れず、そのままネットが揺れた。
「ってさっそくギリギリのコースに蹴ってるよ?」
「藤堂さんほどの技術があればあそこに蹴れるのかもね」
「あんなところに常に蹴られたんじゃPK戦なんていつまで経っても決着がつきませんよ」
相手の一人目のキッカーも落ち着いて成功させ、やはりしばらくは成功が続く展開になるかと思われた。しかし………………
「あ!!!!!!」
続く芳都野高校の二人目が思いっきりボールをふかしてしまい、ボールはバーをかすめてそのまま高く飛んでいった。
続いて相手チームの二人目に決められ、こちらの三人目はコースを読まれてキーパーに弾き返されてしまった。
「…………………………」
試合の大勢は決し、グラウンドの外のメンバー外の選手達も静まりかえってしまった。相手チームの三人目もこちらのキーパーの逆をつき、PKを成功させた。
四人目の先輩は成功するも、続くキッカーに決められ、芳都野高校は敗退となった。横を見ると、有希は目を背けており、ココアちゃんは憤りともとれる表情でグラウンドを見つめていた。
私は今、どんな表情をしているのだろうか。私が出ていないチームが負けて嬉しそうにしているのか、有希みたいに悲しそうにしているのか、ココアちゃんのように味方の不甲斐なさに怒りを感じていたのか。それとも何も感じておらず、無の表情をしているのか。
(自分の気持ちが分からないって気持ち悪いなあ)
私に複雑な気持ちを植え付け、後味悪く今年度初の公式戦は終了した。
本日は他の高校の試合もあり、グラウンドが使えないため、ミーティングの後に解散となる。私たちメンバー外の部員はミーティングルームの教室に移動した。
「なんでこんなことになっちゃったの?相手弱い所だったんでしょ?」
「確かに、技術だけだったら私達の方が上だったと思います。ですけど、相手が予想外の行動をとってきたことに慌てて、完全に受けの姿勢になっていました。後半最後のオウンゴールもどっちかがしっかりしていれば絶対に起こらないゴールで、正直ちゃんと練習してるのかって感じですよ」
普段はほんわかとしているココアちゃんだが、今は大変ご立腹だ。サッカーのことになると相当熱くなる性格らしい。
「まあ、外から見て言うなら簡単だけどね。実際にその場に立ってみたらまた難しかったりするから」
「確かにそうなんですけど、私が出てない試合で内容が良くなかったら、なんかすっきりしません」
そうこうしていると、扉が開く音が鳴り、宮本コーチが教室に入ってきた。
「はい、みんな静かに。ミーティングを始めます」
Bチームを指導する宮本コーチは藤堂監督と高校時代はチームメイトだったらしい。眼鏡をかけていて知的な印象を与える女性で、部員にも常に敬語で話し、怒鳴ることは基本的にはない。一見監督よりも優しい印象を受けるのだが、どんな些細なミスも見逃さずネチネチと注意をしてくるため、ある意味では監督よりも厄介なのかもれない。
「今回は重要なことを二つ話します。一つ目ですが、まずプリントを配ります。人数分とって後ろに回してください」
前の席からプリントが送られてくる。プリントにはそこには今日の試合を自由に分析をしなさいと書いてあった。
「そこにある通りです。今日の試合を自由に分析をして月曜日に提出してください。サッカー初心者の方もいると思いますけど、その方も変に身構えないでください。正確な分析は求めていません。今日の試合を見てどう思ったか。それで十分です」
コーチはどこまでも淡々と、機械的に話している。
「他の方との相談は厳禁です。もし発覚した場合は一週間ほど練習参加を禁止しますので、ご注意ください。なにか質問はありますでしょうか」
「はい!」
「神崎さん、なんでしょうか?」
「この課題で私たちの評価って上がったり下がったりするんですか?」
だれもが気になった質問だろう。全員が息を飲むのを感じた。
「そのようなことを意識する必要はありませんが、お答えします。これで評価が下がったりすることは基本的にはありません。また、評価の基準の大部分は皆さんのプレーです。この課題の意図はまだ皆さんのことを、特に一年生はよく知らないので、どういうことを考えながらサッカーを見ているのかが気になるだけです。これでよろしいでしょうか」
「はい!ありがとうございます」
神崎先輩は丁寧にお辞儀をして、席についた。
「二つ目ですが、おそらく来週あたりになりますが、練習試合を行うことが決定しました。詳細についてはまたお知らせしますが、メンバーは、何人かはAチームから来てもらうかもしれませんが、大部分はBチームから選抜します」
ここで少し皆がざわつく。当然だろう。ここにいるみんなは試合に絡めていない人ばかりなのだ。コーチが一つ手を叩いた。
「はい、みなさんお静かに。正直、私は今日の試合を見て少し怒っています。今日の試合に出たメンバーは我々よりもうまいはずなんです。それがあの体たらくですよ。対戦相手の部員はこう言っていました。『監督が替わったって聞いたけど、全然強くなってない』『むしろ弱くなってない?』、と」
確かにここまで言われていたと知ると、腹の奥底からこみ上げてくるものを感じる。
「腹は立ちますが、今日の試合を見る限り、反論はできません。そう言われても仕方の無い出来であったことは、みなさんにもお分かりだったと思います」
みんなが一様に顔を落とした。ここで宮本コーチが挑戦的な目を浮かべ、私たちに語りかけた。
「しかし、我々にとってこれは千載一遇のチャンスです。今回の練習試合、監督も視察に来ます。監督も負けてしまった後で、新たな戦力を発掘しようと考えるはず。もちろん普段から皆さんの様子は逐一監督にお知らせしていますが、目の前でAチームよりも良いプレーをすれば…………そこから先は言わなくても分かりますね」
ここまで感情を乗せて話すコーチを初めて見た。皆魅入られたように監督の話を聞き入っている。
「では、来週からの練習は出場メンバーを厳選する練習です。心して練習に来てください。では今日はこれで終了となります。お疲れ様でした」
「なんか、試合に負けた悔しさなんてふっとんじゃった」
「うん、あんなに生き生きしてるコーチ見るの、はじめてだったよね」
方面の違うココアちゃんと別れ、私たち二人は電車に乗り込み、今日のことについて話していた。
「ねえ、メイは試合に出れそうなの?」
「みんながどのぐらいうまいのか、まだよく分かんないから、どうだろ。けど………………」
「けど?」
考え込む私をのぞき込んで聞いてくる。
「出たい、けど、活躍できる自信はないって感じかな?」
それを聞くと、少し考え込んで、何気なく口を開く。
「ふーん、私から見たら、メイってものすごくうまいんだけどな」
「そうかな?」
「そうだよ、リフティング見せてもらった時なんて感動した。だから自信無いなんて言うなよ」
元気づけるように有希が背中を叩いてくる。何気ない友達の優しさを私は嬉しく思った。
家に戻り、まずは一心不乱に今日の試合の分析をした。出来を気にする必要はないとは言っていたが、出来がよければサッカー脳があるという評価は得られるだろう。
(一番の課題は、自信のなさがプレーに出てた所かな?練習を見る限り、先輩達は下手じゃない。十一人が連動できてなかったあの程度のプレスならかいくぐれていたはず。なのに、適当にボールを蹴って相手にセカンドボールを渡して、相手を勢いづかせてしまった。ほかにも…………)
シャーペンを動かし続ける。ふと息をつくと、プリントの上から下まで、余白部分はすべて書き切ってしまった。
(なんだか体がウズウズする)
居ても立ってもいられないとはこのことだろう。母親の晩ご飯ができるという言葉にすぐ戻るとだけ返し、しばらく公園でボールを蹴った。インサイドキック、インステップキック、小さい頃から欠かさずに続けてきたそれは私が得意と言える数少ないプレーである。
(試合に出たい、勝ちたい。けど、怖い)
自信が無いのは私も一緒だ。中学時代、私がスタメンで出る機会はほとんど無かった。試合に出て、良いプレーをできる保証はない。
(絶対きっかけを掴んでみせる)
自信をつけるには、試合に出るしかないのだ。
業を煮やした母親が様子を見にくるまで、私は自主練習を続けた。
さて、衝撃の敗戦と練習試合の告知後、初の練習日である。いつものようにジョギングを行い、朝練を行うために開門時間に間に合うように家を出た。朝練は強制ではないが、ほとんど毎日行われる。とは言っても、開門してからホームルームまでの一時間ほどの短い時間で、練習メニューはなく、各自で自由に課題に取り組む、放課後からの練習に比べれば遙かに楽な練習である。私は、有希、ココアちゃんと一緒に、ランニングや基本的なキックの確認などに取り組んでいるのだが…………
「なんか今日、人多くない?」
「確かに。練習試合があるからみんな必死なのかな?」
「いや、Aチームの人も多いですし、何かあったんですかね?」
朝は体の動きが鈍く、紅白戦など接触が激しい実戦的な練習は禁止されているため、参加者も少なかったのだが、いつもは十五人ほどだった参加者が数えきれないくらいに膨れあがっていた。
「お、凸凹トリオじゃん。おはよー。毎朝精が出るねえ」
そこに副キャプテンの漣さざなみ 綾乃あやの先輩がやってきた。妙なユニットを組まれてしまっているが、一体何なのだろうか?
「あ、漣先輩、おはようございます」
「綾乃でいいって。堅苦しいの苦手なんだよね」
このように非常に気さくな先輩で、技術もこのチームでは断トツにあり、下級生からも上級生からも慕われている先輩だ。
(そういえば、頭もいいって聞いたような)
「それより、なんですか?凸凹トリオって」
「んー?なんか、三人とも仲良いし、身長全然違って凸凹してるじゃん」
「そうなんですよ。二人とも背が高くて、羨ましいんですよね」
「私は少し高すぎるくらいですよ。制服なんて特注品ですし。でもキーパーなので、今は良かったっておもいますけど」
そのまま身長談義が始まってしまいそうなので、話を元に戻す。
「そういえば、今日は人数が多いですけど、何かあったんですか?」
「ああ、まあね……あれだけボロクソに言われたらねえ」
「何があったんですか?」
「いやね、この前の試合後のミーティングでさ………………」
『得点の場面は良かったね。ボールを出した後、すぐに走ってボールを受けて、そしてすぐさまフリーの綾乃に渡して、そのまま逆サイドに展開。練習でやってきたことが出せてた。セットプレーも出し手と受け手の思惑も一致してたし、いい得点だったと思う』
って言って、少しだけ私たちのことを褒めたんだけど…………
『はい、良かった所はそこだけ!後は酷かったねえ。あの程度のプレッシャーに慌てて適当にボール蹴ってセカンドボールを拾われるのをただ繰り返して。ボールを受けに行く動きもほとんどなかった。あげくの果てにはあのオウンゴール。確かに、体力強化の練習を多く組んで、連携確認をあまりしなかった私にも責任はある。けど、今日の内容を見る限り、今までろくに練習をしてなかったとしか思えない。ここまでで、何か反論がある人はいる?』
私たちは、誰も手を挙げることができなかった。それを見て、監督は一回ため息をついて
『あのさ、あんたたちは全国大会を目指してるんだよね?最初の練習の時、私は確かにそう聞いたし、キャプテンと副キャプテンが一年生の前で高らかにそう言ってたのも聞いた。正直ものすごく恥ずかしいことだよ。詐欺と言ってもいいね。この程度のサッカーしかできなくて、そんなことを言ってたこと』
『ま、もう過ぎたことは仕方ない。けど、監督の立場で見れば、今日の試合では何一つ評価できるようなことはなかったと言うしかない。これで全国へのチャンスは選手権大会の一回だけ。月曜日の練習から、それを目指していけるメンバーを選んでいくつもりだから、それなりの覚悟は見せてくれないと、これから先は試合に出られないかもね』
「まあ、こんな感じでボロッカスに言われたんだよ、はっはっは」
(いや笑えんでしょ)」
綾乃先輩は終始笑顔で話していたが、笑顔で話せるような内容では間違いなくない。言葉を失っている私たちを放って先輩は続ける。
「そういうわけで、皆気合い入れて朝練に来てるんだよ。今度練習試合あるんだよね?今Aチームは目の色が違うからね。Bチームの諸君は気合いを入れてがんばらないと。時間はそんなにないかもよ?」
そう意味深に話すと、綾乃先輩は手をひらひら振ってランニングを始めた。
「この間の試合で、先輩達の尻にも火がついちゃったかな?
「けど、競争なら大歓迎ですよ。次の練習試合が勝負です。メイちゃん、頑張りましょうね」
「二人ともすごいなあ。私はまだ試合に出るとかそういうの考えられないよ」
「でも、有希もうまくなってるよ。トラップもパスも乱れなくなってきてる」
「そうかな?」
「そうですよ、有希ちゃんもちゃんと前に進んでるんです。さあ、無駄話をしている時間はありません。三人で一緒に試合に出る未来を目指して今日も走りますよ!」
「「おー」」
ココアちゃんが前を指さして走り始めた。それに続いて私たちもランニングを始める。高校生活が始まり、早速勝負の時が近づきつつあるが、二人と練習するこの時間は、私にとっても心地良い時間だ。
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