試合の快感

「フォーメーションは4-4-2、スタメンとゲームプランは昨日話した通りです。皆さん頭に入っていますね?練習試合とはいえ、今日は公式戦のつもりで戦いましょう。散々言いましたが今日は監督が来ています。各自いいアピールができることを祈っています。それでは臨時キャプテン、一言どうぞ」




 宮本コーチから指名された今日のゲームキャプテンである神崎先輩がみんなの前に立った。




「えー、私でいいのか分かりませんけど、臨時キャプテンの神崎です。今から私が言うことは特にないんだけど、考えてみるとこのメンバーでサッカーやるのって多分最初で最後なんだよね。今日ダメな試合したらもうリベンジする機会は無い。だったら、最高の試合をしたいって思うんだけど、みんなはどう?」




 神崎先輩がみんなに問いかけると、当たり前だ、良い試合がしたい、Aチームに目に物を見せる、と言ったようなやる気に満ちあふれた声があがった。




「みんなやる気十分って感じだね。よし、じゃあ円陣組もうか。コーチ達も!」




 先輩の合図の下、スターティングメンバー、ベンチ入りメンバー、Bチーム担当のコーチ陣が円陣を組んだ。私の肩を組む相手の一人が宮本コーチで少し緊張した。




「今から試合なのに、私と円陣を組むぐらいでそんなに肩肘を張ってどうするのですか?」


「す、すいません」




 私の緊張に気づいたのか、優しく、穏やか声をかけられ、少し恐縮した。




「よし、じゃあ今日は気合い入れていくよ!」 


「「「「「「「はい!」」」」」」」


「みんなでAチームに行こう!」      


 「「「「「「「「はい!」」」」」」


「じゃあ最後、Bチーム、ファイ!!」    


 「「「「「「「おお!!!」」」」」




 円陣が解かれ、みんなにハイタッチをする。




「メイちゃん、今日は頑張りましょう!」


「うん、ココアちゃんは全然緊張してなさそうだね」


「はい、ゴールを守るの久しぶりなので、楽しみです。早く試合がしたいです」




(久しぶりだから楽しみってこの子は心臓に毛でも生えてるのかな?)




 キーパーというミスが失点に直結する負担の大きなポジションのため、試合前はナーバスになっている選手も多いのだが、ココアちゃんはいつもと変わらずほんわかとしている。本人も中学時代は結構有名だったと言っていたし、指もテーピングでがっちり固められているのを見るに、結構な経験を積んできているのかもしれない。




「沢渡さん、大家さん」


「あ、どうも」




 小桜先輩が両手を掲げて私達の前に立っていたので、私達はそれに応えてハイタッチをした。




「ふふ、ありがと」




 小桜先輩は妙に嬉しそうに手のひらをニヤニヤしながら眺めて入場列に向かっていった。あそこまで嬉しそうな態度を出されると、正直こそばゆい気持ちになるのだが、気難しい先輩と親しくなれたようでちょっと嬉しい。




「メイ!ココア!がんばれーーーー!!」




 フェンスの向こうで有希が私達に向かって声を張り上げるのが聞こえた。私達はそれに親指を立てて返した。その近くを見ると、藤堂さんと少し目が合った。私は半ば反射的に目をそらしてしまった。




「メイちゃん、行きますよ」


「あ、うん!」




 何はともあれ、結果を残すことに集中しなければ。一度胸にポンと手を当て、私は入場列に向かった。




 審判の笛を合図にピッチに手を当て、芝の感触を確かめながらピッチに入った。相変わらず芳都野高校のグラウンドは無駄に良い芝を持っている。相手チームと握手を交わし、キャプテン同士のコイントスを待つ間、ボール回しをしてボールの感触を確かめる。


 しばらくしてコイントスが終わる。エンドは変わらないようだ。審判が笛をふき、もうすぐ始めるという合図を出された。私達はもう一度軽く円陣を組み、みんなにハイタッチをする。ココアちゃんとはガッチリ手を組み、軽くハグをした。この一連の流れをするのは本当に久しぶりで、少し懐かしく感じた。   




(グラウンドってこんなに広かったかな?)




 右CBの立ち位置につき、前を見ると相手ゴールがやたらと小さく感じる。ほっぺたを軽く叩き、息を一つ吐くと相手のキックオフで前半開始の笛が吹かれた。


 相手はまず私の所に九番と競らせるロングボールを蹴ってきた。私はまずはそのボールに対してリスクを冒さず、ヘディングでボールを外に出した。




(大丈夫。フィジカルで負ける感じは無かった) 




 続いてのスローイングはまたも九番と私を競らせるような所にボールを投げてきた。しかし、ボールが相手より先に触れる場所に来たので難なく前にクリアする。それからもこの試合序盤、相手が私の方を攻めてこようとすることが多い。




(もしかして、狙われてる?)




 最初のプレーで私の所にロングボールを蹴ってきて、次のスローイングでも私と九番を競らせようとしてた。今日のウチのフィールドプレーヤーで一年生は私だけであるため、相手は私を狙うのが効果的だと踏んでいると考えればしっくり来る。そうだとしたら、自分がしっかり守れば相手のオフェンスにおける作戦は崩れることになる。逆に対処にもたつくようなことがあれば、相手は勢いづいて畳み掛けてくることだろう。




(責任重大すぎない?大丈夫かな)




「メイちゃん、しっかり守れてます!後ろには私も居ますし、大丈夫です!」




 私の不安を感じ取ったのか、後ろから大声で声をかけてくれた。何をもって大丈夫なのかは分からないが、少し心が軽くなるのを感じた。




(あれこれ考えるより、試合に集中しなきゃ、かな)




 私は振り返らずに親指を立てて返事をして、近くに居る九番とボールの動向に集中した。










「二十分過ぎたよ!気合い入れ直して!」




 ベンチから声がかかった。この試合は四十分ハーフであるため、二十分過ぎたということは前半の折り返し地点まで来たということだ。ここまで0対0、やはり相手が狙っているのは私らしく、度々九番とはやりあったが、CBコンビを組む平野先輩、他のDFの皆さんやココアちゃんのフォローもあり、今のところ派手にやられてはいない。


 守備プランの通り、ボランチの二人が相手トップ下の十番を見てくれているおかげで、良い形でボールを触らせていない。途中から痺れを切らして中盤まで下りてきてボールを受け、ロングパスで前線に展開しようとするが、難易度の高いロングパスがそう易々と成功するはずもなく、うまく通ってはいなかった。ここまで守備に関しては狙い通りだ。


 攻撃に関してはこちらもカウンターのリスクを避けるため、ボールを大事にしていたため、決定的なチャンスは無かったが、これもプラン通りである。チャンスはこれから来る。




「あまり下がるな!前に居ろ!」




 前半も三十分が過ぎた辺りで、相手の監督さんから相手十番に指示がとんだ。どうやら下がってボールを受けてもチャンスを作り出すことはできないと踏んだらしい。その考えは正しいだろう。ボランチの先輩方も今の所はついて行けているが、そろそろ疲れも溜まってきて、ボールと動き回る十番を同時に見ることが難しくなってくる頃だ。しかし、私達の狙いもそこにある。




 相手選手が九番にボールを出す。マッチアップするのは例によって私だが、腕を使ってうまく体をぶつけられ、ファールをする以外で止められそうにない。しかし、現在私達が競り合っている所はペナルティエリアより少し前のバイタルエリアだ、ここでファールをしてしまえば、絶好の位置でのフリーキックとなってしまう。




「こっち!」




 ここで好機と見た十番がポストプレーを受けようと動き出した。相手の攻撃の形の一つだ。この十番が前線で前を向いてボールを受けるのを合図にゴールになだれ込んでくる。こちらのボランチはついにボールウォッチャーになってしまって十番から目を離してしまっており、十番がフリーの状態だ。




(来た!ミーティングで言ってた形!)




 私は平野先輩と目を合わせた。先輩が頷くのを見て出来る限り万全の体勢でポストプレーが出来ないように体をぶつける。




(後は先輩方、お願いします!!)






 九番が倒れ込みながら十番にパスを送る。そしてボールをトラップしようとしたが…………




「オーライ!」




 その時、平野先輩の足が伸びた。十番に渡る直前で前に出てボールをカットしたのだ。これが昨日話した攻撃に関する作戦。十番にボールが渡ると見ていた相手チームは前掛かりになっており、カウンターの絶好のチャンスだ。




「香奈!前空いてる!!」




 ボランチのポジションの先輩が前を指さして指示を送った。空いたパスコースの向こうではFW二人とSH二人が待ち構えている。平野先輩はフリーになってボールを待っている味方FWにボールを送った。相手は両SBすらも上がっていたため、数的優位の状態だ。FWの先輩が右SHの小桜先輩にボールを送った。


 先輩がボールをトラップし、フォローに戻った相手ボランチと対峙した。そして右足でクロスを上げると見せかけ、ボールを利き足の左に持ち替えた。




「仁美!」




 クロスを上げた先はDFとようやく戻ってきたSBの間、そこに神崎先輩が飛び込んでくる。先輩は逆サイドネットを狙うヘディングシュートを狙うと思いきやゴール前へ折り返した。右に左へ振られ、相手DFは完全にマークを外してしまっているため、味方FWが完全にフリーになっていた。


 完璧なお膳立てをされたFWはゴールに飛び込むようにしてボレーシュートを撃ち、ネットを揺らす。私は反射的に副審を見た。オフサイドフラッグは上がっていない。


 主審が笛を吹き、こちらのサイドを指さした。私達の得点が認められた。それと同時にベンチ、グラウンド外から歓声があがった。




(良かったー、うまく行った)




 ゴールを決められたから良かったようなものの、DFとしてはかなりヒヤヒヤする作戦だった。もし、私がファールを犯してしまったり、平野先輩がインターセプトに失敗したりした場合、間違いなく大ピンチになっており、また平野先輩がパスミスをしてしまった場合、逆カウンターを受けていた可能性もある。正にピンチとチャンスは紙一重で、私はその事実に鳥肌が立つ。




「沢渡さん、ナイス!」




 平野先輩がハイタッチを求めて手を差し出した。




「はい、先輩もナイスディフェンスでした」


「お二人とも、パーフェクトでしたよ!」




 私がハイタッチに応えると、ココアちゃんがこちらに向かって叫んでいた。私は手を挙げて返事をした。




「おーい!」




 前からも声をかけられた。そこには肩を組んで拳を突き上げている神崎先輩と小桜先輩が居た。私も二人に向かって拳を突き上げた。




(やっぱりいいな、試合に出るって…………)




 久しぶりにチームの勝ち負けに参加する高揚感を味わい、私はそれに酔いしれた。




 




それからはお互いに決定機を作ることはなく、前半は終了した。私達は得点以外に決定機と呼べるようなシーンを作ることはできず、正直内容がいいとは言いがたい。その証拠に勝っているというのにみんな険しい顔で話し込んでいる。




「メイちゃんお疲れ」


「神崎先輩、お疲れ様です」




 マネージャーから配られた水を飲みながら一息ついていると、神崎先輩に声をかけられた。




「あのさ、試合中私の方見る余裕ある?」


「左サイドの方ですか?」


「うん、メイちゃんがボールをカットした直後って結構私フリーになってるんだよね。あのタイミングでボールもらえたら面白いなって思うんだけど」


「うーん見えるとは思いますけど、練習で試したことも無いですし、あそこに出すのは正直難しいですね」




 右CBの私が逆サイドに走り込む選手にボールを送るのは相当なキック力と精度が求められる。しかも万が一グラウンダーのパスになってボールが相手に渡ってしまえば大惨事だ。非常に難易度の高いキックだと言わざるをえない。




「そっかー、無理かな?」


「いえ、余裕があれば、試してみたいです。出せないかもしれないですけど。何回か動き出しを続けてもらえますか?」


「それはオッケー。私体力だけは自信あるからさ。それじゃあ後半も前半の調子でよろしくね」




 非常に厄介なことを引き受けてしまったように思うが、大丈夫だろうか。




「皆さん、そのままでいいので、少し聞いてください」




 宮本コーチが相変わらず平坦で無機質な声を響かせ、私達に語りかけた。




「悪くは無い前半だったと思います。得点シーンもそうですし、ディフェンス面でも事前に話していたことが、良く出来ていました。実はこれは意外と難しいことで、良い意味で私は驚いています。ですが……」




 相変わらず淡々と語っていっていたが、少し語気を強めたため、私達に少し恐怖心を抱かせた。




「事前の打ち合わせ通りにしようと思う余り、皆さん少し消極的になっているように見えます。チャンスが少なかったのはそのせいです。得点シーンを思い出してください。平野さんの積極的なボールカットと小桜さんの冷静な切り返し、二つの積極的なプレーから得点が奪えました。相手も負けてる分後半は思い切ってくるでしょうし、予想できないこともしてくるかもしれません。それでも完全に受け身になるのではなく、自分達も思いきってプレーすることを心がけてください、いいですか?」


「「「「「はい!」」」」」




 みんなが大きな声で返事をすると同時に審判が笛を吹いてピッチに入り、後半を始める合図をする。




「向こうには選手交代があるようですね」




 ココアちゃんが私に耳元でささやいてきた。


 ピッチサイドを見ると、相手チームのユニフォームを着た小柄な十八番をつけている選手が審判のチェックを受けているのが見えた。




「えーっとあの選手はメンバー表では確か一年生のFWの選手だったような……」


「九番も出てきてますし、フォーメーションを変えてくるんでしょうか?」


「分かんないけど、この選手確か総体予選では登録されてなかったからビデオには無かったし、結構やりづらいかもね」




 コーチの言うとおり相手も仕掛けてきたのかもしれない。どうやらこの試合は無事平穏に終わってはくれないようだ。

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