07.冒険者ジュリア、初めての恋心を知る


 俺は、運命の王子様を待っていた、のかもしれない。


 数日前、仲間のロレンツォとエンリコと共に、前日の依頼結果の報告に来た時だった。

 東の森の奥に生息している蛾魔蛙ガマガエルの粘液と鱗粉を採取する依頼で、10匹分で金貨1枚と破格な依頼ではあった。

 もちろん少し遠方になるのだから、その手間賃も入っているので多少は高くても当然だろう。


 昨夜遅くに帰ってきたので朝一にやってきたが、俺は2人に報告を任せ美味い依頼が無いかと依頼板の方へ移動したんだ。


 朝早い時間の為、当然混雑してた。

 その人だかりの前で佇んでいた新米っぽい男の子に、思わず声をかけた。


 それが、俺とクロの出会いだった。


「結構混んでるんだな」

「そうだな」

 独り言であろうその言葉につい相槌を打ってしまった。


 クロは驚いたのかビクっと肩を震わせていた。

 その姿がとても可愛く見えたのだ。


「ああ、すまん少年。少し驚かせてしまったな!」

「あ、ああ。気にしなくて良いよ。ボーっとしてたのは俺、だ……」

 少年、と言って声をかけ振り向いたクロはとても戸惑っていたように見えた。


 初めて見たクロは、名前の通り黒髪黒目な少年だった。


 少し様子がおかしかったクロに自己紹介した。

 だが、俺が少年と呼んだのが気に障ったのか、ムッとした表情をされてしまった。


「俺はクロ。だが少年ではない。もう18だ」

 そう言われた俺は慌てて謝った。


 18才なら少年と言われれば恥ずかしいのだろう。

 そんなクロを見て、私は思わずパーティに誘ってみた。


 少し強引ではあるがクロの手を引き2人の元へ移動すると、2人は黒を怪訝そうに見ていた。


「おいジュリア!ガキを攫ってきちゃだめだろ!」

 俺は慌てて訂正するが、その時にクロが白色冒険者であることもエルサさんに聞くことができた。


 これは、俺が冒険者のイロハを教えてあげなきゃな!

 そう思って提案する。


「まあいいや!クロくん、一緒に迷宮に行こう!」

「いや、迷宮は行くが俺はまず依頼を……」

「大丈夫だ!ここの迷宮の上層向けの依頼は全部頭に入っている!任せてくれ!」

「いや、まあそれなら……いいのかな?」

 少し強引ではあるが、このぐらいしないと恥ずかしがって断られると思ったからだ。


 やっぱり色々と多感な年齢だろうしな。


 ロレンツォ達には"ガキの御守はごめんだ"と断られたが別に構わない。


 俺達は元々、固定の仲間がいなかった者同士が集まったパーティだ。

 たまに離れたりまた集まったりしながら、適当に冒険者を続けている都合の良い関係だ。


 もちろん男女の関係なんか一度も無い。

 俺は、冒険者になるからには女を捨て、生涯そんな色恋には無縁な生活を送ることを固く決意していたんだ。


 ……決意していたハズだったんだ。


 クロは、剣術に長けていた。

 ゴブリンやコボルトだって難なく狩れていた。


 もちろん新米の中では、という程度だがきっと良い師匠に師事していたのだろう。

 流れるような美しい剣捌きは、いくら見ても飽きることはなかった。


 その後もサクサクと5階層まで進み、今日は終了ということで迷宮を出る。

 依頼が出ていたいくつかの戦利品を提出した。


 俺は魔法のバッグを持っているので、迷宮内では少し得意気に素材を回収していたのだ。


「腹、減っただろ?そこに旨い飯屋があるんだ」

 ギルドを出た時、俺は思わずクロを食事に誘った。


「いいな!食ってこうぜ!」

 思わず顔がにやけるが、頬に力を入れて誤魔化した。


「今日はジュリアさんに付き合ってもらったから助かったよ。ここは俺が出すから適当に注文してほしい」

 注文を待っている時、クロがそう言った。


「何言ってんだ!クロもそこそこ実力はあるようだが、新米は何かとお金もかかるだろ?ここは俺が出すから!安心して食べなさい!」

 俺は反射的にそう返してしまった。


 だが、クロはそんな俺に困った表情を見せ収納魔法インベントリから金貨の山を取り出して見せてくれた。

 収納魔法インベントリは腕に抱える程度の大きさであっても重宝される魔法だ。

 貴重な品や重量のある荷物などを手軽に持ち歩けるので、商人などにも引っ張りだこだろう。


 その分、収納魔法インベントリを開くには多くの魔力が必要だ。

 きっとクロも貴族の次男三男なんかなのだろう。

 魔法のバッグを自慢気に使っていた自分が恥ずかしくなる。


「だがしかし!新米冒険者ということには変わりない!ここはやっぱり俺が出そう!」

 恥ずかしさに頭が回らなくなった俺は、拳を握り締めそう宣言した。


 何を宣言しているんだ俺は!

 俺の顔は今、真っ赤に染まっているだろう。


「じゃあ、今回は奢ってもらおうかな。次回は俺の依頼報酬で、先輩冒険者様に感謝を込めて奢らせてくれ」

「お、ぐっ……そうか。それは、楽しみだ」

 クロの提案に胸がグッと鷲掴みされた感覚を覚えた。


 なんだ!この、湧き上がる感情は……庇護欲か?

 俺は、言いようのない気持ちをごまかすようにエールを一気飲みして、目の前の運ばれた料理を胃に流し込んだ。


 クロとの時間は楽しくて、ついつい自分の事を話してしまった。

 クロは俺の話をちゃんと聞いてくれ、適度に相槌もくれるのが好ましく見えた。


 そして、食事を終え店を出る。


「クロは今夜の宿は決まってるのか?なんなら俺の部屋にでも……」

「ジュリア?そこの宿を確保している。俺は、大丈夫だから」

 つい言ってしまった言葉は、クロに即座に遮られてしまった。


 顔が熱い……恥ずかしい……このままここから逃げ出したい……

 そう思っていたが、クロが指さす宿をよくよく確認すると、上級冒険者が良く利用する高級宿であった。


 あそこは確か、一泊で金貨が……


「そうか!そうだよな。あの宿はいいよな!俺もたまーに泊まる……泊まったことはある。うん。クロならあのぐらいも余裕なんだろう!」

 我ながらしどろもどろだとは思う。


 当然だが嘘は言っていない。

 後学の為にと一度だけ泊ったことがある。

 緊張しすぎて楽しめなかったが、泊ったのは紛れもない事実だ。


 そう思いながらさらに顔が熱くて両手で扇いでしまっている。

 これでは嘘を言っていると思われちゃうじゃないか!


「一緒に、泊まるか?」

「お、あ……」

 クロの思わぬ声に心臓が跳ね上がった。


 確かに、今日一日でクロくんからクロ、俺もジュリアさんからジュリアと呼び合う仲にはなった。

 だが、早くない?


「冗談だよ」

 クロのその一言を聞いて、さっきまでの自分を絞め殺したくなった。


「そ、そうだよな!その手には乗らんからな!俺はそんな手に引っかかるほどアホじゃーないぞ!」

 顔を扇ぐ手に力が入る。


 結局、その日は何事もなく別れ、一人寂しく自分の借りている家に帰り着いた俺は、そのままベッドに倒れ込み枕に顔を埋め、彼是と考え暫くは眠ることはできなかった。

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