第2話 闇落ちするわけにはいかない
「起きているじゃないですか、リオネ様。それなら早く出てきてくださいよ」
不遜な態度を続けるメイドに、私はベッドの縁に腰を掛けて見上げる。
私は座っていてるから、必然と見上げる形になるが威厳が出るように睨む。
「あなた、名前は?」
「はい?」
「だから、名前よ。聞こえなかったの?」
「メ、メアリですが、なんでしょうか」
「そう、メアリね。確か平民出身で、母親と妹の三人暮らし。母が病気で伏せていて妹は小さいから働けず、あなただけが働いているのよね」
「っ、なぜそれを……!」
「使用人の家族構成なんて覚えていて当たり前よ」
リオネの身体が記憶力が高くてよかった。
前世の私じゃこんな細かいことまで覚えていなかったはず。
「辺境伯家の使用人の給料だから家族三人で暮らせているけど、ここをクビになったらどうなるのかしら」
「リ、リオネ様が何か言っても、使用人をクビになんかできるわけ……!」
「本当にそう思う? 私が当主様に言っても、あなたは首にならないと?」
「っ……!」
辺境伯夫人と義姉のヘランは私を嫌っているが、当主のリキルトは私を嫌ってはいない。
好かれてもいないが、私の話をしっかりと聞いてくれる人である。
「そう思うなら今の態度のままでいいわ。明日には仕事がなくなっているかもしれないけど」
「も、申し訳ありません、リオネ様! それだけは……!」
「そう? じゃあやることはわかるわよね。朝の準備を手伝いなさい」
「はい、かしこまりました! すぐに湯を持ってきます!」
顔を洗う用の湯すら持ってきていなかった使用人のメアリが、急いで出て行った。
リオネの今後を考えると、これ以上使用人に舐められるわけにはいかない。
ただでさえここでは敵が多いのだから、いらないところで神経を削られている暇はない。
「闇落ちなんてしてやるものですか。私はただ健康にこのゲーム世界を生き残る!」
しばらくすると、メアリが使用人を二人連れて戻ってくる。
メアリはとても真面目に「失礼します」と言ってから入ってくるが、他二人はまだ戸惑っているようだ。
今まで使用人に馬鹿にされても黙っていたリオネに、メアリがそんな態度を取るのが不思議でしょうがない、というような表情ね。
「遅かったわね、メアリ。それで、後ろの無礼な二人を連れてきた理由は?」
「私一人じゃ朝の支度が遅くなると判断したためです」
「それはいい判断ね。それで挨拶もないけど後ろの二人、そんな教育もされていないの? クビにされたいのかしら」
私がベッドの縁に座ったままそう言うと、後ろの二人は慌てて頭を下げて「おはようございます、リオネお嬢様」と挨拶した。
遅かったけど、私は頷いて許した。
「じゃあ頼むわ」
私の言葉と共に、三人が朝の支度をしてくれる。
顔をぬるま湯で洗い、温かいタオルで身体を拭いてくれて、髪を梳いてくれて、ドレスの準備をして着せてくれて……。
至れり尽くせりね、自分で命令しておいて少し戸惑うわ。
リオネの知識として辺境伯令嬢だったらこれくらいの対応は当たり前だとわかっているんだけど、前世の日本のことを思い出すと違和感がすごい。
それに私は病院で暮らしていたから、なんだか介護されている感じがして……ちょっとゾワゾワする。
「支度ありがとう。明日からは身体は拭かなくていいわ。あと服も自分で着られるから、ぬるま湯と髪を梳くのだけお願い」
「あの、私達の手際に何かご不満がありましたか?」
「いえ、そうじゃないの。ただ私の問題だから、気にしなくていいわ」
「はぁ、かしこまりました」
前世の病院でのことを思い出すから、支度の手伝いは最低限にしてほしいと伝えると、戸惑いながらも了承してくれた。
さて、朝の支度も負えたし……待ちに待った朝食ね!
「美味しい……! もう、ほんと、美味しい……!」
朝食で出てきたお肉を食べながら、私は泣きそうになっていた。
だって前世ではずっと病院食を食べてきたのよ!?
調子がいい日に少しだけお菓子とかスイーツを食べたくらい、その後に戻すこともあったし。
脂身がたっぷりのお肉なんて、一度も食べたことがなかった。
朝食の献立を聞かれて「お肉!」と言ってしまった。
朝からこんな贅沢していいのかと思ったけど、前世の記憶を思い出して最初の朝くらいは許してほしい。
しっかり全部味わって完食してお腹いっぱいになる。
はぁ、お腹いっぱいという感覚を味わうのも初めてな気がするわ。
なんて満足感……食事って人生よね。
「メアリ、私のこの後の予定は?」
「はい、このあとは魔法の授業が入っております」
「魔法……!」
そういえばこの世界は魔法があるんだった。
しかも私はラスボスとなるリオネ・アンティラ。
四大属性を全て使えるだけじゃなく、闇魔法までも使える才能の持ち主だ。
これはとても楽しみね。
「ただリオネ様には……魔法の授業は欠席しろという通達が来ております」
「えっ、通達? 誰から?」
「ヘランお嬢様からです」
「ああ、お義姉様ね」
ヘラン・アンティラ、私のお義姉様で……リオネをずっと虐め続けて、闇落ちをさせた張本人だ。
彼女が私を魔法の授業には出させたくないとのことらしい。
ヘランお義姉様が私と会いたくないほど嫌い、という理由もあるだろうけど、本当の理由は異なる。
お義姉様は魔法の才能がないからだ。
いや、多少はあるんだけど、私と比べると低すぎるというだけ。
使えるのは水属性だけで、私の一つ上の年齢だけど上達速度が私よりも遅い。
私は十五歳から今まで、お義姉様に魔法の練習を邪魔され続けているけど、それでも私のほうがもう上手い。
それがわかっているから、魔法の授業を受けさせたくないのだろう。
何度かお義姉様と一緒に授業を受けたけど、それ以降は一回も受けていない。
今日の授業は魔法学校の授業じゃなく、私とお義姉様の家庭教師との授業だ。
今までのリオネだったら、お義姉様が怖くて言うことを聞いていただろうけど……。
「授業に行くわ」
「えっと、よろしいのでしょうか?」
「お義姉様にそう言われても、私も授業を受けないとお父様に怒られるもの。それに魔法の授業は受けたいし」
記憶を取り戻してから初めての授業、やはり魔法に対しての興味が尽きない。
それに私、学校にもほとんど行けなかったから、授業を受けるということ自体もあまりしたことがない。
お義姉様に「来るな」と言われただけで、魔法の授業への憧れが無くなるわけない。
「魔法の授業はどこで?」
「本邸の一室とのことです」
「わかった、行きましょう」
私は立ち上がり、メアリと複数人のメイドを後ろに連れて向かった。
今私がいるのは辺境伯家の別邸で、辺境伯夫人とお義姉様から「お前は本邸に住む価値はない」と言われているからだ。
だから本邸までは少し歩くけど、健康なこの身体だったらどうってことない。
むしろ走り回りたいくらいだけど。
そんなことを考えながら本邸に着き、魔法の授業をする部屋へと向かう。
部屋の前に着く時に、正面から私と同じように侍女を連れて歩いてきたお義姉様。
私とは違う金髪だけど、私と同じ赤い瞳を持っている。
瞳の色はお互いにお父様譲りのようだ。
その赤い瞳が私を捉えてから一瞬見開き、すぐに侮蔑の色を見せる。
「あら、リオネ。なぜあなたがここに?」
「魔法の授業がその部屋でやるからですわ、ヘランお義姉様」
私が笑みを作ってそう言うと、お義姉様の口角がビクッと動いた。
いつもの私なら背を曲げて下を向き、お義姉様と正面から話すことなんてしないからだろう。
しかし、今の私が背を曲げて下を向くことはない。
そんなことをしたら背骨が曲がって首や肩にも負担がかかって、健康じゃなくなってしまうしね。
そう思って私が不敵な笑みを浮かべると、お義姉様の笑みが崩れたのがわかった。
「私は来るな、と伝えたはずよ。メイドから言われなくて?」
「言われましたが、私の魔法の授業を受けたい気持ちが勝ってしまって。お義姉様の『お願い』を破る形になって申し訳ありませんわ」
「っ、『お願い』じゃなくて、私は『命令』をしたのよ」
「そうだったのですか? では私はお義姉様に命令されたから授業に出られなかった、と魔法の先生に言っても?」
「っ、それは……」
私が授業に出ないと、先生とお父様に怒られる。
前に私は「お姉様に出るなと言われて……」と言ったら、お姉様は、
『私はお願いしただけで、命令したわけじゃありません。出ないと決めたのは、リオネの意思ですわ』
と言っていた。
リオネがこの家に来てすぐだったから、歳上のお義姉様に「出るな」と言われたら従うに決まっている。
彼女の味方には辺境伯夫人もいるんだから。
でもお義姉様に「出るな」と命令されたということになったら、お父様と先生が私の味方をしてくれるだろう。
証人は私の後ろにいるメアリ達だ。
彼女達を連れてきてのはこのためね。
「それで、お義姉様は私に出るなと命令なさったのですか?」
「……いえ、そこまでは言ってないわ」
「でしたら私が出ても問題ありませんわね」
「……リオネ、なんだか変わったわね。昨日まで高熱を出していたらしいけど、それで頭のどこかが焼き切れてしまったのかしら」
「ふふっ、そうかもしれませんわ、お義姉様」
確かに高熱のお陰で前世のことを思い出したから、お義姉様からしたら人が変わったようだろうけど。
私は闇落ちラスボスになるわけにはいかないから、変わるに決まっているわ。
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