第三章 本当のこと
第7話
駿府亭の敷地内に立てられた三階建の集合住宅、住み込みの板前や、仲居が住む部屋の三〇五号室。そこが樹の部屋だった。正確には『葵流・四柱推命』の秘書に与えられる執務室だったが、四年前、高校生になったとき、兄からこの部屋の鍵をもらった。
樹が、自分の家・・・つまり、駿府亭にいるときは、ほとんどのこの部屋にこもりきりになっていた。
年季の入ったウッドデスクにノートパソコンを置いて、キーボードをたたく。総理の占いの結果が、レポートとしてまとめられていた。
こんなものかな。
データを保存してファイルを閉じる。少し伸びをして、横に置いてあった冷め切ったコーヒーの入ったマグカップに手を伸ばした。
ぼんやりと、本棚を眺める。四柱推命はもちろん、手相や人相学、星占いや、タロットのといった西洋の占いの本まで、あらゆる占いの専門書がぎゅうぎゅうに詰まっている。
そして、本棚の下には、最近勉強を始めた、心理類型学の本が平積みされていた。
師匠のかのえ先生が亡くなったあの日、みどりの病室で、弁護士の乙葉先生が遺言状を読み上げた時、樹は確信していた。
かのえ先生は、実質、僕を後継者だと考えている。
だけど今日、みどりの鑑定をみて、その自信は大きく揺らいだ。自分は『葵流・四柱推命』の入り口にすら入っていない、いや、そもそも入る資格すら持ち合わせてないのではないか。そう、思うようになっていた。
鑑定のとき、みどりちゃんは、確かに「光った」と言っていた。そして「吸い込まれた」「消えた」とも言っていた。その語り口は、みどりの母親、樹の師匠である、かのえ先生と全く同じだった。
かのえ先生の弟子になって四年半。樹が今までずっと抱いていた、冗談のような「仮説」が、みどりの鑑定を目の当たりにして「確信」に変わっていた。
『葵流・四柱推命』その真髄は、共感覚(シナスタジア)にある。
共感覚(シナスタジア)・・・文字に色を感じたり、音に色を感じたり、味や匂いに
色や形を感じたり等、通常の感覚だけでなく、第六感とも言える、超常現象的な感覚を同時に生じさせる特殊な知覚現象のことだ。
有名な音楽家や、詩人、芸術家に、その報告例が残っている。
かのえ先生、そしてみどりは、共感覚(シナスタジア)の持ち主なのだろう。
書に書かれた八つの文字から、その人物の命式を映像や光として観ることができるのだ。
ただ、樹はずっと「光が見える」と語る、かのえ先生の言葉はハッタリではないかと疑っていた。
日本一の占い師としての、神秘性をもたらすための演技だと。
だがそれでは、占いの経験どころか四柱推命という言葉すら知らなかったみどりが、かのえ先生とまったく同じ喋り方、表現方法を踏襲していることの説明ができない。
樹は、本棚の上にある額に飾られた、少し古びた書を見つめながらそう考えていた。いくら見つめても、ちっとも光らない、自分の八つの文字を眺めながら。
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