第二章 葵の間
第3話
二〇十九年十月十九日 午後一時 青山葬儀場
みどりの母、葵かのえの葬儀が、しめやかにとり行われていた。みどりが、日本大学病院に二日間入院して退院する頃には、甲本家の手によって、葬儀のてはずは全て整っていた。
みどりは、甲本家、特に甲本樹に感謝していた。甲本家が営業する駿府亭のいち仲居にすぎないお母さんに、ここまで盛大な葬儀を執り行ってくれるなんて……でも、ちょっと盛大すぎるのではないだろうか。
準備をしたわけではないのだけれど、形式上は喪主となるみどりは、つぎつぎと弔問にくる人たちに、あわただしくあいさつをする。
二百人は入ることができるであろう巨大な葬儀場に、ひっきりなしに弔問客がおとずれる。そのだれもが、とても裕福そうな、身なりのしっかりした人たちだ。なかには、芸能人までいる。ついさっきは、超有名演歌歌手が弔問に訪れた。
「あの……樹さん、なんで、お母さんのお葬式、こんなに人がきてくれるんですか?」
みどりは、たまらず横に立っている樹に質問を投げかけると、樹は、視線を合わせることなく、前を向いたままみどりの質問に答えた。
「それは、君のお母さんが、とんでもなく力を持った人だったからだよ。この国を動かす力があった・・・そう言っても、全くオーバーじゃないと思うよ。ほら、その証拠に……」
樹は、ずっとひとりの男性を見つめているようだ。みどりは樹の目線を追ってギョッとした。樹の視線の先には、内閣総理大臣、
安芸総理は、まっすぐとこちらに向かってくる。慌てて会釈をすると、頭の上から、安芸総理の声がした。
「君が、葵みどり君かい?」
慌てて視線をあげると、目の前で、安芸総理が、みなれた笑顔でこちらを見ている。
みどりは、ぱくぱくと口を動かすが、言葉が出ない。横目でみどりの様子を察知した樹が、代わりに答える。
「はい。こちらが、葵流・四柱推命、二十三代目当主、葵みどり先生です」
樹の声に、安芸総理の笑顔が少しだけ変わった気がした。瞳の奥に、鈍い、銀色の光が宿ったように見えた。
「・・・そうですか。失礼しました。先生、ではのちほど」
ヘビににらまれたカエルと言うのは、きっとこんな気分なのだろう。みどりの体は、カチコチにこわばって全身に鳥肌がたっていた。
みどりは、コチカチの首をギギギをひん曲げて、樹を顔を見ると、ありったけの質問を樹に投げかけた。
「あの、樹さん、安芸総理、さっき『のちほど』って言っていませんでしたか? ひょっとして、総理ってお母さんの知り合いですか? もしかして常連さん?」
「ああ、安芸総理は、うちのお得意様だよ。この後、総理はうちの料亭に予約をしている。それと葵の間にも」
葵の間・・・確か、スキンヘッドマッチョスーツの人が、しゃがれた声でお母さんの遺言状を読んでいる時もそんなことを言っていた。
樹は、目を細めて、にっこりと笑いながらしゃべり続けた。
「総理は、今日、葵の間で、占いを予約しているんだ。君に四柱推命で占ってもらうために」
みどりは、樹の言っていることが、全く理解できなかった。
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