第3話 新たな生活

カニ味噌は、石橋滋の体に入れ替わったことに気づいた瞬間、混乱と恐怖に包まれた。鏡に映る自分は、何度見ても石橋滋でしかない。彼は自分が猫であることを思い出し絶望した、心の中で「どうしてこんなことに…」と叫んだ。意気消沈したまま病院で不安な一夜を過ごし翌日秘書に促されるまま、豪華なオフィスに到着した。

それは石橋も同じである。

「ここはどこだ」カニ味噌は自分の声が老人男性のねっとりした日本語になっている事に気づき、焦りが募った。周囲には、秘書やスタッフが忙しそうに行き交っていた。否が応でも自分が総理大臣石橋滋になってしまったことを認めざるを得なかった。

その日気が向かぬまま側近に連れてこられた会議の合間に、秘書から渡されたリモコンでテレビをつけることにした。画面には、石橋の姿が映し出されていた。彼は、国民に向けていつもののらりくらりと論点をずらして自分が言いたいことだけを言い人の話を聞かないいつものスタイルで演説と質疑応答をしている過去の映像だった。カニ味噌は、思わずその姿に目を奪われた。


「これが、俺の体の持ち主か…」とカニ味噌は思った。石橋の表情は、どこか無気力で、国民の期待に応えられていないように見えた。カニ味噌は、十郎がいつも言っていた言葉を思い出した。

「あの石橋、全然ダメだよ。ご都合主義で説明責任を果たさない、自分の保身ばかりで国民のことなんてこれっぽっちも考えてないんだから。」


その瞬間、カニ味噌の心の中で何かが弾けた。彼は思わず「ニャー!」と声をあげたが、その声は石橋の「ひゃあ!」という感嘆の声に変わってしまった。自分の声が変わってしまったことに驚き、カニ味噌は一瞬、何が起こったのか理解できなかった。


「何だ、今の声は?」秘書たちが驚いた様子で振り返った。カニ味噌は、恥ずかしさと混乱で顔が真っ赤になった。彼は「ニャー」と言いたかったのに、石橋の声が出てしまったのだ。


「大丈夫ですか、総理?」秘書の一人が心配そうに声をかけてきた。カニ味噌は、何とか冷静さを取り戻そうとしたが、心の中では「どうしてこんなことに…」と叫んでいた。彼は、石橋の体を動かすことに慣れなければならなかった。


その後、カニ味噌は会議を終え、オフィスを出ると、ふと窓の外を見た。そこには、猫と戯れる男の姿があった。彼は、十郎に会いたい気持ちが高まり、どうにかして彼に自分の正体を伝えたいと思った。だが今の彼に、それをする術は無かった。

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