2. 配信コメントでネカマだって疑われた?住所教えるから確認しに来なさいよ!

「ま、いっか。ホントのことだし」


 メンタルつよつよの発喜ひらきは一瞬で冷静さを取り戻した。

 伊達に堂々と美少女を自称しているわけではないということか。


「それより問題はこれ。どうしよう、思ったより面倒なんだね」


 すでに彼女の興味は他に移っていた。

 それは配信コメントのことだ。


「こんなに勢い良くコメントが流れると読むの大変だよ。何か良い方法は無いかなぁ」


 そう言って発喜ひらきは自分が見たことのある配信者がどうやってコメントを捌いていたのかを思い出す。大手配信は見ていないが、マイナー配信の様子にもヒントがあると思ったのだ。


「ひらきのひらめき!そういえばこのゲームの配信コメントって音声で流してくれるんだった!」


 ゲーム中にわざわざ文字を読むのが大変だという配信者のために、男女のAI機械音声でコメントを感情豊かに読み上げてくれるという機能がある。発喜ひらきはその存在を思い出し、配信カメラに向かって問いかけた。


「コメントを音声で流して貰って良い?」

『はーい。美少女JDの南城発喜さんにだけ聞こえるように音声化するよー』

「ありがとー!」


 これで視聴者リスナーと自然に会話出来る。

 そう安心したのも束の間。


『『『『『『『『』』』』』』』』

「びゃあ゛ぁ゛゛ぁ!うるさああああい!」


 大量のコメントを一気に音声化したことで、声が重なりに重なって爆音となり発喜ひらきの耳に飛び込んできてしまったのだ。もちろん何を言っているか分からない。


「すとっぷ!すとっぷ!音声すとおおおおおおっぷ!」


 慌てて音声を止めて貰い、どうにか爆音から解放された。


「うう……耳がいたぁい。まさかこんなに煩いだなんて」


 これが過疎チャンネルであれば、狙い通りに自然な会話が出来ただろう。

 だが一秒以内に百を超える膨大なコメントが音声として流れてしまえば、煩いのも当然だろう。自分のすぐ近くで百人以上が一斉に話し始めるようなものなのだから。


「せめてもっと少なければ……音声化するの絞ったり出来る?」

『出来るよー』

「じゃあランダムにピックアップして良い感じのタイミングで流してくれる?」

『はーい』

「嘘、自分で言っておいてなんだけど、こんな適当な要望でいけるの?」

『任せて!』


 似たような要望が多いのだろう。

 配信管理AIは発喜ひらきの雑な要望にあっさりと答えてみせた。


「それじゃあ私は街を見てくるね」

『はーい。良い感じでコメント流すようにしておくね。終わりたかったら教えてー』

「うん」


 せっかくゲームを始めたと言うのに、街に降り立った場所から全く動いていない。配信は気になるが、それ以上にゲームの世界を楽しみたい。発喜ひらきは配信カメラがついてくるのを横目に、まずは街中を探索してみることにした。


「う~ん、とっても華やか。水の都っていうのかな」 


 大通りの噴水を中心として八方向へ小川が流れ、その岸には様々な花々や木々が植えられている。その木々の横に広い道があり、馬車を中心とした様々な乗り物が行き交っている。そしてその道の更に横に露店賑わう歩道と建物がズラっと並んでた。建物は木材と石を混ぜ合わせたような材質で作られ、形は西洋の古い街並みを想像させるものとなっている。


『水と自然の街、ラオンテールへようこそ』

「ありがとう」


 温かいウェルカムコメントに気を良くした発喜ひらきは、ルンルン気分で大通りを歩きゲームの世界を堪能する。


『美少女JDの南城発喜さんはこのゲームで何をやるつもりなの?』

「特に決めてないけど、色々なところを見て回りたいかな」

『旅人プレイか。なら強くならないとな』

「そだねー」


 世界中を旅するということは、魔物が蔓延る地を冒険するということでもある。このゲームでは街の外に出れば容赦なく魔物が襲ってくるため、旅をするのであればそれらを倒せるようにならなければならないのだ。


『武器と職業は決めてあるの?』

「決めてなーい。色々と試してみようと思ってる」

『分かる。武器なんてリアルじゃ持てないもんな』

「そうそう。それに魔法もね」


 FMOは剣と魔法の世界だ。

 魔法は初歩的なものであれば特定の職業になって簡単なクエストを受ければ使えるようになる。しかも職業はいつでも変え放題なので、この世界に来た人の大半は最初に魔法職になり魔法を試すものだった。


『美少女JDから美少女魔法使いにクラスチェンジか』

「えへん。あ、なんか美味しそうなの売ってる」

『リバーリザードの串焼き屋台。結構旨いからオススメ』

「ふ~ん、じゃあ買ってみようかな」


 この世界に降り立った時、ほんの少しであるがお金を持たせてくれている。本来はそれで旅の準備をすべきなのだろうが、街の周辺の敵は素手でも倒せるため装備を買わなくても良い。それに串焼きの金額は非常に安いため、少しくらい買い食いしても問題無いだろう。


「おっちゃん、一番美味しいところ一本頂戴!」

「あいよ。一本五マネだ」

「こんな美少女が話しかけて来たんだからそこはタダにしてよ」

「一本五マネだ」

「ちぇっ」

『串焼き値切ろうとしてるやつ初めて見た。関西人でもやらねーぞ』


 商人になり値切りスキルを入手すれば値引きは可能であるが、スキル無しで値引こうとしても無反応だ。仕方なく発喜ひらきは素直に五マネを支払い串焼きを入手した。


「う~ん良い香り。ウナギのタレみたいな感じなのかな?」


 色的に醬油ベースなのかと思っていたが、甘い香りの方が強く感じられる。ゲームの中だというのに嗅覚を激しく刺激し、発喜ひらきはついペロリと舌で唇を舐めてしまった。


「いっただっきま~す」


 ぱくりと思いっきり齧り付いた発喜ひらきは、目を思いっきり見開いた。


 弾力がある身は鶏肉のような食感で、噛めば噛むほどじゅわじゅわと濃厚な旨味たっぷりの肉汁があふれ出て来る。そしてその濃厚さに負けない濃い目の甘じょっぱいタレと肉汁が咥内で混ざり合い、早く飲み込みたいようないつまでも噛み続けていたいような究極の選択を強いられる。

 発喜ひらきはしばらくの間ゆっくりとソレを噛み続け、肉の弾力が失われたタイミングで口の中に溜まった様々な幸せをごくりと一気に飲み込んだ。


「びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛ぃ゛!」

『きたあああああああああああ』

『それが聞きたかった!』

『美少女の汚声たすかる』


 視聴者リスナーが好き勝手言ってくるが、発喜ひらきは食べるのに夢中でそれどころではない。口の周りにタレをべったりと付けながら夢中になって食べる様子は微笑ましく、年齢よりも若く見える。


 いや、そうとも限らない。


 人目を気にせずがっつく様子は、幼いとは別の印象も抱かせた。


『やっぱりJDじゃなくてオッサンでしょ』


 彼らが見ているのはあくまでもネットゲーム。

 その世界で美少女が登場したからと言って、本人が美少女とは限らない。

 むしろ美少女であればあるほど、中身は真逆だと疑ってしまうものだ。


 発喜ひらきが本当に美少女だからこそ彼らは疑い、中身がオッサンだと考えてしまう。


「酷い!本物のJDなのに!」

『本物のJDはそんな汚い叫び声をあげない』

「そんなの貴方がJDに知り合い居ないだけでしょ。というか若い女の子の知り合いが居ないだけでしょ」

『ぐはぁ!言ってはならないことを言いやがった!どうせキモデブオッサンの癖に!』

「なんてこと言うのよ!そんなに信じられないなら名神大学に来なさいよ!」

『は?』


 売り言葉に買い言葉なのか、あるいは何も考えていないのか。

 発喜ひらきが唐突に大学名を口にしたことでコメント欄は混乱していた。


『何で名神大学?』

「だって私、そこの一年生だもん。明日一〇五教室で英語の授業があるから、そこに来れば会えるよ。そうすれば私が本物のJDだって分かるでしょ」

『待って待って待って待って。行っても姿が違うんだから分からないでしょ』

「あれ、そういえば言ってなかったっけ?私、リアルと同じ姿だし同じ名前だからすぐに分かるよ」

『はぁああああああああああああああ!?!?!?!?』


 リアルと同じ姿、大学名、授業を受ける教室。

 そこまでされれば簡単に本人を特定出来てしまう。


 発喜ひらきがオッサンではなく本物の美少女JDだと証明するには確かに有効だろう。


 だがいくらなんでも危険すぎる。


『こんなところで個人情報晒しちゃダメでしょ!』

「なんで?」

『何でって……あ、分かった。やっぱり適当なこと言って揶揄ってるんでしょ』

「揶揄ってなんか無いよ。そんなに気になるなら来れば良いじゃん」


 ネットリテラシーの重要性が叫ばれ、最近では学校の授業でも念入りに取り上げられているのに、若い女性がこうも簡単にプライバシーを公開するだなど、視聴者リスナー達はどうしても信じられないようだ。だが、その困惑が更なるとんでもない発言を引き出すことになってしまう。


「そっか。大学だと中に入って良いか分からないもんね。じゃあ私の家を教えてあげる」

『は?』

「名神大学の近くの水塚町の三丁目の二十八番地。メゾン金城の……」

『ストップストップストオオオオオオオオオオップ!』

「なによ後少しなのに」

『何考えてるの!?馬鹿なの!?馬鹿なのか!?』

「失礼ね。天才じゃないけど大学に入れるくらいは頭が良いんだからね!」


 そういう知識的な話では無いことに発喜ひらきは気付かず、一方で視聴者リスナー達はついに彼女の異常さについて気が付いた。


『少し疑われただけで住所まで言おうとするとか、クレイジーすぎんだろ……』

「別に住所くらい知られても良くない?」

『良くねーよ!』

「なんでさー」

『変な奴がやってきて襲われるかもしれないだろ!』

「まっさかー、そんなアニメやドラマじゃあるまいし」


 その顔は誰がどう見ても本気であり、なんら心配などしてなさそうだ。

 あまりのネットリテラシーの低さに視聴者リスナー達は騒然とし、汚いコメントが行き交ってしまい中々次のコメントがピックアップされてこない。


 そんなことになっているとは露知らず、発喜ひらきは食べ終わった串を屋台の店主に返すと、歩きながら更に爆弾発言を続けてしまう。


「皆も『まもり』みたいなこと言うんだね」

『まもり?』

「うん、私の幼馴染。まもりも皆みたいにネットリテラシーを考えろーとかって煩いの。気にしすぎなんだって」

『それ絶対まもりちゃんが正しいやつ』

『というか絶対それ本名だよね』

「そだよ。兎角とかく まもり。高校までずっと一緒だったんだ」


 ゲーム内で遠慮なく幼馴染の本名を暴露してしまう。

 というか、この時点で本名だけではなくなっている。


『ヤバい。発喜ひらきちゃんの正体がガチなら芋ずる式にまもりちゃんの正体も……』

「あははは、正体だなんて大げさだよ。まもりはただ胸が小さいことを気にしているだけの女のへぶし!」


 ケラケラと笑いながら他人の個人情報をダダ流ししていたら、後頭部に猛烈な衝撃を受けて舌を噛んでしまった。


「いらひ……街中では安全じゃなかったの?」


 このゲームでは街中で魔物に襲われることも、他人から攻撃されることも無い。正確には他のプレイヤーから襲われることは無くは無いのだが、襲ったプレイヤーはゲームから警告を受け、酷い場合にはログインが出来なくなってしまう。ゆえに後頭部に攻撃を受けるはずが無いのだが、一体何が起きたのだろうか。


「げ!」


 そこには憤怒の表情を浮かべた胸が大きく耳を生やした兎族の女性が立っていた。彼女が発喜ひらきを殴ったのだろう。頭上に警告のランプが回っていた。


 その人物に発喜ひらきは見覚えが無い。

 だが直感的に分かってしまった。


 いくら姿形を変えようとも、日常的に怒られていた当時の雰囲気を再現されてしまっては、一目で分からざるを得ない。


「ま……まもり?」

「ひ~~~~ら~~~~き~~~~!」


 勝手に個人情報をばら撒かれてしまった悲劇の女性。

 兎角とかく まもりのアバターがそこにいた。




--------

あとがき

個人情報(大学名、住所、幼馴染の胸のサイズ)を晒すのはダメ、ゼッタイ!

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