ネットリテラシーが無さ過ぎるJDが褒められたくて人助けするお話

マノイ

1. ネトゲで名前を何にするか?本名に決まってるでしょ!

「びゃあ゛ぁ゛゛ぁ、やっとゲットしたよおおおお!」


 五月中旬、汚い歓喜の声をあげながらベッドの上をゴロゴロ転がっているのは、今年JD(女子大生)になったばかりの美少女、南城なんじょう 発喜ひらき


 大学生が少女かどうかの議論はあるかもしれないが、本人が美少女だと思っているからそれで良いのだ。


 あまりにも勢い良く転がりすぎているからか、一着三百円で胸元にでかでかと『雲舟』と書かれたクソダサ格安スウェットの裾がめくれ、ぷっくらと膨らみ柔らかそうなお腹が見えてしまっている。


「びゃあ゛、この日をどれだけ待ち望んだことか。一人暮らしをしたいってお父さんを説得して、大学に入学してから授業よりもバイトを優先してようやく手に入れた!」


 なお父親は一人暮らしを絶対に絶対に絶対に認めないつもりだったが『一人暮らしさせてくれなかったら、お父さんのこと嫌いになるもん!』の必殺技で説得した。


 自由を手に入れたことで遠慮なくバイトだけ・・に精を出し、まだ五月だと言うのに必修科目の出席日数がギリギリで留年が確定しかけている。


 これらは全てあるゲームを手に入れるため。


「高三の時に皆が面白いって言ってたから私もやりたかったのに、お父さんもお母さんも忠司幼馴染まもりもお爺ちゃんもお婆ちゃんも親戚のおばさんも従妹もはとこも先生も友達も商店街の肉屋のおじさんも魚屋のおばちゃんもいつも公園で寂しくオニギリ食べてるスーツ姿のおじさんも隣の家の色っぽい奥さんも下の部屋のニートのお兄ちゃんも、みんな私が遊んだらダメって言うんだもん。そこまで言われたら絶対にやりたくなるよね」


 一体どれだけの人に心配されたのか。そしてそれだけ心配されるとは彼女は一体どれだけの問題児なのか。しかし彼らの心配は効果を発揮せず、発喜ひらきを止めることは叶わなかった。


「よし、やろう!」


 彼女はベッドから起き上がり、机の上に置いた欲しかったブツを手に取った。

 それはまだ箱に入ったままであり、箱にはファンタジー世界を彷彿とさせる装備を纏った可愛らしい男女のキャラクターが描かれていた。


「これが世界初のEBVRMMORPG。ファンタジー・ミックス・オンライン」


 EBVRMMORPG。

 Experience-Based体験型仮想現実多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム。


 ヘルメットやサングラス型のデバイスを装着し、視覚情報だけを利用して仮想現実を体験するゲームではなく・・・・、脳に信号を送り込みベッドなどで休んだまま脳内で仮想現実を体験するフルダイブ型ゲームでもない・・・・


「わぁ。綺麗なネックレス。こんな端末でゲームが出来るなんてふっしぎー」


 発喜ひらきが箱の中から取り出したそのネックレスこそが、ファンタジー・ミックス・オンライン、略称FMOの起動端末。従来のゲームで例えると、ゲーム機とゲームソフトがセットになった物である。


 ネックレスの先端には淡い緑色で雫の形の小さな宝石らしきものがつけられている。


「ええと、説明書説明書……」


 昨今のゲームと同じく詳しい説明はゲーム内で確認出来るが、起動方法だけは別に用意する必要がある。FMOもまた箱の中に薄い紙切れが入っていた。


 だが発喜ひらきは説明書をしっかり読むタイプではない。

 流し読みして知りたいことに関係してそうな所だけを読む。


 だからだろうか、冒頭にでかでかと書かれている注意事項を見逃していた。


『以下は起動端末を装着せずにお読みください』


 もちろん発喜ひらきの首にはキラリと煌めくネックレスがしっかりと装着されている。


「ええと、何々。ゲームの起動方法、これだ!」


 注意事項に気付かない発喜ひらきは説明書の内容を読み上げながら確認する。


「宝石を左右どちらかの人差し指と親指でつまむ……こうかな?」


 宝石は綺麗な曲線を描いており、表面がツルツルしていて触り心地が良かった。


「そしてそのままファンタジー・ミックス・オンライン起動と口にびゃあ゛ぁ゛゛ぁ!」


 起動方法が音声入力であり、発喜ひらきのように装着しながら説明書を口に出して読む人がいると起動して驚いてしまうため、冒頭に注意事項が書かれていたのだった。


 汚い悲鳴をあげた発喜ひらきの視界は一瞬ブラックアウトし、気付いたら真っ白な何も無い空間に居た。


 この時、彼女の身体は彼女の部屋に存在していない。


 身体ごとゲームの世界に入り込んでしまっているのだ。


 それこそが体験型VRMMORPGと呼ばれる所以である。


--------


『こんにちは』

「こんにちは!」


 真っ白な空間に転移した発喜ひらきに向かって、どこからか機械的な女性の声が聞こえて来た。発喜ひらきはその声に驚きもせずに元気良く返事をする。


 元気な挨拶が彼女のモットーだった。


『私はチュートリアルAIです』

「私は美少!女JDの南城なんじょう 発喜ひらきです!」

『南城発喜様ですね』

「美少!女JDの南城発喜です!」

『…………』

「美少!女JDの南城発喜です!」

『…………』

「美少!!!!女JDの南城発喜です!」

『…………美少女JDの南城発喜様ですね』

「はい!」


 どうやら発喜ひらきは美少女、特に少女という点をプッシュしたいようだ。背丈的には平均的であり胸も十分に大きくコンプレックスがあるわけではないが、JKからJDにクラスチェンジしたことで若さのアドバンテージが失われつつあることが気になるお年頃なのだろう。


「それでは美少女JDの南城発喜様。まずはファンタジー・ミックス・オンラインで活動する際の名前を決めてください」

「名前?美少女JDの南城発喜だよ?」

「本名ではなくゲームをプレイする上での名前です。本ゲームでは各プレイヤーに『ファルシュ』と呼ばれる剣と魔法の世界の住人の一人としてロールプレイングをして頂きます。美少女JDの南城発喜様がロールプレイングする『ファルシュ』上でのキャラクターの名前を決めて頂きたいのです」


 発喜ひらきは決してゲームに疎い訳では無く、自分の分身となるアバターに名前をつけるという意味はしっかりと理解していた。FMOではアバターを自分自身が演じることになるということももちろん理解していた。


 その上できっぱりと答える。


「だから美少女JDの南城発喜だよ?」

『…………本名での登録は推奨致しません』

「どうして?」

『本ゲームはMMORPGです。世界中の多くのプレイヤーと協力してプレイして頂くことになりますので、個人情報の公開は控えるべきです』


 それがオンラインゲームをするにあたって当然のネットリテラシーである。

 芸能人や顔出しネット配信者のように正体がバレても構わない人達ならまだしも、普通のプレイヤーは個人が特定されかねない情報を公開すべきではない。もしも公開してしまったならば、ゲームの中でトラブルに巻き込まれた場合に、リアルを特定されて襲われることすらありえる。

 もちろん名前だけでリアルの特定は出来ないが、ゲーム内での会話ログなどの他の情報とセットになるとリアルバレの可能性は増大する。念のため少しでもリアルの情報を伏せるのがネット社会での基本である。


 しかも美少女JDとなればなおさらだ。

 自称しているように彼女はそれなりに整った顔立ちをしており、一人暮らしをしているとなればなおさら個人情報の扱いには気を付けるべきなのだ。


「平気平気!」


 だが発喜ひらきは個人情報の扱いについて全くの無頓着だった。


『どうしても本名で進めますか?』

「うん!自分の身体なのに他の名前で呼ばれるのってなんか気持ち悪いもん!本名で良いよ・・・・・・!」

『個人情報の公開に伴うトラブルが発生した際、弊社はお助け出来ませんが本当によろしいのでしょうか?』

「しつこいなぁ。大丈夫だって言ってるでしょ!」

『…………本会話は録音済です。お客様の責任において本名・・を設定致しました」

「やった。ありがとう!」

『気が変わりましたらいつでもお申し付けください。チュートリアルの間でしたらすぐに変更致します。ゲーム開始後も特定の場所で変更可能です』


 もちろん発喜ひらきが有名人だなんてことは全くない。どこにでもいる普通の女性だ。

 トラブルに巻き込まれても対応できる自信があるわけでもない。


 ではなぜ彼女が頑なに本名でネトゲをプレイしようとしているのか。




「心配性だなぁ。アニメやドラマじゃあるまいし、トラブルなんて起きるわけないよ!」




 個人情報を晒したところで何も問題無いと心の底から本気で考えているからだ。

 ネットリテラシーの授業はしっかりと受けたはずなのだが、彼女は何も学んでいなかったのだった。


『それでは次にキャラクターの容姿を選んでください。事前にこちらで用意したサンプルを元に変更するか、ゼロから自分で設定するかどちらになさいますか?』

「このままで!」

『……このまま、というのは?』

「だから私の姿のままでいいよ! 他の姿だと違和感ありそうだもん!」

『見た目をご本人様の姿と同じにするということでしょうか。推奨されませんが……』

「気にしなーい!」

『…………』


 なんと発喜ひらきはプレイヤー名だけではなく、見た目までも本人と同じにするつもりだ。


 つまり架空のキャラクターではなく、自分自身がゲームの世界に入る感覚を堪能したいのだろう。


 結局発喜ひらきは何度も何度も警告してくれるAIの話を聞かず、何かあっても自己責任という証言を何回もさせられ、本人の姿のまま本人の名前でネトゲを始めることになったのだった。


『それでは美少女JDの南城発喜様の旅路が素敵なものにならんことを』


 チュートリアルAIとの対話を終えた発喜ひらきはFMOの世界に降り立った。


「びゃあ゛ぁ゛゛ぁ!すごーい!」


 降り立った場所は『ファルシュ』屈指の大都市『ラオンテール』の中央広場。

 その噴水の前にて、発喜ひらきは西洋の街並みの中で多くの人が行き交う様子を茫然と眺めていた。


 まるで本当に西洋の街にやって来たかのように錯覚するくらいに、目の前の光景はリアルだったからだ。


「すごいすごーい!知らない香りがする!風が肌を撫でる感触がある!これがバーチャルなゲームの世界だなんて信じられなーい!」


 このゲームを初めてプレイした人は皆が同じ反応をするのだろう。近くを歩いていたプレイヤーらしき人達が、発喜新人の様子を微笑ましそうに眺めていた。


「あれ、何これ?」


 ふと、小さな物体が視界を横切った。


「びゃあ゛!びゃあ゛!何!?」


 そしてそれは発喜ひらきの周囲をくるくると回って存在をアピールして来た。


「あ、分かった!ひらきのひらめき!」


 ひらきのひらめき。

 それは発喜ひらきが何かに気付いたり思いついた時に出てしまう口癖である。


「これって配信カメラってやつだよね!」


 FMOには配信機能があり、多くの人気配信者がプレイ動画を配信している。

 発喜ひらきもそれらを見たことがあるため、このゲームについての知識をある程度持っていた。目の前の小さな機械が配信カメラだと気付いたのもそれが理由である。


『こんにちは』

「こんにちは!」

『私は新人さん歓迎カメラです。よろしければ貴方のことを配信させてくださいな』


 FMOで新人がログインするとどこからともなくやってきて、相手の許可が得られれば配信で紹介してくれるカメラである。このゲームには配信があるとプレイヤーに意識させ、配信NGならしっかりとその設定をするようにと注意喚起するためのものである。ここで配信NGに設定すれば、今後は他人の配信カメラには映らないようになるのだ。


「良いですよ!」

『おお!素晴らしい!でも本当に良いのかな。世界中の人に見られますよ?』

「どんとこ~い!」

『なんて素敵な返事でしょうか。それでは行きますよ。準備は良いですか?」

「ちょ、ちょっと待って!」


 発喜ひらきは背後の噴水の方に振り返り、水面に映る自分の姿を見ながら身嗜みを整えた。こういうところはレディなのだ。


「よし、おっけー!」

『それでは行きまーす。三、二、一、ごー!』


 その途端、カメラの真横に配信画面らしきものが映し出された。

 そしてそこには大量のコメントが流れている。


『新人さんキタ――(゜∀゜)――!!』

『可愛い!』

『女性アバターだ!』

『黒髪良いねぇ。和風プレイかな?』

『つーかめっちゃ日本人風じゃん』

『逆に新鮮だなw』

『可愛すぎるし、どこかの事務所所属かな?』

『大手は告知無かった思うが』

『ゲリラ?』

『いやこの反応は素人だぞ』

『めっちゃニヤニヤしてコメント見てるw』

『かわええ』

『ちょっ!どうしてここに!』

『いぇーい!見てるぅ!』

『お姉さん、お名前なんてーの?』

『コメント読めなくてめっちゃ焦ってるの可愛すぎんだろ』

『これ狙ってやってるなら超演技派だぞ』


 コメントに書かれているように、発喜ひらきは物凄い勢いのコメントに気圧されてどうすれば良いか分からずあたふたしていた。


「びゃあ゛ぁ゛゛ぁ!読めない!読めないよ!これどうすれば良いの!?」


 配信文化は知ってはいたが、大手の配信は見たことが無くて速すぎて読めない場合のコメントの扱い方が分からず困ってしまったのだ。


『き た な い』

『何処からその声出たw』

『中身オッサン確定』

『はぁ~つまんな』

『なんでや!叫び声が汚い美少女がいてもええやろ!』

『全自動卵割機とか作ってそう』

『嫁一家と同居してそう』

『義理の父親と晩酌してそう』

『でも汚叫び以外は普通に女の子っぽいんだが』

『ワイはもう騙されんぞ(血涙』

『最近は巧妙なネカマが増えてるからなぁ』


 焦っていたらコメントの内容が不穏な感じになってしまい、その一部を偶然読めたことで発喜ひらきは困惑から復帰して不満気だ。


「私は本物のJDだよ!ネカマじゃないもん!」


 だがもちろんそんなことを宣言したところで証明など出来る筈がない。彼女の言葉を信じるコメントはあまり多くは無かった。


 そんな中で発喜ひらきの目にとあるコメントが飛び込んできた。


『んで、結局名前はなんてーの?』

「あ!忘れてた!」


 挨拶を大事にしているはずが忘れていたことに焦り、慌てて自己紹介をする。


「配信カメラさん、私の名前を皆が見えるようにしてくれる?」

『りょーかーい』


 これで視聴者リスナー目線では発喜ひらきの頭上に彼女のプレイヤー名が表示されるようになった。


「私は南城発喜だよ。よろしくね!」


 その瞬間、コメントが一気に加速する。


『ちょwwwww』

『草wwwwww』

『草に草生やすなwwww』

『ネトゲで久しぶりにこの手の名前見たわw』

『まさか今時こんな名前ネタする奴がいるとはw』

『美少女JDを自称してるのホント草』

『これやっぱりオッサンだろ』

『オッサンだったら寒すぎるから一周回ってやっぱり本物では?』

『美少女JDの南城発喜ちゃん』

『これひらきって読むんだ』

『くぱぁ』

『美少女JDが開くんですか!?』

『お前らBANされっぞw』


 超高速でコメントが流れてほとんど読めないけれど、何かがおかしいことに発喜ひらきは気がついた。


 自己紹介しただけなのに何故皆は笑っているのだろうか。

 嬉しいけれどどうして美少女JDとわざわざ言ってくれるのだろうか。


「ま、まさか!」


 慌てて発喜ひらきは胸元のネックレスを指でつまみ、自分のステータス画面を開くように念じた。すると彼女の目の前に空中ディスプレイが表示される。


「びゃあ゛ぁ゛゛ぁ!何でええええ!」


 ステータス画面の自分の名前の欄。




 そこには『美少女JDの南城発喜』と書いてあったのだった。




 チュートリアルAIに自己紹介する時に『美少女JDの南城発喜』と押し通したことで、彼女の本名が『美少女JDの南城発喜』だと認識され、しかもキャラクター名に本名を設定すると言われたため、『美少女JDの南城発喜』が設定されてしまったのだ。


 あまりの恥ずかしさに耐えられなくなった発喜ひらきは、真っ赤になった顔を両手で隠しながら汚叫びをあげ続け、注目の的となるのであった。




--------

あとがき


ネトゲで本名プレイはダメ、ゼッタイ!


とまでは言いませんが、大学にはちゃんと行きましょう。

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