死を恐れた魔導士、不死の研究を続けて3千年経過。まだ研究は完成しない

木塚 麻弥

死にたくない魔導師

 

 死んだらどうなるんだろう。

 諸君らは考えたことがあるだろうか?


 俺は死について深く考え、調べた。

 書物を読み、多くの人から話を聞いた。


 死とは何か。


 死とは無である。

 誰かがそう言った。

 死ねば何も無くなるのだと。


 死は次の生への始まりであるという者もいた。

 輪廻転生。死が次の生に繋がる。

 そうであれば嬉しい。終わりじゃない。

 そうであってほしい。


 しかし──


 もし死んで、無になったら……。


 怖い。

 とても怖い。


 怖くて仕方ない。

 死んだら何もなくなる。


 死んだら何も考えられない。

 考えられないとは、どういう状況か?


 分からない。

 目覚めないということか?


 ずっと寝ている状態か?

 分からない。

 分からないから怖い。



 怖いから俺は研究した。

 死とは何かを。

 死なないために、どうすればよいかを。



 ──***──


 死に関する情報を集めるため、俺は大国の宮廷魔導士になることにした。


 国最高峰の魔法使いたちが競い合い、類まれなる実績を示した者だけが選ばれる宮廷魔導士になることは容易なことではない。


 幸い俺には魔法の才覚があった。


 本当は死や不死に関する研究をして、それを実績として示したかったがそのテーマは当時の俺にはあまりに難しすぎた。そこで魔法詠唱と魔法陣の組合わで魔力効率を倍にする新理論をちゃちゃっと作って研究成果ってことにした。


 画期的な理論だと認められ、俺は宮廷魔導士になることが出来た。


 しかしこんな簡単なことを思いつかないなんて……。宮廷魔導士ってやつらは案外たいしたことないんじゃないだろうか?


 ちょっと心配になった。


 しかし俺の目当ては頼れる仲間ではない。


 知識だ。

 王宮に所蔵された数千冊の魔導書だ。


 過去数千年の歴史の中で、現在は失われてしまった技術や魔術がある。それらが死の先に何があるのか、死なないためにどうすればよいのかヒントを与えてくれるに違いない。


 俺は王宮にある魔導書を読み漁った。街にある図書館や、教会に所蔵されている書物とは比較にならないほど多くの情報が集まった。



 それでも俺は、死とは何かという明確な答えは得られなかった。



 ──***──


 宮廷魔導士となり死の研究を始めて3年が経過。

 どうやら死の先は『無』である。

 これはかなり確率が高いことが判った。


 より怖くなった。

 何も無くなるのは怖い。

 だから研究を続けた。


 この国の王も不死に興味があるらしく、研究費は潤沢だった。普通の魔導師が一生かかっても入手できないほど高価な薬剤を手当たり次第試してみることができた。


 うっかり薬剤の配合を間違え、視力が常人の100倍になったり、壁の向こうを透視できるようになったり、王宮から遠く離れた市場で貨幣が地面に落ちた音を聞き取れるようになったりしたが、不死とはあまり関係なさそうだ。少し研究がしやすくなったので良しとしよう。

 

 ちなみに宮廷魔導士になってからは不死の研究しかしていない。王の許しがあるのだが、最近は他の宮廷魔導士から何か成果を出せと言われることもある。


 ちょっと待ってろ。

 不死はそんな簡単じゃないんだ。



 ──***──


 不死の研究を始めてから10年ほど経った。

 まだ方法は見つからない。


 ドラゴンの血液、マンドラゴラの根、世界樹の葉。これらをとある配合で混ぜた薬を作り、飲めば良いという情報を得た。


 マンドラゴラは王国が管理する菜園で栽培しているので調達は簡単だった。世界樹を管理しているエルフ族と少し揉めたが、何とか世界樹の葉を手に入れた。


 問題はドラゴンの血液。

 この世界最強生物の血だ。


 ただしドラゴンを完全に倒す必要はない。なんとか身体に傷をつけ、血を回収すれば良い。


 そうして俺は万全の準備を整え、ドラゴンに挑んだ。

 

 準備した100近くの魔具や魔術をほとんど使い切り、僅かな血を回収、その後ドラゴンから逃げることに成功した。死ぬかと思った。


 不死を求めて死にそうになるのは笑えない。


 しかし俺は不死薬(仮)を作ることが出来た。


 飲んだらクソ不味かった。

 一口飲んで吐いた。


 死にたくはないが、ゲロを拭いた雑巾を絞った汁のような薬を飲むのも嫌だ。


 俺はどうせ飲むなら美味しい薬にしたい派だ。これまで実験で作った薬は我が天才的な配合により、非常に美味なものしかないのだ。


 今回の不死薬(仮)は配合が決まっていたからその通りにしたが……。


 こんなにマズいものは人間が口にすべきではない。


 血を回収する際にドラゴンに噛みちぎられた右手が疼く。片腕だと薬剤の配合がしにくい。だが俺は諦めない。


 いつか本当に美味い不死薬を作ってみせると改めて決意した。



 ──***──


 研究を始めて30年経った。

 研究費を出してくれていた王が死んだ。

 

 後ろ盾を失った俺は、成果を上げられない金食い虫だということで国を追放されることになった。

 

 ちなみに王宮では俺と一緒に不死の研究をする宮廷魔導士が数人いたが、みんな俺より先に死んでしまった。まぁ俺が一番の若手だったしな。


 不死の研究に興味を持つ魔導士なんてのは、死期が近づいてきたと感じ始める高齢の者たちばかり。


 だが夢半ばで悔しかろう。

 みんなの意思を引き継いでやる。

 俺が不死の研究を完成させるんだ。


 そう言えば最近、ドラゴンに喰われた右手が元通り生えて来た。


 不死に近づくために色んな薬を飲んできたからだろうか?


 両手があるのは研究が捗る。

 なので特に気にしないことにした。

 

 

 ──***──


 不死の研究を始めて50年経った。

 まだ研究は完成しない。


 人の血を飲むと若さを保てるらしい。

 吸血鬼という種族がそう言っていた。


 彼らを捕まえて実験した。

 杭で心臓を貫いたら普通に死んだ。

 期待外れだった。


 実験のために吸血鬼を狩り過ぎて、吸血鬼の始祖が襲撃してきた。でも研究所の防衛用に創ったゴーレムが返り討ちにしていた。弱っっわ。


 手下にしてくれと懇願された。

 コイツは空を飛べるし、瞬間移動もできる。

 素材調達には使えるかもしれない。


 吸血鬼でやりたい実験はもう全て終わったので、コイツは殺さないことにした。


 始祖は俺に、吸血鬼になる気はないか聞いてきた。噛みついて血を与えることで吸血鬼は配下を増やすことが出来るが、この方法で吸血鬼になると太陽で皮膚が焼かれるようになってしまう。始祖が意図して血を吸わせることで、吸血鬼の始祖と同等の力が得られるらしい。太陽が出ていても外を出歩けるし、定期的に人の生き血を飲めば永遠に若くいられるという。


 だけど俺は人の生き血を飲んでまで生き永らえたいとは思わない。


 なので普通に断った。



 ──***──


 不死の研究をはじめて100年が経過した。


 まだ色々試しているが、まだ不死になれたという実感はない。そもそも死ぬのが怖いので、不死になっているのかどうかを確認するために一回死んでみると言うことが不可能なんだ。


 寿命は普通の人間よりは長くなっているかもしれない。しかしこの世界には数千年生きる種族がいるんだ。ちょっと長生きできるようになった程度で不死になれたと思い違いはしない。


 そう言えば最近、吸血鬼の始祖が作る料理が美味くなってきた。


 始祖は配下にしていた吸血鬼たちに食事を作らせていたらしく、最初の頃は散々なものだった。皿洗いすらまともにできず、何度俺が罰として雷撃魔法を喰らわせたことか。


 10年修行させて、ようやくひとつの家事がマシなレベルになる。


 俺が研究に没頭できるよう家事を全て始祖に任せられる日は来るのだろうか。



 ──***──


 別の大陸に魔王という存在がいることを知った。

 どうやら300年周期で復活するらしい。


 ちょうど俺が不死の研究をはじめる少し前に魔王が倒されていたらしく、今年その魔王が復活したのだという噂を聞いた。


 魔王は大量の魔物を生み出し、放置するといくつかの国が亡びてしまう。しかし魔王はとても強く、倒すには勇者という存在を異世界から召喚して戦ってもらうしかないようだ。


 勇者には興味がない。

 だが何度でも復活できる魔王は研究してみたい。


 死んでも復活できるなら、それは不死ではないだろうか。できれば一瞬でも死にたくはないのだけど、不死の可能性は見逃したくない。


 ということで研究室の留守を吸血鬼の始祖に任せ、俺は魔王を見に行った。


 魔王はドラゴンより弱かった。

 吸血鬼の始祖よりマシなレベル。


 手足の再生はできるみたいだが、再生させるたび明らかに体力がなくなっていく。


 致命傷を与えると、魔王は変身することで体力を回復させた。


 それを見て、俺はこいつに希望を抱いた。


 魔王になれば不死になれるのではないかと。だから、どうすれば魔王になれるのか調べたくなった。


 だがその前に、本当に魔王は死なないのか確認しようと思った。


 2度目の致命傷を与えると、魔王は先程とは違う変身をして体力を回復させていた。魔王の弱点であるはずの神聖魔法を使ったのに、完全消滅しなかったんだ。


 俺は数十年ぶりにテンションが上がるのを感じていた。


 凄い、凄いぞ!

 こいつは不死に違いない!!


 よし、ではどうやれば魔王になれるか考えよう。


 一番可能性がありそうなのは、俺の爆裂魔法で身体を全て吹き飛ばしても消滅しなかった魔王のコアを俺に埋めこむことだな。


 とりあえずそれ、もらうな。


 手刀で魔王の身体からコアを抜き取った。


 これが3度目の致命傷となったようで、魔王は消滅してしまった。せっかく抜き取ったコアも砂になって消えた。


 ……おい、マジかよ。


 消える際、魔王はまた300年後に復活するとかほざいていたが、そんなに長い期間身体を無くして何も出来なくなるのを、俺は不死とは認めない。


 魔王も期待外れだった。

 俺は研究室に帰ることにした。



 ──***──


 500年が経過した。

 研究はまだ完成が見えない。


 長寿で有名なエルフ族の奴隷を買うことにした。

 エルフを研究すれば不死に近づけるかもしれない。


 不死の研究のために世界中を飛び回って素材を集めていたから、不死とは関係なくても価値のある素材がたくさん手元にあった。それらを売って奴隷購入資金にしたのだけど……。


 最近の奴隷市場は良く分からん。

 金貨1000枚で女エルフを落札したら会場がざわついた。


 そして購入した奴隷と一緒に研究所へ帰ろうとした時、数十人の兵士に囲まれた。


 どうやら俺が落札した女エルフをとある国の王子が狙っていたらしい。それを俺が横取りしたことになるそうだ。通常なら金貨200枚もあればエルフ奴隷が買えるということもご丁寧に教えてくれた。


 人間だれしも所有欲がある。

 俺が買ったんだ。


 だからこの女エルフはもう俺のものだ。


 一国の王子が欲しているという情報を聞いた後だと、より一層このエルフの見た目が良いように思えた。絶対に手放さないぞ。


 俺は魔法で兵士を一掃した。


 唖然とする女エルフを連れて、俺は研究所へ帰還した。


 

 話は変わるが吸血鬼の始祖は、10年ほど前にドラゴンの爪を取りに行かせた時に死んでいる。俺が魔法をいくつか教えてやったし、あいつは瞬間移動も使えた。だから大丈夫だと思っていたんだが……。


 せっかく全ての家事がそれなりに出来るようになっていたのに。ちょっともったいないなと思ってしまった。ただ悲しくはない。人の生き血を飲んで寿命を延ばす生物と一緒に暮らすのは、正直あまり気分の良いものではなかったからな。


 買ってきた女エルフに家事させることも考えたが、どうやら彼女も家事は得意じゃないらしい。


 まぁいいか。

 家事はゴーレムに任せよう。



 ──***──


 奴隷の女エルフを里に帰した。

 10年くらい一緒にいたと思う。


 彼女からは不死に関して何のヒントも得られなかった。

 

 このエルフは吸血鬼の様に人を殺しているわけでもないので、解剖して体組織がどんな感じになっているのか調べることができなかった。痛みを与えるような事件も避けた。そうなると出来る研究なんてのはたいして多くない。


 女エルフがまだ俺と一緒にいたいと喚いていた。気まぐれで食わせてやった俺の手料理に惚れたらしい。


 しかし研究の邪魔なので転移魔法でエルフの里に強制送還した。


 数年後に知ったんだが、彼女は族長の娘だったらしい。


 もう俺には関係ないことだ。



 ──***──


 前回魔王を倒してから、300年経った。

 どうやら復活したらしい。


 とりあえず会いに行ってみた。


 記憶は引き継がれているようだ。

 俺の顔を見た瞬間に魔王は逃げようとした。


 前回と変わっていないのか、この300年で新たに覚えた魔法を色々と試し撃ちしてみた。


 やはり3度の致命傷で魔王が消滅した。

 成長しないんだな、魔王って。


 記憶を引き継いで復活できるのは確認したが、復活するまでの期間に何もできないのは無駄すぎる。



 ──***──


 研究を始めて1000年経過。

 悪魔召喚を試してみる。


 ルシファーと名乗る悪魔が出てきた。

 捕まえて実験を始める。


 なるほど。

 悪魔は死なないんだ。


 何をやっても悪魔は死ななかった。

 これは面白い。

 色々と試したいことが出来そうだ。



 ──***──


 悪魔召喚して500年後。

 ルシファーが消滅した。


 我は最強の悪魔だ──とか言っていたくせに。


 もうちょっと研究の役に立ってくれ。

 ただ悪魔でも死ぬことが確認できた。


 悪魔になるって選択肢は無しだな。

 他の方法を探そう。

 

 やはり死は怖い。



 ──***──


 死なないことで有名な魔虫を確保した。

 虫なんぞに期待していなかったが──

 

 ゴーレムの高出力レーザーに耐えた。

 30年間の絶食にも耐えた。


 ドラゴンの肉体を焼き尽くした火炎魔法にも、悪魔を消滅させた聖属性魔法にも耐えてみせた。


 やるじゃないか!

 お前はルシファーより不死性が強い!


 虫になれば不死になれるかもしれない。

 そう思った矢先。


 何気なしに放った空間断絶魔法で、魔虫は真っ二つになった。


 ダメだったか。 

 俺の研究はまだまだ続きそうだ。




 ──***──


 研究を始めて3000年が経った。

 俺の研究はまだ完成しない。 

 

 あぁ……。

 どうやったら不死になれるんだ?

 

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