「こんにちは。…もしかして、お客さんですかな?」

「はい、色鉛筆を探しに来ましたっ」

「それはそれは、良く見つけてくださいました。ささっ、どうぞ」

 玄関を入り左に曲がると、本当に文房具屋さんだった…木製の引き出しが敷き詰められこじんまりとしたこの部屋は、おばあちゃんの家のようなにおいがする。それにしても、もっとマイナーな文房具を探しに来たのかと思いきや、まさかの色鉛筆。俺にはまだ、藍染さんの頭の中が理解しきれていないみたい…

「ここを知られているという事は、何か事業をされているのですか?」

「えぇ、ちょっとしたアパレル会社を。こちらは一緒に働いてくれているお仲間ですっ」

「どうも…」

「まぁなんと、お2人ともお若いのに凄いですな。えぇっと、色鉛筆でしたね。うちで扱っている色鉛筆は今のところ300程です」

「300…⁉」

 あまりの多さに思わず声を上げてい待った。2色の世界で暮らしている俺からすれば、ありえないほどの数だ。そのすべてがこの沢山の引き出しの中におさめられているそうで…

「こちらがサンプルたちと、紙に書いたときに見える色の出方です。ちなみに私のお勧めは072番です。私はそこらへんで作業してますので、ごゆっくりしていってください」

「ありがとうございます!」

 渡された木箱の中には、大量の鉛筆が入っていた。色んな白黒の濃淡が見えるあたり、本当に300種類はあるようだ。そして、1本ずつに番号と、名前が付けられていた。

「店主さんおすすめの072番は…これだ!わぁ確かに綺麗な色…ねぇみて、『涙の溜まった瞳の色』だってさ。うん、わかる」

「…涙?それ、色の名前?」

「そうだよ!」

 俺が今まで聞いてきた色鉛筆は、赤・青・黄・緑。と言うような単発的な名前だったのだが…なんだか、小説のタイトルのような響きだ。

「色鉛筆はね、色を見るためだけの物じゃないの。その名前を聞いて、この色を作った人はどんな気持ちでこの名前を付けたんだろうって考えると、すごく感慨深いものがあるの。例えばこれっ。『カエルの鳴き声』これ聞いてどう思う?」

「ふはっ、これも名前なんだ。…ん~、カエルって緑だよね?ウシガエルみたいな鳴き声だったら、黒に近い緑とか…?」

 ほとんど憶測だ。あの野太い鳴き声を思い出すと、黒く濁った鳴き声のような気がしただけで…でも彼女は予想外にも、俺の考えを肯定した。

「そう、そういう事なの!実際この色は、黄緑とオレンジを混ぜた色なんだけど、こういう色鉛筆の名前って、沢山想像ができる所が面白いところなの!名前を聞いて色を見て納得して、私だったらこの色こんな名前つけるのになぁとか、この名前だったらこんな色もあるよねとか、考えるのが楽しいのっ」

 色鉛筆について熱弁する藍染さんは、仕事の時よりも10倍増しで楽しそうで、目の中の光の量がいつもより増している。他にも色鉛筆と名前を照らし合わせて、独り言なのか話しかけられているのか分からないくらいに色々想像していた。なんだか漫画を読んでいるような気分になって面白い。

「…あ、ごめんね?私ばっかり話して」

「ううん。見ててめっちゃ面白いからどんどん続けて?」

 俺がそういうと、恥ずかしくなったのか口にチャックをしていた。

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