「…ガチここ?」
今俺の目の前には豪邸が広がっている。大学終わりに親父に渡された紙に書いてあった場所に来たのだが…。株式会社とか言うからオフィスビルとかかと思うじゃん?なぜか豪邸に行きついたんだけど。表札のように小さく『株式会社MUGEN』と書いてあるから間違いではないだろうが。恐る恐るエントランスなのか玄関、に入ると、色んな服装の人が働いていた。どこへ行けば良いのか分からずキョロキョロしていると、
「ご用件をお伺いいたしましょうか?」
背の高い整った顔の男の人に声をかけられた。この人、めちゃくちゃスーツ似合うなぁ…。
「あ、あの、今日からこちらでアルバイト…」
「あぁ!白井君ですね、お待ちしておりました。ご案内しますね。」
「あ、はい、」
どうやら僕のことを待っていてくれたらしい。宇瑠間と名乗ったこの人に案内されたのは、いくつかある扉の中でも一際大きな扉の前。
「失礼します。カノン様、アルバイトの方をお連れしました」
雇い主の人はカノン様っていうのか……ん?
「あ、もうそんな時間でしたか」
「…えっ、藍染さん⁉」
扉を開けた先には、さっきまで大学で顔を合わせていた藍染さんがいた。普段と服装こそ違うが、確かに彼女だ。
「…白井君?えっ、アルバイトって白井君だったんだ!」
「お二人とも、お知り合いだったんですか?」
「大学が一緒で…。白井さんの息子さんだってことしか知らなくて、下の名前までは聞いてなかったから…えぇびっくり!」
アルバイトできたのが俺だったことに心底驚いているようだが、俺は他にももっと色々驚いている。というか混乱している…。
「…あの、イマイチ状況が分かってないんだけど、えっと、藍染さんで間違いないよね…?」
「うん合ってるよ!ごめんね意味わかんないよね、取り敢えず座って?」
「あ、はい…」
普段大学ではショート丈のスカートやパンツを着ている藍染さんが今はオーバーサイズのパンツスーツ姿で、めちゃくちゃカッコいい。カッコいいんだけど…なぜここに。
「改めまして私は、こういうものです」
差し出された名刺に書かれていた文字に俺は驚愕した。
「…代表取締役⁉え、ここの社長なの?」
「父から継いだから、肩書だけみたいなもんだけどね」
「そんなことありませんよ。カノン様は実力も経営者としても、皆が納得しております」
宇瑠間さんは藍染さんが謙遜したことが不服だったのか、怪訝な顔をしてその言葉を否定した。整った顔の人が不服な顔をすると非常に迫力がある。
「睨まないでくださいよ…えぇっと、宇瑠間は私の執事なの。怖い顔は今だけで、基本的には凄く優しいから安心してね」
「よろしくお願いします。何か分からない事など御座いましたら、なんでもお聞きください」
「よ、よろしくお願いします、」
現実で執事さんを見る機会なんてないと思っていたけど、まさかこんなところで、しかも主が大学のクラスメイトだなんて…どれだけ寝ても夢で見られない内容だ。
「俺も親父が凄い人がいるんだとしか聞かされてなかったから、まさか藍染さんがいるとは…」
「うん、私も凄いびっくり。…でも、嫌じゃない?同級生がやってる会社で働くなんて。白井さんに私の年齢伝えたことなかったから知らないのは当然のことなんだけど…」
雇い主が同年代や年下というのは社会人になればよくある事。でもそれが18歳同士ともなると、少し気にしてしまうようだ。
「そんなこと気にしないよ。俺ここに来るのめっちゃ楽しみにしてたんだよ。だから、ぜひお願いします」
「…本当?良かったぁ。…お父様からちょこっと話は聞いてたんだけど、色盲、なんだってね?」
「うん、白黒しか見えてないみたい。特に生活に支障はないんだけどね」
俺がそう言うと、白黒ねぇ…と何やら考え込んだ藍染さん。不思議に思っていると、不意に何事もなかったかのように笑顔に戻った。
「仕事内容は、書類整理とか私の遠出に付き合ってもらったり、付き人みたいな感じになると思うんだけど、大丈夫かな?」
藍染さんの遠出に付き合うという点においては少し質問をしたかったが、付き人の延長だろうなと自己完結しておいた。
「全然大丈夫です。何でもやらせてもらいます」
「んふっ、いいね!」
そこからシフトの話や、大まかな仕事の流れ、会社についての話を聞き終えた俺は、藍染さんが本当にしっかり社長という仕事をしていることに感心しきってしまっていた。心なしか、大学にいる時よりもテンションが高く感じて、それも新鮮で面白かった。
「早速なんだけど、白井君いつから来られそう?」
「いつでも大丈夫です。前のバイト辞めたから、明日からで…」
「本当⁉じゃあ明日からお願いしちゃおっかなっ」
明日からでも大丈夫です。と言い終える前に、興奮気味の藍染さんに答えられた。
「あと、これは私からのお願いなんだけど…」
「お願い?」
「あのね、出来れば仕事中敬語は止めて欲しいなぁって思ってて。ここで働いてくれている人たちみんな、社長だからってすっごい堅苦しいの。それが社会の当たり前なのかもしれないけど…。それほど社長って感じでもないから。それに、私大学生の人が来るって聞いてすっごい楽しみにしてたの!だから、ね?」
…これは、いいのか?ん~…
「…ん、了解」
「ありがとう!あともう1つ。学校ではバイト先が一緒ってことだけにして、このこと内緒にしててほしいの。大学くらいは普通に過ごしたいから…」
「それはもちろん、大丈夫だよ」
みんなの普通が普通ではない。ということは聞いたことあったが、こんな身近にそれを感じている人が居たとは思わなかったなぁ。
「改めて、これからよろしくね」
こうして俺は、クラスメイトの藍染カノンさんの下で、アルバイトとして働くことになり、刺激のある日々を過ごすことになっていく。
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