「ダイキ」

「…うぉ⁉びっくりさせんなよ帰ってんなら言えって、」

「あははっ、すまんすまん」

 夜、家のリビングでのんびりテレビを見ていると、いつ帰ったのかわからない父親が真後ろに立っていた。

「ほらこれ、来週から来て良いですよだってさ。場所はそこに書いてあるから、学校終わったらそのまま行けよ~」

 渡された資料に書かれているのは、ある会社の住所だった。


【株式会社MUGEN】


 ここは、俺がアルバイトをすることになった会社だ。


 親の職業に憧れるのはよくある話で、俺もその例にあった。父親はアパレル会社勤務のファッションクリエイターだ。業務内容はデザイナーと違うが、幼いころ事務所に連れて行ってもらったときにふと目に入った洋服たちの絵に憧れてしまったのだ。白黒しか判断できない俺にとって、デザイン画に色なんか関係なかった。

 線。しなやかで、紙越しに伝わる躍動感がたまらなく好きだった。

 それでも幼いながらにデザイナーには色が必要な仕事であると早くに気づいてしまい、将来の夢から一生の趣味へと変換した、誰にも話したことない夢だった。

 大学に進学してから、ふと将来の夢があるのかと親に尋ねられた時、幼いころの話を何の違和感もなく話していた。ファッションデザイナーという夢をあきらめてから、夢なんか特に考えたことなんかなかったが、そのことだけは忘れていなかった。そうしたら親父が、


「この間知り合った仕事関係の人に、すごい人がいるんだよ!」


 と、妙にノリノリになってしまい…あれよこれよと次の日にはその人に話をつけて帰ってきた。将来の仕事にしなくてもいいからとりあえず行ってみろ、お前の為になる事が絶対あるから。なんてカッコいいこと言ってくれちゃって。

「…なんか、ありがとうな」

「何言ってんだ。子供の将来を応援すんのが親の役目なんだよ。それに、幼いお前が俺たちの仕事に興味持ってくれていた事が嬉しかったんだよ」

 普段から温厚でよく笑う親父だが、この時ばかりは本当に嬉しそうで楽しそうだった。


 『株式会社MUGEN』


 俺の新しいバイト先は、アパレル会社だ。

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