第19話 最後の秘密
夜空に満月が浮かぶ静かな村。「月のキッチン」はその夜、特別な静けさに包まれていた。カイはツキに呼ばれ、食堂の奥にある一室に足を踏み入れた。そこは普段、決して立ち入ることが許されない場所だった。
部屋には一枚の古びた布が広げられ、その上に月の満ち欠けを描いた美しい紋様と、見たことのないレシピが記されていた。
「これは……?」
カイが問いかけると、ツキはそっと布の前に膝をつき、その指先で紋様をなぞりながら話し始めた。
「カイ。この布に記されているのは、私の家系に代々伝わる『運命を紡ぐレシピ』。この村で月と人々を繋ぐための使命を負った者だけが受け継ぐものよ。」
彼女の声はどこか切なく、けれども確固たる決意を秘めていた。
「使命?」
ツキは頷き、静かにカイの目を見つめた。
「私がこの村に来たのは偶然ではなかったの。月が導いたのよ。この食堂を営み、訪れる人々の悩みを癒すこと。それが私の役割。そして、もう一つ……」
ツキの声が少し震えた。
「私には、この役割をいつか誰かに託す使命もある。すべてを抱えて生き続けるわけにはいかないの。」
「それって……」
カイは胸の奥で何かがざわつくのを感じた。ツキがこれまで語らなかった「最後の秘密」が、自分に関係しているような予感がしたのだ。
ツキは深く息を吸い、カイに向き直った。
「カイ。あなたがここに来たのは偶然じゃない。月があなたを導いたのよ。あなたには、都会に戻り新たな道を歩むこともできる。でも、もしもあなたがこの村を選ぶなら……私はこの使命をあなたに託したい。」
「僕に……?」
カイはその言葉に驚き、言葉を失った。
「そう。あなたには月のリズムを理解し、人々の痛みや願いを受け入れる力がある。このキッチンと共に生きることが、あなたの新しい使命になるかもしれないの。」
ツキの言葉には揺るぎない信念があったが、その瞳の奥には深い悲しみが宿っていた。
「でも、ツキさんはどうするんですか?この村を離れるってことですか?」
彼女は微笑みながら首を振った。
「いいえ。私はここに残るわ。ただ、月がいつか私を別の場所に導く時が来るかもしれない。その時、このキッチンを託せる人が必要なの。」
カイは心の中で葛藤した。都会に戻るという選択肢もあれば、この村でツキの想いを受け継ぐという選択肢もある。どちらも簡単に決められるものではなかった。
しかし、その瞬間、窓から差し込む満月の光が、カイの胸に静かな確信をもたらした。
「ツキさん……僕に少し時間をください。きっと自分の心の声を聞いて、答えを見つけます。」
ツキは優しく微笑み、カイの肩に手を置いた。
「焦らなくていいわ。月も私も、あなたの決断を待っているから。」
その夜、カイは星空を見上げながら、自分の運命を紡ぐ選択に向き合うことを決意した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます