第18話 ツキの過去
「ツキさんって、どうしてこの村に住むようになったんですか?」
カイはふとした瞬間にその問いを口にした。ツキと二人で星空を見上げながら、村の丘の上に座っていたときだった。周囲には柔らかな虫の音が響き、満月の光が二人を包んでいる。
ツキは一瞬、いつもの微笑みを浮かべたが、次第にその表情が陰りを帯びていった。
「私がこの村に来たのは……ずいぶん前のことよ。」
彼女は遠くを見るように月を見上げ、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「昔の私は、あなたと同じように、迷いと挫折の中にいたわ。都会でずっと自分の力を証明しようと頑張っていたけれど、周りの期待や競争に押しつぶされそうになっていた。」
カイは彼女の言葉に驚いた。いつも穏やかで自信に満ちたツキにも、そんな時代があったとは想像もできなかったからだ。
「そのうち、心も体も限界を超えてしまって……気づいたら、すべてを捨てて旅に出ていたの。」
「旅に?」
ツキは微笑みを浮かべながら頷いた。
「うん。山や海、たくさんの場所を訪れたわ。自然の中で少しずつ、自分を取り戻していった。でも、一番大きな変化があったのは、この村にたどり着いたとき。」
「この村で何があったんですか?」
彼女はしばらく黙り込んだ後、そっと話を続けた。
「この村に来た時、私は月のリズムについて教えてくれる、ある人に出会ったの。その人は村の古い伝統を受け継いでいて、月と人間の深い繋がりについて教えてくれたの。」
「月と人間の繋がり……?」
ツキは優しい目でカイを見つめた。
「月はね、人の心や体に影響を与える存在なの。満ちる月は希望とエネルギーを与え、欠ける月は浄化と休息を促す。そのリズムを知り、受け入れることで、人は自然と調和し、自分らしく生きられるようになる。」
彼女の声には、どこか懐かしさと感謝が込められていた。
「その出会いがきっかけで、私は『月のキッチン』を開くことを決めたの。この場所で、月の力と食材の力を借りて、誰かの心や体を癒せるなら、それが私の使命だと思ったから。」
カイはその話を聞き、ツキが持つ穏やかさの裏にある深い経験と覚悟を感じ取った。
「でも……どうして都会を完全に離れる決心を?」
ツキの表情が少し硬くなった。
「それは……まだ話すには早いかもしれないわ。」
彼女の声は静かだったが、どこか悲しげな響きを持っていた。
「いつか話せる時が来たら、きっとすべてを話すわ。だけど今は、あなた自身の運命に向き合うことが先決よ。」
カイはそれ以上深く聞くことを控え、ただ満月の光を見つめた。ツキの過去には、まだ語られていない秘密がある。けれど、その秘密が彼女をこの村に導き、そして「月のキッチン」という奇跡を生み出したのだろう。
その夜、カイの胸の中にはツキへの敬意と、彼女のように自分も変わりたいという強い思いが静かに芽生えていた。
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