第17話 運命の選択

 カイは村の広場にある大きな桜の木の下に座っていた。夜空には満月が浮かび、淡い光が辺りを静かに照らしている。周囲は穏やかな静寂に包まれていたが、彼の心の中は嵐のように揺れていた。


 都会に戻るべきか、それともこの村に残るべきか――。


 都会では忙しい日々が待っている。けれど、それは彼がかつて逃げ出した場所でもあった。あの世界に戻れば再びプレッシャーに押しつぶされるかもしれない。しかし、この村に留まることもまた、簡単な選択ではない。


 「考えごとかしら?」


柔らかな声が背後から聞こえた。振り返ると、ツキが手にカップを持って立っていた。


 「ホットミルクよ。少し心を落ち着けたい時にはおすすめ。」




 カイは微笑みながら受け取り、一口飲んだ。温かな液体が喉を通り、少しだけ心がほぐれる気がした。


 「都会に戻るべきかどうか迷っています。」

 カイは正直に打ち明けた。


 ツキは彼の隣に座り、月を見上げた。

 「迷うのは悪いことじゃないわ。それは、どちらの選択にも価値がある証拠よ。」


 「でも、どちらを選んでも後悔しそうで……。」

 カイの声には焦りが滲んでいた。


 「カイ、都会に戻ることと村に残ること。どちらも運命の一部なの。大切なのは、自分の心がどちらを選びたいかを見つめることよ。」


 彼女の言葉はいつもながら的確だったが、簡単に答えを出すのは難しいと感じていた。


 「都会では挫折ばかりでした。この村に来て、初めて自分らしさを取り戻せた気がします。でも、逃げ続けるのも違う気がして……。」




 ツキは少し考え込んでから言った。

 「逃げることが悪いとは限らないわ。ただ、逃げることで何を得られるかを知ることが大事なの。村に留まれば、穏やかな生活が手に入るかもしれない。けれど、都会に戻れば、再挑戦するチャンスが待っているかもしれない。」


 カイは月を見上げた。満月の光が彼の顔を優しく包んでいる。


 「選ぶのは怖いけれど……たしかにどちらも魅力的ですね。」


 ツキは立ち上がり、彼を見つめた。

 「決めるのに時間はかけていいわ。でも、どちらを選んでも、この村での経験を忘れないで。『月のキッチン』はいつでもあなたを迎える場所だから。」


 その言葉にカイの心は少しだけ軽くなった。彼はツキに感謝しながら、改めて自分自身の心の声に耳を傾ける決意をした。


 都会での挑戦か、村での新たな人生か――。

 満月が静かに輝く中、カイの選択はゆっくりと形を成していくのだった。

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