第14話 影の訪問者 ~挑戦的な客の登場~
ある曇りがちな夕方、山間の村にひとりの男性が現れた。
スーツに革靴という村では珍しい格好。精悍な顔立ちに、どこか刺々しい雰囲気を纏っている。
「ここが噂の『月のキッチン』か。」
彼は無造作に扉を押し開けると、店内をじろじろと見回し、カウンターの前に座った。その態度に、常連の村人たちは少し警戒したような視線を送る。
ツキは穏やかな笑顔を崩さず、静かに男性に近づいた。
「いらっしゃいませ。お疲れのようですね。何か温かいものをお出ししましょうか。」
しかし、男性はその笑顔を無視するように冷たく言い放った。
「いいえ、そんな気分じゃない。聞きたいことがあるんだ。噂の『運命を変える料理』ってやつ、本当にあるのか?」
カイが奥から顔を出し、男性の態度に眉をひそめたが、ツキは動じることなく柔らかな声で答えた。
「運命を変えるかどうかは、その方自身が決めることです。でも、料理には人の心を癒し、前を向く力があります。」
その言葉に、男性は鼻で笑った。
「綺麗事だな。俺にはそんなもの信じる理由がない。もし本当にそんな力があるなら、証明してみろよ。」
周囲の空気が一瞬凍りつく。村人たちは息を呑み、ツキの反応を見守った。
ツキは少し考え込むように目を閉じた後、静かに頷いた。
「わかりました。では、今夜の特別料理をご用意します。ただし、それを召し上がっても運命はご自身で動かすもの。その点を忘れないでくださいね。」
その言葉に、男性は不敵な笑みを浮かべた。
「面白い。期待してるよ、ツキさん。」
ツキは彼の名前を尋ねずに厨房へと戻る。カイは慌てて後を追い、声を潜めて言った。
「ツキさん、あの人、なんだか危険な感じがします。本当に料理を出すんですか?」
ツキは静かに鍋を火にかけながら答えた。
「人は時に、挑戦や怒りの中で本当の自分を隠してしまうものよ。あの方もきっと、心の奥に何か抱えているわ。」
カイはその言葉に納得しきれない様子だったが、それ以上何も言えなかった。
しばらくして、ツキは湯気の立つスープを男性の前に運んだ。
「こちらは月のリズムを感じる『浄化のスープ』です。心の奥に溜まったものを流し、新しい一歩を後押しします。」
男性はツキの説明を皮肉気に聞き流しながら、一口スープを口に運んだ。その瞬間、一瞬だけ彼の表情が柔らいだように見えたが、すぐに元の鋭い目つきに戻った。
「……まあ、普通のスープだな。これで運命が変わるっていうのか?」
しかし、ツキは穏やかに微笑むだけだった。
「変化は、一口のスープから始まることもあるんですよ。」
男性はスープを飲み終えると、何も言わずに席を立った。しかし、店を出る直前、ふと立ち止まり、振り返ってツキをじっと見つめた。
「……まあ、悪くない味だった。」
その言葉を残し、彼は闇の中に消えていった。
カイは複雑な思いで扉の外を見つめながら言った。
「あの人、何が目的だったんでしょう?」
ツキはただ静かに答えた。
「彼もきっと、何かを探しているのよ。月の光が導いてくれるといいわね。」
その夜、カイの胸には不安と期待が入り混じった感情が広がっていた。果たして、あの男性は再び「月のキッチン」に戻ってくるのだろうか。
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