第7話 欠けゆく月の癒し ~過去と向き合うための一皿~

 夜空に浮かぶ月が、欠けゆく影を増している。月の光が淡く静かな夜、「月のキッチン」の扉が再び開かれた。現れたのは、中年の男性だった。深く刻まれた眉間の皺と、やつれた表情が心の内の重荷を物語っている。


 ツキはカウンターの向こうで微笑みかけた。

「ようこそ、月のキッチンへ。月が欠けていくこの夜に、あなたの心を軽くする料理をお作りしますね。」




 男性はカウンターの席に腰を下ろし、ポツリポツリと話し始めた。

 「私は……何年も、ある事故の記憶に囚われているんです。自分の不注意で、大切な人を傷つけてしまった。そのことが忘れられず、心に重くのしかかっているんです。」


 言葉を紡ぐたびに、彼の声は震え、瞳には涙が滲んでいた。


 カイも近くでその話を聞いていたが、何を言えばいいのかわからず、ただ静かに耳を傾けていた。ツキは男性の話を遮ることなく、最後まで聞き続けた。




 「月が欠けていく夜は、手放しのための時間なのです。」


 ツキは穏やかな声で語りながら、キッチンへと向かった。彼女が準備を始めたのは、特別なスープだった。ハーブと新鮮な野菜をふんだんに使ったそのスープには、デトックス効果と心を鎮める力が込められている。


 鍋から立ち上る香りは温かく、どこか懐かしさを感じさせるものだった。

 「このスープには、余分なものを浄化する力があります。過去の出来事に縛られているあなたの心を、少しずつ軽くしてくれるはずです。」




 ツキが差し出したスープを前に、男性は少し戸惑いながらスプーンを手に取った。そして一口、ゆっくりと口に運ぶ。その瞬間、目に涙が溢れた。


 「……懐かしい味だ。これは、母が昔作ってくれたスープと同じだ。」


 ツキは優しく微笑みながら言った。

 「きっと、あなたの心が本当に必要としているものを教えてくれたのかもしれませんね。」


スープを飲み進めるうちに、男性の表情は次第に柔らかくなり、肩の力が抜けていった。




 その様子を見守っていたカイも、心に深く刻まれるものを感じていた。

「過去に向き合うって、簡単なことじゃないですね。でも、こうやって少しずつでも手放していけるものなんだな……。」


 ツキはカイの言葉に頷いた。

 「手放すことは、忘れることではありません。それを抱えながらも、自分を許し、前に進むための一歩を踏み出すこと。それが欠けゆく月の力なのです。」




 スープを飲み終えた男性は、深く息をつき、穏やかな表情で立ち上がった。

 「ありがとうございました。少しだけ、心が軽くなった気がします。」


 店を後にする彼の背中は、来た時よりも明らかに軽やかだった。


 カイはその姿を見送りながら、心の中で自問していた。

 「自分にも、こんなふうに手放すべき過去があるのだろうか?」


 欠けゆく月の光が「月のキッチン」の窓から差し込む中、ツキはカウンターの奥で静かに鍋を洗い続けていた。その背中には、何も言わずとも人の心に寄り添う力強さがあった。

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