第6話 欠けゆく月の癒し ~過去と向き合う時間~

 月が次第に欠け始め、空がどこか寂しげな夜のこと。カイが「月のキッチン」で一人、ツキの淹れてくれたハーブティーを味わっていると、店の扉がそっと開いた。入ってきたのは中年の男性だった。彼は無精ひげを伸ばし、少し俯いた姿勢でカウンターの隅に座った。


 カイは初めて見る顔だったが、ツキはその男性を見て優しく微笑んだ。

 「ようこそ、月のキッチンへ。今日はどんなお話を聞かせてくれるかしら?」




 男性はしばらく沈黙した後、小さな声で話し始めた。

 「もう10年以上前のことですが……。仕事が忙しくて、家族を顧みる余裕がなかったんです。そのせいで、妻とは離婚し、子どもとも疎遠になってしまいました。それ以来、自分が何をしても満たされなくて……。結局、自分を責め続けているだけなんです。」


 その声には、深い後悔と孤独が滲んでいた。カイは耳を傾けながらも、自分には何も言えないと思い、ただ静かに聞いていた。


 ツキは男性の話を最後まで聞き終えた後、穏やかに頷いた。

 「あなたは、ずっと自分を責め続けてきたのね。でも、それだけ愛していたという証でもあるわ。」




 ツキはキッチンに向かいながら、欠けていく月の夜にふさわしいハーブティーを準備し始めた。彼女が選んだのは、鎮静効果のあるラベンダーや、心の緊張を解きほぐすパッションフラワー。さらに、少しだけホーソーンベリーを加え、心の傷を癒す力を込めた。


 「月が欠けていく時期は、過去を手放すのに適しているの。あなたが抱えている痛みも、少しずつ和らげていけるはずよ。」


 彼女が差し出したカップからは、やさしい香りが立ち上っていた。男性はその香りを一度深く吸い込んでから、一口飲んだ。




 「不思議ですね……心が少しだけ軽くなった気がします。」


 男性はしばらく黙ってティーを飲み続けていたが、その表情には少しずつ柔らかさが戻ってきた。ツキは静かに話を続ける。

 「大切なのは、過去を完全に忘れることではなく、それを受け入れること。あなたがその経験から何を学び、どう前に進むかが大事なの。」


 その言葉に、男性はハッとしたように顔を上げた。

 「受け入れる……。確かに、自分のせいだとばかり思っていました。でも、あの時の自分なりに必死だったんですよね。」


 彼は静かに涙をこぼしながらも、少しずつ自分を許す気持ちを育て始めた。




 カイはその場面を見つめながら、過去を抱えた人々がどうやって前に進んでいくのかを考えていた。自分もまた、失敗や後悔を抱えていたが、それを手放す方法があるのだと感じ始めていた。


 「ツキさんの言葉って、不思議と心に響きますね。」


 カイがそう言うと、ツキは微笑みながら答えた。

 「月のリズムが教えてくれるのよ。どんな人にも、手放すべきものと、新たに受け入れるべきものがあるって。」




 その夜、男性は穏やかな表情で店を後にした。

 「少しだけ楽になった気がします。ありがとうございました。」


 欠けていく月は、彼の心から余分な重荷を少しずつ取り除いていったかのようだった。カイはその背中を見送りながら、自分もまた、欠けていく月と共に何かを手放す準備を始めるべきなのだろうと思った。


 店内に残る月明かりが、優しく二人を包んでいた。

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