第5話 浄化のスープ ~新月の力が導く癒し~
新月の夜が訪れ、村全体が静寂に包まれる頃、カイは「月のキッチン」に足を運んだ。ツキがいつものように店内を整え、キャンドルの灯りがゆらめく温かい雰囲気の中、村人たちが次々と集まってきた。その中には、一人の女性が緊張した様子で座っていた。
ツキが彼女に優しく声をかける。
「今日はどんなお悩みかしら?」
女性は一瞬ためらった後、ゆっくりと話し始めた。
「最近、どうしても疲れが取れなくて、心も落ち着かないんです。仕事でいろいろ抱え込みすぎて、自分でもどうしたらいいのかわからなくて……。」
彼女の顔には、仕事のストレスや家庭の問題が重なり、体だけでなく心にも疲れが蓄積しているのがはっきりと表れていた。
ツキは女性の話をじっと聞きながら、そっと微笑んだ。
「大丈夫。新月の夜は、浄化の力が最も強い時。このスープを飲んで、まずは心と体の滞りを流しましょう。」
ツキがキッチンに立ち、手早く準備を始める。鍋に水を張り、月のリズムに合わせて育てられた新鮮な野菜やハーブを丁寧に切り分けていく。その中には、解毒作用があると言われるクミンやコリアンダー、そしてデトックス効果の高い根菜類がふんだんに使われていた。
「新月の力は、手放しと再生のタイミング。体の中に溜まった余分なものを排出して、新しいエネルギーを受け入れる準備をするの。」
鍋から立ち上る香りが、店内に柔らかな安らぎをもたらす。スープの色は、ほのかな黄金色で、まるで月明かりをそのまま閉じ込めたように輝いていた。
ツキがスープをテーブルに運び、女性の前にそっと置いた。
「ゆっくり味わってね。一口ずつ、月の力を感じながら。」
女性は両手で温かい器を包み込み、香りを嗅いだ瞬間、深い安堵の表情を浮かべた。そして一 口飲むと、体の芯からほぐれるような感覚が広がった。
「なんだか、不思議な感じです……。こんなに心が軽くなったのは久しぶりかも。」
ツキは微笑みながら頷いた。
「スープがあなたの中に溜まった滞りを流してくれているのよ。新月の夜は、余計なものを捨て去る絶好の機会。こうして体を浄化することで、心にも余裕が生まれるわ。」
女性はスープを飲み干した後、涙を浮かべながらも笑顔を見せた。
「私、明日から少しずつ自分のペースを取り戻してみます。本当にありがとうございます。」
カイはその様子を静かに見守っていた。ツキの料理が単なる食事ではなく、人々の心と体を癒し、再生のきっかけを与える力を持っていることを改めて感じた。
「ツキさんの料理って、本当にすごいですね。ただのスープなのに、あんなにも人を変えるなんて。」
ツキは振り返り、穏やかな表情で答えた。
「料理そのものが持つ力と、新月のエネルギー、そしてその人自身が変わりたいと思う心が揃うと、こんな風に奇跡が起きるのよ。」
その言葉に、カイは何か大切なことを教えられた気がした。自然のリズムと人の心の繋がりが、日々の暮らしをより豊かにしてくれる。
その夜、カイは新月の暗い空を見上げながら、心の中に芽生えた静かな希望を感じていた。自分もまた、この村で少しずつ何かを手放し、新しい自分を見つけていくのかもしれない、と。
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