第4話 村の秘密 ~月のキッチンに集う理由~

 カイが「月のキッチン」に通い始めて数日が経った。日中は村を歩き、静かな田舎道や美しい風景を楽しみ、夜にはツキの店で食事をとるのが日課になっていた。そんなある日、カイはふと気づいた。この食堂にはいつも村の人々が訪れ、ツキと親しげに話しているのだ。


 その夜、食事を終えたカイはツキに尋ねた。

「ツキさん、この村の人たちは、どうしてこんなに『月のキッチン』を大事にしているんですか?」


 ツキは少し考え込むように目を閉じた後、微笑みながら話し始めた。




 「この村の人たちは、長い間、いろいろな苦労を抱えて生きてきたの。」

 ツキの言葉にカイは耳を傾ける。


 「ここは山間の小さな村でね。土地は豊かだけれど、昔は外の世界との繋がりがほとんどなくて、多くの人が孤独や悩みを抱えたまま過ごしていたわ。」


 ツキは、かつての村の様子を語った。病気や貧困、家族間の争いなど、さまざまな問題が重なり、人々は自分の力だけではどうにもできない苦しみを抱えていたという。


 「そんな時、この『月のキッチン』ができたのよ。最初はただの食堂だったけれど、次第に月のリズムを取り入れた料理を作るようになってから、少しずつ変わっていったわ。」




 ツキの料理には、単に体を満たすだけではなく、心を癒す不思議な力があった。


 「例えば、新月の夜には、体の毒素を排出する料理を出したり、満月にはエネルギーを取り込むスープを作ったりね。それが村人たちにとって大きな支えになったの。」


 カイは驚きつつも納得した。ツキの料理が持つ特別な感覚には、そんな背景があったのだ。


 「でも、それだけじゃないわ。」ツキは少し視線を落とし、柔らかい声で続けた。

 「料理だけじゃなくて、この場所自体が村人たちの『癒しの場所』になったの。悩みを話しに来たり、誰かとただ静かに一緒に過ごしたり、ここはみんなにとっての『心の避難所』みたいな場所なのよ。」




 ツキは、村人たちのさまざまなエピソードを話してくれた。


 「ある時は、仕事のストレスで体を壊した男性が来てね。その人には、消化に良いスープを作って、ゆっくり休むように勧めたわ。今ではその人、健康を取り戻して家族と笑い合ってるの。」


 また、失恋に傷ついた女性が「月のキッチン」を訪れたこともあったという。

 「その人には、満月の夜に特別なハーブを使った温かいお茶を出したの。次の日、彼女は笑顔で新しい目標を見つけたって報告してくれたわ。」


 ツキの話にはどれも、人々が「月のキッチン」に救われ、前に進むきっかけを得たエピソードが詰まっていた。




 カイは感慨深げに聞いていたが、ふと疑問が湧いた。

 「でも、どうしてツキさんは、そんな風に月の力や料理で人を癒せるんですか?」


 ツキは微笑みながら答えた。

 「それはまた、別の機会にお話しするわ。今は、村の人たちの物語を楽しんでちょうだい。」


 そう言ってツキは席を立ち、次の料理の準備に取り掛かった。


 カイは村人たちが「月のキッチン」に集まる理由を理解し始めていた。ここはただの食堂ではない。村全体を支える、心と体の癒しの場だったのだ。そして、ツキがその中心に立ち、月と人々を繋ぐ存在であることも。


 この村と「月のキッチン」には、まだ隠された秘密があるようだったが、今のカイにはその全貌を知る準備ができていない気がした。


 外に出ると、夜空には三日月が静かに輝いていた。カイはその月を見上げながら、村人たちとツキの絆、そしてここに込められた秘密に少しずつ近づいていることを感じていた。

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