第2話 願いの一皿 ~ツキの料理との出会い
店の静けさの中、カイは再び窓際の席に腰を下ろしていた。外の月明かりが窓を通して柔らかく差し込み、店内の雰囲気と調和している。その穏やかさが、都会で荒んだ彼の心にゆっくりと染み込んでいくようだった。
ツキはカウンターの奥、静かに調理を始めた。彼女の動きには無駄がなく、まるで舞を踊るかのように滑らかだった。まな板の上でリズミカルに刻まれる野菜の音、鍋から立ち上る香り――すべてが心地よいハーモニーを奏でていた。
「今日は、特別な料理を作るわ。」
そう言って、ツキは小さなガラスの容器を手に取った。その中には、小さな白い花びらのようなものが入っている。それが何なのかカイにはわからなかったが、どこか神秘的な雰囲気を感じた。
「この花はね、満月の夜にだけ咲くものよ。願いを込めて調理すると、不思議な力を持つの。」
ツキの言葉に、カイはますます興味を引かれた。しかし、どこか現実味のない話に半信半疑な気持ちもあった。
「お待たせしました。」
ツキが持ってきたのは、色とりどりの野菜とふわりとしたクリームが美しく盛り付けられたプレートだった。見た目からして特別な一皿であることは明らかだったが、それ以上に香りがカイの感覚を捉えた。甘さとほのかな酸味が混じり合い、どこか懐かしさを感じさせる香りだった。
「この料理には、あなたの願いが映し出されるわ。」
カイは言葉の意味を理解できないまま、ナイフとフォークを手に取った。一口目を口に運ぶと、思わず目を見開いた。その瞬間、舌の上に広がったのは、単なる味わいを超えた感覚だった。
「これは……なんだろう……」
カイは自分の感覚に戸惑った。一口ごとに記憶の断片が浮かび上がり、幼い頃に抱いていた夢や憧れが頭の中を駆け巡る。
都会で失った感情――希望や期待、それに伴う高揚感――が、料理を通じて彼の胸の奥底から呼び起こされていくようだった。
「感じるままに食べていいのよ。」
ツキの優しい声に促されるように、カイは少しずつ料理を味わった。彼の心の中に、小さな光がともるのを感じた。それは、長らく閉じ込めていた「自分の本当の願い」に気づくような感覚だった。
「不思議な料理だ……どうしてこんな気持ちになるんだろう?」
ツキは微笑みながら答えた。
「この料理は、月の力と自然の恵みを最大限に引き出して作っているの。食べる人の心に寄り添い、必要な気づきを与えるものなの。」
カイはツキの言葉を反芻しながら、残りの一皿を丁寧に平らげた。そして気づいたときには、彼の胸には明確な問いが浮かび上がっていた。
「 僕の本当の願いは……なんだろう?」
料理を食べ終えたカイは、これまで感じたことのない満足感に包まれていた。食事を通じて心が癒されるという感覚を、初めて味わったのだ。
ツキは静かに皿を片付けながら言った。
「あなたの願いが少しずつ形になるよう、またここに来るといいわ。」
その言葉に、カイは小さく頷いた。自分の中で何かが変わり始めている感覚を確かに感じていたからだ。「月のキッチン」は、ただの食堂ではない。この場所には、何か特別な力が宿っている。それを彼は確信し始めていた。
外に出ると、満月が空高く輝いていた。その光はカイの肩を静かに包み込むようだった。そして彼は、またここに戻ってくるだろうと思った。自分の「願い」を見つけるために。
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