私の後輩はかわいくない(けどかわいい)

深水紅茶(リプトン)

私の後輩はかわいくない

 昔々あるところに、可愛くない後輩がおりました。

 その後輩はとっても意地悪で、素直じゃなくて、いつもお人好しの先輩をからかっていました。

 やがて季節が巡り、春がやってきます。

 卒業式の日。

 学校を去る先輩の元に、後輩がやってきて言いました。


『先輩。わたしのこと、忘れないでくださいね』


 先輩は、とても驚きました。

 いつも意地悪な後輩が、今にも泣き出しそうな目をしていたからです。


 本当は。

 可愛くない後輩は、お人好しな先輩のことが、大好きだったのです。


 昔々。

 今からほんの、一年前のお話。


 †


「あ、鹿波先輩だ」


「げっ」


 高校二年生の新学期初日、廊下で懐かしい顔に出くわした。

 莉緒──桜庭莉緒。中学時代、女バスをやっていた私の後輩である。


「いや『げっ』って。出会い頭にひどくないですか。こんなに可愛い後輩に対して」


「自分で可愛いとかいう?」


「だって……仕方ないじゃないですか。わたし、可愛いんですから」


 いや可愛いけども。顔は。

 ていうかこいつ、また美人になってないか。鼻筋はすらっとしてるし目は潤んでるし、淡い色の髪はサラサラだし。後輩のくせに生意気な。


「莉緒、頭良かったよね。素直に美浜高とか行けばよかったのに」


「海浜高のほうが家が近かったんです。公立で学費も安いですし。それに……」


「それに?」


「ここなら、また先輩を……」


 俯き、細くて綺麗な指で髪をいじる。

 えっ、なにその反応。まさか莉緒、私を慕って海浜高に──


「先輩をからかって遊べるなって」


「おいこら」


 私は莉緒のほっぺを摘んだ。


「いひゃいです、ひぇんぱい」


「目は覚めた? その無駄におっきな目で、よく見てみなよ。今の私を」


「はあ」


 私は胸元に手を当てて、ピッと背筋を伸ばした。


「今の私は、莉緒が知ってる中三の海堂鹿波じゃないの。一年間の高校生活を経て大人になった鹿波ちゃんなの。わかるかなぁ、この違いが」


「先輩、少し太りました?」


「太ってないよ! バスケは引退したけど!」


「えー、でもシルエットラインが丸くなってますよ。やっぱり太ったんじゃ」


「違う! 成長したの! む、胸とかだって、サイズ変わったし」


「先輩のえっち」


「なにが⁉︎」


「公衆の面前で胸のサイズがどうとか……卑猥すぎます。先輩がそんな人になってたなんて、ショックを隠せません」


「今のは日常会話の範疇でしょ!」


「まあ見た目はいいとして、中身は何か変わりました?」


「中身? 性格ってこと?」


「いえ、それは変わってないことがハッキリしたので。そうですねえ、例えば……恋人ができた、とか」


「こっ」


「やっぱり先輩くらい美人だったら、彼氏の一人や二人いますよね」


「い──るっ! い、いるよ、彼氏」


 しまった。咄嗟に見栄を張ってしまった。そんなもの、十六年間生きてきてただの一人もいないのに。

 しかし覆水盆に返らず。もはや突き進むしか道はない。


「もも、もちろん、すっごくイケメンのね。へへ……」


「……。へえええ、そうですか。ついに人生初彼氏ができたんですねそれはそれはおめでとうございます」


「そ、そうだよ。私くらいになるとホラ、もう男の子が放っておいてくれないっていうか」


「ちなみに、どんな彼氏なんですか? 紹介してほしいんですけど」


「紹介⁉︎ えっと、それはちょっと……ほら、アレだよ……だ──大学生だから!」


「大学生」


「そうなの! 大学生でテニサーに入ってて、昼間は河原でバーベキュー、夜はナイトプールで飲み会企画してて忙しいから紹介するのはちょっと」


「は?」 


 いや怖いな。なにそのドスの効いた声。どっから出したの。


「なんですかそいつ。クソチャラそうなんですけど」


「チャ、チャラくないもん。トオルくん(架空)はちょっと見た目オラついてるけど、本当はすごく優しい人なの」


「…………先輩って、そういう人が好きなんですか?」


「えっ」


「ですから。昼間は河原でバーベキュー、夜はナイトプールで飲み会企画するような人がタイプなんですか」


 そんなことはない。なにもかも出まかせだ。忙しそうな大学生のイメージが河原バーベキューしかなかっただけである。


「別に、チャラいのは好きじゃないけど」


「けど?」


「優しい人は、まあ、好き、かな……」


 むしろ嫌いな人を探すほうが難しいと思うけど。


「……そうですか」


「な、なに?」


「別になんでもないです。ところで先輩、喉乾きませんか?」


「え、なに急に」


「再会の記念に奢って差し上げようかと。好きでしたよね、缶のいちごミルク」


「好きだけど……今はいいかな」


「そうですか……」


 心なしか莉緒の肩が落ちる。

 しゅんとした様子に、ちくっと胸が疼いた。

 これだからこの子はタチが悪いのだ。いつも小生意気なくせに、沈んでいる姿が寂しげで放って置けない。

 つい、懐かない猫のようだった過去の姿を重ね見てしまう。


「き、気持ちは嬉しいけど、ほら、私ってば先輩だし。先輩が後輩に奢られるわけにはいかないよ」


「わかりました。じゃあ……肩とか凝ってないですか?」


「なんで?」


 脈絡がなさすぎる。なんだ。一才歳上なんてもうオバサンだから肩凝ってんじゃないですかぁ? みたいな煽りか?


「別に凝ってないけど……」


「なんで凝ってないんですか!」


「キレるポイントおかしくない?」


「もういいです。あ、そうだ先輩、お菓子食べます?」


「全部急だなあ。食べるけども」


 スクールバッグからポッキーの箱が出てきた。一本差し出されたので、そのまま食べる。そういえば校則違反だった気がするけど、まあいいか。


「美味しいですか? 新作のマーマイト味」


「なに食べさせてくれてんの⁉︎」


 飲み込んじゃったよ。口の中が甘苦くていがいがするよ。

 お菓子の箱を仕舞った莉緒は、なんだかもじもじした感じで私を見遣った。どうした莉緒。ちょっとキモいよ。


「あの、先輩。わたしのこと、どう思いますか? 例えばそう、お菓子をわけてくれるなんてすごく優しい後輩だな、とか……」


「いや、普通に相変わらず意地悪だなって思ってるけど……」


「おかしいですね……」


 なにがだ。


「だって莉緒、いつもからかってくるよね。私のこと、先輩だと思ってないでしょ。意地悪だし、素直じゃないし」


 そう。

 この可愛くない後輩は、中学の頃から、私にだけ何故か意地悪なのである。

 普段は品行方正で従順で、いかにも理想的な後輩なのに、私に対するときだけ慇懃無礼で小悪魔系な態度が顔を出す。

 多分、舐められているのだろう。先輩として。あるいは、もっと単純に嫌われているのか。


「それに今日は、なんかちょっと機嫌悪そうだし……せっかくまた会えたのに」


 私の言葉に莉緒は形の良い下唇をきゅっと尖らせて、言い訳のように呟いた。


「それは……だって先輩が、勝手に恋人作ったりするから」


「え? あんなの嘘に決まってるじゃん」


「は?」


 莉緒の口がぽかんと開いた。


「私が大学生のチャラ男と付き合うわけないでしょ……え。莉緒、まさか信じてた?」


 莉緒の百面相が始まった。驚きに固まっていた表情が徐々に緩み、目尻がわずかに潤んだと思った直後、キッと恨みがましい目つきで睨めつけてくる。


「そんなだから先輩は先輩なんですよ」


「意味わかんないんだけど! 私はずっと私だよ!」


「先輩のばか。ばーか」


「ひどくない⁉︎」


 意外と直球な罵倒のほうが傷つくこともあるんだぞ。


「って莉緒、私に彼氏ができたから不機嫌だったの? 別に莉緒と関係なくない?」


「だって先輩、一昨年のクリスマスのとき」


「あーあーあー聞こえない聞こえない」


 私は両耳を塞いだ。人の黒歴史を簡単にほじくり返さないで頂きたい。


「……まあでも、私が嘘ついたのは事実だもんね。ごめん、ちょっと見栄張っちゃった」


「……別に今更、先輩がわたしに見栄を張る必要なんてないと思いますけど」


「あるよ。だって今日から、また先輩後輩なんだもん」


 莉緒が顔を上げた。

 大きな目に、廊下から降る光が差している。

 私は、多分少しだけ赤くなっているであろう頬を指で擦った。


「やっばり、莉緒にはかっこ悪いとこ見せたくないよ。先輩として」


「……今日だけで、結構かっこ悪かったですけど」


「ふぐっ」


 事実がみぞおちに響くぜえ。

 でも、と莉緒が呟く。


「先輩は、そのままでいいですよ」


「え、やだよ。大勢の後輩に慕われる先輩キャラ目指してるんだから」


「それはちょっと無理なので諦めてください」


「ひどい!」


 なんてひどいことを言うんだ。本当に生意気だ。可愛くない。顔以外全然可愛くない。

 莉緒はぽしょぽしょと続ける。


「まあその、別に大勢じゃなくて、ひとりでいいなら、もう叶ってますけど」


「えっ。莉緒、それって」


「…………先輩、わたしが何を言いたいか、わかりますか……?」


 俯き、何かを期待するような上目遣いで私を見つめる。

 まさか──


「もしかして、他にも女バスの子が入ってきてるの⁉︎」


「はい?」


 私を慕ってくれる後輩といえば、彼女たちしかいない!


「えー、誰々? 桜ちゃん? 椎奈? それともみおっちとか。先に言ってよ、もー……あれ、どしたの莉緒」


「知りません」


 ふいっと横を向く。綺麗にブリーチされた髪をいじる莉緒は、わかりやすく不貞腐れていた。意味わからん。


「りーおー?」


「聞こえませーん」


 聞こえてるじゃないか。

 ううん、まいったな。このまま解散すると、後日間違いなく面倒なことになる。

 莉緒はなんというか、ねちっこいのだ。前世が蛇なんだろう。きっと。


「ええと、なんかよくわかんないけど、機嫌直してよ。そうだ、先輩がジュース奢ったげる」


 ぴくりと莉緒の肩が震えた。


「……リクエストありですか」


「紙バックの飲むヨーグルトでしょ」


「なっ」


 弾かれたようにこちらを向く。


「んで、覚えてるんですか」


「可愛い後輩の好みだからね。ていうか、莉緒も私の好み覚えてたじゃん」


「それは……もういいです。仕方ない、奢られてあげます。行きましょう、先輩」


「わー、可愛くない〜」


 自販機がある一角へ向け、並んで廊下を歩く。

 窓から差し込む昼下がりの陽光が、リノリウムの床に陽だまりを作り出していた。

 不意に莉緒が前に出た。ふわりとスカートが浮かび上がる。

 可愛くて可愛くない後輩は、あざといくらい完璧な角度で身を屈め、下から見上げるように言う。

 

「今日からまた、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いしますね。鹿波先輩」


「──はいはい。よろしくね、莉緒後輩」


  †


「あーびっくりした」


 二年生の教室に戻った私は、席の近い友人に聞こえるよう、あえて大きめの声で呟いた。

 狙いどおり、友人が反応してくれる。


「どしたのかなみん」


「聞いてよ椎奈ぁ。莉緒が入学してきたの。覚えてるでしょ、女バスの後輩の」


 椎奈は同中で、私と同じ元女バスの出身だ。当然、莉緒のことも知っている。

 彼女は目をぱちばち瞬いて、「え、嘘。ホントに?」と驚いたように言った。


「ほんとほんと。さっき、廊下で会った」


「えー、いいな。あたしも会いたい。莉緒ちゃん、可愛くなってた?」


「顔はね」


「いや顔だけじゃなくて、あの子は性格も良いでしょ。素直だし気が利くし、頭も良いし」


「えー、そうかな。私にはちっとも素直じゃないし可愛くないけど」


「いや、それはさ……」


 椎奈が半目になった。目の奥がどことなく生暖かいのは何故だろう。

 私は深くため息をついた。


「やっぱり私、莉緒に嫌われてるんだろうなぁ……」


「一応聞くけど、なんか心当たりでもあるわけ?」


「まあ」


 ある。特大のがひとつ。

 だけどこれは、恥ずかしすぎて親友の椎奈にも言えない。墓の下まで持っていく所存である。

 ……でも、できれば莉緒とは仲良くしたい。

 可愛くない後輩だけど、それでも後輩だし。

 私が卒業するときは、ちょっと泣きそうになってくれたし。いやまあ、あれは雰囲気に当てられただけだろうけど。

 莉緒は意地悪だし素直じゃないけど、なんだかんだ可愛い後輩なのである。

 だからこそ仲良くなりたいし、先輩として認めてもらいたい。

 

「はー。どうすれば後輩に慕ってもらえるんだろ」


「色々じゃない? 頼り甲斐を見せるとか、大人っぽいところをアピールするとか」


 ほほう、なるほどね?


「つまり莉緒に、この一年における私の成長を見せつければいいと」


「あー、うん。心当たりある?」


「えっとねー、実はブラのサむぐぐ」


「やめときなさい男子もいるんだから」


 私の口を手で押さえた椎奈が、呆れた顔で言う。

 別に誰も気にしてなくないか? と思って周りを見たら男子が何人か目を逸らしていた。思春期だなあ。


「そういうのじゃなくて、もっと他にないわけ?」


「うーん……」


 椎奈の言葉に、私は高校入学してからの一年を思い起こしてみた。

 しかし何も思いつかない。

 

「……あれ? おかしいな。私はこの一年、いったい何を……?」


「わかったごめん。あたしが悪かった」


 よしよし、と頭を撫でられた。優しくされると余計に悲しくなるからやめてほしい。


「うう、こんなんじゃまた、莉緒にからかわれちゃうよー……」


「愛だと思うけどなぁ。莉緒ちゃんのは」


「愛のあるイジリってこと?」


「うーん、合ってるんだけど……決定的に間違ってもいる……」


 よくわからないことを言わないでほしい。


「私は尊敬されたいんだよ! 先輩としてリスペクトされたいの!」


「リスペクトねえ。でも莉緒ちゃんって、まず超美人じゃん」


「……ぐぬ。ま、まあ、それはね」


 椎奈の言うとおり、莉緒はとにかく顔が良い。素で可愛いくせに素材を磨き上げることに余念がない。久しぶりだったこともあって、さっきは正直見惚れてしまった。


「バスケでも二年からレギュラーだったじゃん」


「私は万年補欠だったけどね……」


「確か勉強もできたよね」


「私は補講常習犯だけどね……」


「尊敬できる要素なくない?」


「ひどいよ椎奈! いくら事実だからって!」


「事実ならいいでしょうよ」


 ぺしゃんと机の天板に突っ伏す。

 かくも『憧れの先輩』への道のりは高く険しい。


「素直に諦めたら? っていうかさ、そんな頑張らなくても、多分あの子は──」


 何かを言いかけたまま、椎奈が口を閉じた。なんだろう。頑張っても意味がない、みたいなことだろうか。

 それはそうかもしれないけど。

 でも、嫌なのだ。私はあの子の先輩だから。


「……やだ。諦めない」


「へ?」


「諦めないもん。絶対に私を尊敬させてやる……『流石ですね先輩。ぎゃふん』って言わせてやる……!」


「今日日ぎゃふんとは言わないでしょ」


「言わせるんだよ!」 


 私は硬く拳を握って誓った。鳴かぬなら鳴かせてみよう、だ。せいぜい首を洗って待っているがいいよ、莉緒!


 †


 自販機が並ぶ校舎裏の一角。

 飲むヨーグルトの紙パックを手に、桜庭莉緒は物陰にしゃがみ込んでいた。

 コンクリートの床にプリーツスカートの裾を垂らし、立てた膝をぎゅっと抱いて。

 手のひらの上の宝物に触れるみたいに、特別な名前を呼ぶ。


「鹿波先輩……」


 海堂鹿波。鹿波先輩。

 わたしの、先輩。

 一年ぶりに会ったあの人は、莉緒のことを覚えていてくれた。

 それも、顔と名前だけじゃない。飲み物の好みまで。


「ぅえへへ」


 嬉しかった。

 めちゃくちゃ、嬉しかった。

 ずっと不安だったのだ。

 こんな可愛くない後輩のことなんて、とっくに忘れてしまったんじゃないか。

 たとえ話しかけたところで、気まずくなってしまうだけなんじゃないか、と。

 さっき偶然を装って声をかけたときだって、本当は手が震えていた。鈍い先輩は気がつかなかったみたいだけど。

 でも──全部杞憂だった。

 鹿波先輩は、ちゃんと覚えていてくれたのだ。

 今日からまた、先輩のいる学校生活が始まる。


「あー……やば」


 どうしよう。

 幸せすぎて脳が溶ける。口元のにやけが止まらない。

 鹿波先輩が同じ校舎にいるというだけで、世界が丸ごと色づくみたいだ。


「しかも先輩、なんか可愛くなってたし……」


 そうなのだ。

 一年ぶりに会った先輩は、想像していた以上に可愛らしくなっていた。なんというか、垢抜けていた。

 あれが高校デビューというやつだろうか。

 個人的には中学時代のちょっと野暮ったいというか正直ダサい先輩も好きだったから、惜しい気持ちがなくもない。

 でも可愛いから全然オーケーだ。というか、先輩ならたとえ丸坊主になっていても花丸満点をつけられる。

 もちろん本人には、口が裂けても言えないけど。


 ──先輩が、好きだ。

 

 それはもう、廊下で後ろ姿を見つけた瞬間、思わずうるっときてしまったくらいに。

 話していると、つい、からかいたくなってしまうくらいに。

 だってしかたないじゃないか。むきになっている先輩は可愛いし、なによりそうしている間は、わたしだけを見てくれるのだから。

 本当は。

 誰よりも可愛い後輩だと、思ってほしい。

 特別扱いしてほしい。一番大事にしてほしい。頭を撫でて、褒めてほしい。えこひいきして、可愛がってほしい。

 もっと踏み込んだ関係になりたい。普通の後輩では触れない、特別な場所に触れたい。

 他の誰にも許したことのない、脆く柔らかな場所に触れてほしい。

 先輩の全部が欲しい。

 先輩に全部あげたい。

 言えるわけないけど。

 桜庭莉緒は、素直じゃないから。

 どうにも、可愛くない後輩なのだ。

 手にした紙パックのストローを咥えて、最後のひと口を吸い込む。

 甘酸っぱいヨーグルト味が、口いっぱいに広がった。

 目を閉じる。


「……ずっと、わたしだけの先輩だったらいいのに」


 呟きは、春の緩い大気に蕩けて消えた。

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