陽キャの指
鬱ノ
陽キャの指
僕が大学時代に参加したバーベキューイベントで、実際に起きた話だ。
山道を走るバンの中で、お調子者のタクミが、いつものようにふざけながら不穏な話を始めた。
「この山はな、半グレが人を殺してバラバラにして埋めた山なんだ。彼らは犯行後、近くの河原でバーベキューを楽しんだ。ヤベーだろ。で、そこに今から行くんだけど。わははは!」
周りから「マジか最悪」と非難する声が上がったが、彼に気にする様子はない。心霊スポットに物見遊山で行く若者の一員になったみたいで、僕の気分は沈んでいた。タクミは、いわゆる陽キャの権化のようなヤツだ。今回のバーベキューも彼の発案だった。
僕は、タクミに対し嫌悪感を抱いていた。陽キャそのものへの嫌悪感かもしれない。大学内での孤立を恐れ、彼のグループに加わっている自分自身も嫌いだった。
河原に着いた僕たちは、準備に取り掛かり、楽しくバーベキューを始めた。しかし、いつもはどこかで騒いでいるはずのタクミの姿が見えない。「何だよ、作業サボってどこ行ったんだ」と不満が渦巻く中、一番後輩の女子が静かに口を開いた。
「実はタクミ先輩、みんなを驚かそうと何か考えていたみたいなんです。さっきあそこの岩の陰にこっそり隠れたんですよ」
人騒がせな奴だ。これだから陽キャは。僕は、藪の手前にある大きな岩を睨んだ。彼女は続ける。
「岩に隠れる前に、人差し指を口に当てて、黙ってろって合図されたんですけど、ずっと出てこないから心配で…それに」
声を落として話す彼女。
「タクミ先輩が口元に当てた人差し指が、なんかおかしかったんです。なんて言うか…指が…」
その時だった。バーベキューエリアから女子メンバーの悲鳴が突如として響いた。急いで駆けつけると、目に飛び込んできたのは、焼き網の上に置かれた指だった。1本じゃない。切断された人間の指が7~8本、ソーセージのように並べられている。
女子たちはグリルから距離を取り、怯えていた。
「おい、何だよこれ」「いやいや、作り物だろ、誰だよ」
男子メンバーたちもどうしていいかわからず、ただ呆然と立ち尽くすばかりだ。
「わははは!びっくりしただろ!」
周囲一帯に大声が轟いた。間違いなくタクミの声だ。下品な笑い声が続き、メンバーはみんな顔を曇らせていた。
我慢の限界に達した僕は、「ふざけ過ぎだ!」と怒鳴りながら、彼の声がする岩の方へ向かっていった。怒り心頭で岩の反対側を覗いた瞬間、タクミの笑い声が止んだ。
岩の後ろには誰もいなかった。人がいた痕跡すらない。呼びかけるも返事はなく、岩の向こうの藪にも人の気配はなかった。静寂が辺りを包み込んでいる。
ひとまず落ち着こうと、バーベキューエリアへと戻った。
焼き網の上の指は、どう見ても本物に思える。さっき後輩の女子がタクミの指について何か言いかけたことを思い出したが、それと結びつける気にはなれなかった。グリルの炭火はすでに消えている。みんなで話し合い、とりあえず地元の警察に連絡を取った。
パトカーがすぐに到着した。イタズラだろうと叱られるかと思っていたが、警察の対応は意外にもスムーズで、指が本物であることが速やかに確認された。事情を知りそうなタクミがいなくなっていることを警官に伝えると、彼らは特に驚く様子もなく応援を呼び、淡々と周辺の捜索を始めた。何だか不自然に感じる。まるで、この辺りではよくあることのようだ。捜索は形式的というか、おざなりに見えた。
タクミは失踪したまま、今も見つかっていない。後に、大学内で聞いた噂によると、警察のDNA鑑定で例の指は複数人のものだと判明し、そのうちの一人がタクミだったそうだ。僕は、事件が起こった時の記憶を思い返し、妙に腑に落ちた気がした。
実は、誰にも言わなかったことがある。あの日、焼き網に並べられた指を見た瞬間、僕はなぜか直感的にこう思ったのだ。
「これは全部、陽キャの指だ」
(了)
陽キャの指 鬱ノ @utsuno_kaidan
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