5話 やっぱり忘れられる

 追放されて2日目。




 俺は、実に清々しい朝を迎えていた。


 寝ている間に嫌がらせでドアを叩かれたり、窓から生ごみを投げ込まれたりされることも無く熟睡できたのだからさもありなん。


 皆朝まで寝ているならよかったんだけど、夜勤の奴らまでやってくるから、早起きでかわすこともできなかったんだよなぁ……。




 たまにだけど、王女様に、護衛として部屋の前で寝ずの番をさせられたこともあったな。


「私は逃げられないのに、貴方だけ忘れられて逃げ放題なのはズルいですよね?」


 ってニコニコしながら言われ続けたもんだ。


 すごい美人だし、巷でも理想の王女様だとか言われているのに、俺に対する圧がすごくて怖いんだ。


 王国軍所属でもなくなった俺は、もう二度と会う事も無いんだろうけれどな。


 でも、王様にはちょっとだけ悪いことしたかもしれないなぁ……。


「頼むから軍を辞めないでくれ!対応を是正するよう指示出しておくから!」


 って涙ながらに言われたけれど、結局何も変わらなかったし、王様にそんな事言わせたの自体が功績とでも思われたのかね?




 さてさて、今日も飯の種を稼ぎに行かなければ!


 昨日稼いだ分でしばらくは持つけれど、いつ働けなくなるかわからない不安定な仕事をしていくのであれば、稼げるときにはサボらず稼がなければ!


 今日も天気が良さそうだし、冒険者の階級も銅に上がった。


 何か稼げる依頼があったらいいな……。




 そんな淡い期待を抱きながら1階へと降りる。


 受付には、昨日と同様セリナさんが立っていた。


 ……サリナさんじゃないよな?2日目だけどわからん……。




「おはよー」


「……?おはようございます!」




 お前誰だ?って顔されたな。


 忘れられたか?


 まあいい、慣れてる。


 ……悲しいけど。




 朝食もサービスで出るはずだけど、これは無理そうか?




 そう思いつつも食堂へ入る。


 無料じゃなかろうが、ここで朝ごはんを食べてしまいたい。


 金を払えば多分問題なく食べられるだろう。




「すみません、食事を」


「おやおはよう!昨日はよく眠れたかい?」


「え!?あ……はい、食事も美味しくて最高でした」


「そうかいそうかい!朝もしっかり食べて行きな!」


「はい!」




 あらら?


 食堂のおばさんは覚えているのか。


 やっぱり基準がわからないんだよなー。


 覚えられている方がビックリするもん。


 情報ソースが新聞だと、大抵尾ひれがついた内容だから功績扱いだし、逆にこうして実際に会っているだけだと覚えられてることも多いし。


 同僚の兵士たちは、俺って言う存在は覚えているのに、俺の頑張りは忘れちゃうから面倒な事になったんだよなぁ。


 俺の事も忘れてくれればいいのに。


 家族も俺の事サクッと忘れていてくれたら、また別の人生も歩めたのかな?


 ……母親辺りは、俺を産んだこと忘れてそうな気もしないでもないけど。


 父親は、苦々しい顔で俺を見ていたから、少なくとも忘れていない。




 記憶の中の家族を思い出しているうちに、食事が用意されていた。


 今日もパンに豚の腸詰とキャベツの酢漬けだ。


 夕食と一緒のメニューで怒られないんだろうか?


 俺は旨いから構わないけれど。




「昨日と一緒のメニューですまんね!何故かアンタの分の食材が用意されていなくてねぇ。でも、夕食のメニューの方が値段は高いから許しておくれ!」


「あーそういう……。全然かまいませんよ?美味しいので」


「そうかい?悪いねぇ。じゃあこれはおまけだよ!」




 そう言って、俺の前に新たな皿が置かれる。


 食材を用意する人には忘れられたのかな?




「トマト?」


「アタシが自分で作ったトマトさね!今年のトマトはなかなか上手くできたから食べておくれよ!」


「じゃあ遠慮なく……あ、すごいウマい」


「だろ?これを食べると、今日も頑張ろうって気分になれるのさ!」


「確かに」




 忘れられて得することもあるんだな!


 今日は幸先良いぞ!




 食事を終えて部屋に戻り、荷物を持ったらすぐに部屋を後にする。


 どこに行っても、荷物を部屋に置きっぱなしだと、高確率で処分されるんだよ。


 多分俺の部屋だって事が忘れられて、忘れもの扱いされてるんだろうな。


 兵士たちの嫌がらせだったのかもしれないけどさ。




 荷物と言っても、金くらいしかない。


 少しお金を稼いだから、依頼に出掛ける前に武器と服くらいは買っておきたいなと思い、そこらの店を物色する。


 貴族街に近い店だと、開店する時間はちょっと遅めなんだけれど、平民ばかりのこの辺りの店は、早い時間からやっている。


 その中から服屋と武器屋を探し、そこそこの服を着替えも含めて2着と、適当な安い剣を買った。


 服は、とりあえず衛兵に捕まらない程度であれば何でも良かったけれど、とにかく今俺が着ている奴はボロボロだったから着替えたかったんだよな。


 スラムに居そうな感じだったし。


 剣に関しては、どうせどんな高い奴だって、そこら辺で売ってる程度の物だと、俺が本気で振ったら折れてしまうので、どれを買っても大差はないから安いのにした。


 ある程度頑丈なら、鉄の棒とかでもいいくらいだ。




 ……それ言い出すと、素手でもいいだろってなるから、あまり突っ込んで考えないようにしようっと。




 冒険者ギルドに入ると、昨日と同じように受付にサリナさんが居たので、そちらへ向かう事にした。


 何かいい仕事があれば教えてもらおうと思ったわけだけれど……。




「ようこそ冒険者ギルドへ!新規の方ですか?」




 そう挨拶された。


 ハイ忘れられていますね。


 まあいいよ。


 忘れられるって事は、俺の存在自体にそこそこ好意的だったって事だろうしさ……。




「いや、昨日登録したからそれはいいんだけど、何かいい仕事を紹介してもらえないかなと思って」


「わかりました!では、冒険者カードを提出してください!」




 貰ったばかりの冒険者カードを手渡すと、訝し気な表情になるサリナさん。




「失礼ですが、昨日登録したばかりとおっしゃっていましたよね?」


「うん」


「なのに、もう銅級に……?でも、ちゃんと手続きは完了しているし……あれ!?しかもこれ登録したの私になってる!?……あ、今見繕いますね~!」




 色々葛藤があったみたいだけれど、ちゃんと仕事はしてくれるらしい。


 もう少し経験を積めば、そのコロコロ変わる表情も抑えられるんじゃないかな。


 受付があんまり感情を悟られちゃダメだぞ。


 原因は俺にあるんだろうけれど。






 そして俺は、王都の外に来た。


 目的はもちろん、依頼を達成するためだ。


 今日のお仕事は、ワイルドバイソン10頭の討伐だ。


 銀級相当の仕事らしいけれど、銅級でも受けられるには受けられるからやってきたわけだ。


 このワイルドバイソン、1体1体がそこそこ強くて、昨日倒したブラウンボアより少し強いらしい。


 問題は、こいつらがほぼ確実に群れでいる事。


 群れでいるだけで、その魔物の討伐難易度は跳ね上がる。


 ブラウンボアは、親子でもない限り群れにはならないけれど、ワイルドバイソンは、1頭のオスが複数のメスを従えて群れを作るため、あまり1頭でいるやつは見つからないらしい。


 10頭っていうのは、ワイルドバイソンの群れでもかなり少ないほうらしくて、中には100頭を超える群れもあるんだそうだ。


 オス同士での勝負に負け続けて、メスにアピールできないオスの場合でも、単体でいることは殆どなくて、他の独身オスと一緒に群れを作るんだとか。


 もっとも、成長したオスの肉はあまりおいしくないから、オスの群れの場合はあまり喜ばれないみたいだけどさ。




 そう!このワイルドバイソン、お肉が非常に人気なのだ!


 美味しい!それだけで俺のやる気は湧いてくる!


 昨日のボアも美味しかったけれど、それよりも人気の肉を手に入れたい!


 それもあって、今回の依頼を受けた訳だ。




「……多くない?」




 思わず呟く。


 王都の外、大体20kmくらいの見晴らしのいい丘に佇む俺の眼下に広がる草原。


 そこには、黒々とした体のワイルドバイソンが、大群となってひしめき合っていた。


 サリナさんの話しぶりからして、100頭でも多いって感じの話し方だった気がするけれど、これ絶対万はいってるよな?


 どうしたもんか……。


 正直、殲滅するだけなら何とかなる。


 だけど、それを全部食肉にできるかというと、絶対に無理だなぁという印象しかない。


 そうなると、大半はこの場で腐っていくだけで、それはもう大変な事になるだろう。


 疫病や悪臭、土壌汚染。


 そんな大事件の犯人にはなりたくないしなぁ……。




 一応、空間魔術で異次元に収納しておくことはできる。


 でも、これはあまり使いたくない。


 この魔術自体には、今の所特にデメリットらしいデメリットは見つかっていないけれど、使えることがバレると色んな奴らから狙われそうでさ。


 まあ、大半の人の記憶からは消えるだろうけれど、王女様辺りにバレたら、家具一式を運搬させられたうえで、外遊の度に付き合わされそうでな……。




 というわけで、今日武器のついでに買ったロープで縛ったとしても、持って帰れるのは20頭が限界だろうな。


 それ以外の奴らには、できれば散り散りに逃げて行ってもらいたい。


 その為には、こいつらがここに集まっている原因を潰さなければならない。




 俺は、注意深く群れを隅々まで見渡す。


 すると、群れの中心部分に、一際大きなバイソンが居るのが見えた。


 他の個体の数倍の体高がある。


 地面から肩までの高さだけで、5mはあるんじゃないか?


 ここからだと2kmは離れているから確実ではないけれど、それでもわかる程度に大きいんだからすごい。


 多分、アレがボスなんだろう。


 強いボスは、それだけ多くのメスを囲えるって事なんだろうけれど、にしたってさぁ……。




 あれ?ってことは、あのデカいの以外全部メスなのか?


 メスは、肉が旨いんだよな?


 流石にあそこまで大きくなったオスは、肉が臭くて硬くて食べるの難しいかもだけど、周りのメスであれば問題なく食べれる筈……。


 よし!下手に少ないオスだけの群れに出くわすよりはまだマシだったな!


 飯の種をゲットしにいこう!




「夕食はステーキだな!牛のステーキってなると、侯爵家でまだ割と小さい時に出されたの以来か?楽しみだ!」




 追放されてから、楽しい事ばかりだ!






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