4話 昨日はお楽しみでしたね

「いらっしゃいませ~」




 銀の風亭はすぐに見つかった。


 少なくとも外観は、サリナさんが言っていた通り人気が出そうな感じだった。


 大きくて清潔そうだから信頼できそう。


 実際に泊まってどうかは知らんけども……。




 なにせ、俺は宿泊初心者だ。


 外泊だと、建物の中より屋根のない場所で寝た経験の方が圧倒的に多い。


 実家にいた頃は、どこかに連れて行ってもらうって事も無かったしなぁ……。




 玄関から入ると、大き目のホールに受付カウンターがあり、若い女性が立っている。


 ってか、サリナさんじゃん?




「あれ?サリナさん何してんの?」


「サリナじゃないです!妹のセリナです!」


「……双子?」


「はい!」




 そっくりだ。


 そっくりすぎる。


 髪型くらい替えてくれんか?




「姉の名前を出したという事は、姉の紹介でしょうか?」


「あー、そうそう。紹介って事にしたら食事がサービスしてもらえるって聞いたんだけど」


「はい!しかもマージンで姉にもいくらか入るんです!酷いですよね!」


「いや俺に言われてもだな……」




 何か溜まっているものがあるらしいが、俺にはどうしようもない。




「個室で一晩頼みたいんだけど」


「かしこまりました!」




 そう言って、すぐに鍵を渡された。


 3階の奥の部屋らしい。


 話が早くて助かる。


 こちとら、1時間以内に何もかも済ませておかないと、最悪の場合何もかも忘れられてしまうんだ。


 紹介されました!って言っている以上、そこから紹介者への確認とか挟むと1時間経っていて、紹介した事わすれられていたら非常に困る。


 もっとも、料金前払いらしいから、仮に忘れられたとしても問題は起きにくいとは思うんだけど……。




「夕食はどうなさいますか?」


「すぐ食べれるならすぐがいいな。あ、そういえばボアの肉があるから、これも料理してもらえるかな?保存もできないし、残った分はそっちで使ってもらっていいから」




 仮に保存する何かを依頼しても、忘れられたらおわりだしな!




「これは……随分多いですね!?お肉は慢性的に不足しているので、是非買い取らせてください!」


「いや、残った分はあげるから……」


「いいえ!商売である以上、そう言うわけにはまいりません!銀貨5枚で如何でしょうか?」


「あー、うん、それでいいよ」


「ありがとうございます!すぐに調理を始めさせますので、部屋にお荷物を置かれたらそちらの食堂へどうぞ!」




 早い!すばらしい!1時間以内に食事を終えて部屋へ戻る所まで行けそうだ!


 これは、俺みたいな特殊な人間じゃなくても気に入りそうだ。


 流石、ギルドで紹介されるだけの事はある。


 ……身内だからって事も大いにあるだろうけれど……。




 何はともあれ、早速部屋へと向かう。


 途中の階段や通路も奇麗に掃除されていて清潔感がある。


 それじゃあ部屋の中はっと……。




「おー!兵舎の俺の部屋よりよっぽどいい部屋じゃないか!」




 ベッドに机、小さいけれどクローゼットまでついている。


 残念ながら風呂は無いけれど、一応この宿には共用の風呂とトイレがあるらしくて、庶民向けの宿としては贅沢な造りらしい。


 一応貴族出身の俺にとっては、本来であれば物置以下の部屋なのかもしれないけれど、幸いというかなんというか、俺にとっては天国だ。




 部屋の豪華さに感動するのも程々に、荷物を置いて1階へと戻る。


 カウンターの隣にドアがあり、そこに入ると食堂がある。


 今入って来たのとは別に、食堂用の玄関もあるらしくて、宿泊客じゃなくても食事ができるみたいだ。




 食堂へ入り給仕の女性に部屋の鍵を見せると、程なくして食事が運ばれてきた。


 何かのナッツが入ったパンと豚の腸詰、あとはキャベツの酢漬けかな?


 手が込んでいるというわけではないけれど、サービスで提供されると考えると素晴らしい。


 量も申し分ないし、何と素晴らしい宿なんだ!?




「どうしよう……ここでずっと暮らしたい……」


「あらぁ嬉しい事言ってくれるじゃないかい!どうだい?アタシと結婚するかい!?」


「いえ、それは遠慮しておきます」


「ははは!まあゆっくりしていきな!」




 食堂で調理をしているらしいそこそこ歳の行った女性が、豪快に笑いながら厨房へと戻っていく。


 もう少し年齢が近ければ、正直ああいう女性も嫌いではないけれど、多分あの人は俺の母親よりも年上なんじゃないかな?


 実の母親には、10年以上マトモに会ったこと無いけれど。


 最後に顔を見たのは、俺が参加した魔物討伐に侯爵家が参加した時かな?


 出発の式典に来てた気がする。


 気がするって言うのは、正直もう顔もうろ覚えだから断言できないんだ。




 大満足の食事を終えた俺は、取り急ぎ自慢の風呂に入って体を洗い、ついでにお湯を貰って、部屋に戻ってから服を洗った。


 流石に汗だくのまま着続けるわけにも行かない。


 たとえ乾くまで全裸になってしまうとしても、洗っておかねば!




 服を干して、暗くなってしまった部屋のベッドの上で物思いにふける。


 今日だけで色々あったなぁ……。


 思っていた未来像とは、大分……いや、まったく違ったけれど、それでもこれから新しい生活が始まるんだ!


 最初こそかなり不安だったけど、この程度の仕事であれだけお金がもらえるのであれば、食うには困らず居られるだろう!


 もちろん、病気やケガで動けなくなったら終わりだから、無駄遣いせずに貯蓄していかないといけないけどさ。


 金が溜まったら、お店でもやろうかな?


 どんな店が良いか……。


 できれば、店員みんなSランクのギフト持っていたらいいんだけどな。


 じゃないと、俺が店のオーナーだってこと忘れられそうだし……。




 これから始まる未来に胸を躍らせながら、俺は初めての一人暮らしの夜を過ごした。


 正直、めっちゃ楽しい!






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