3話 手力です

「サリナさん、討伐してきたんで確認してもらっていい?」


「……えーと、えー……?」




 あの営業スマイル100点満点のサリナさんの笑顔が引きつっている。


 やっぱり魔物を全部ここに持ってくるのは迷惑だっただろうか?


 でもなぁ、サリナさんと会ってから1時間が経過しちゃうと、それまでのどの部分を忘れられちゃうかわからないから急いだんだよ。


 別に忘れられても手続き上は問題ないだろうけど、覚えててくれた方が多分スムーズだし。




「あのー……全部ご自分で倒されたんですか?」


「ん?そうだけど?友だ……仲間もいないから」


「はぁ……武器も使わず……?出かけてから30分も経ってないのに……?」


「走って行けばすぐだし、いくら魔物でも、大抵は首の骨を折れば奇麗に殺せるから」


「大抵の人間は、ここから森までを30分で往復なんてできませんし、素手で魔物の首の骨は折れないんですよ……」




 そんな事を言われても困る。


 こちとら英雄なんだ。


 すぐ忘れられるから、多分ここでのやり取りも1時間したら忘れられるけど。




 先程ここでクエストを受けて、その脚で王都近郊の森へ行くと、たまたまブラウンボアの群れに遭遇した。


 だから全部狩った!


 12頭いたから、折角だし全部引っ張って来た。


 手じゃ持ちきれないから、そこらにあった植物のツタを強化してボアたちを繋ぎ、走って帰ったわけだ。


 早い所金を手に入れたかったんだよ!


 無一文で歩き回るのが怖すぎる!




「えーと……まず、クエストの達成報酬が、1回につき大銀貨1枚なので、魔物12頭だと4回分で大銀貨4枚です……ね……」


「あ、そんなに貰えるんだ?」


「はい、命がけの仕事ですし……普通は皆さん複数人で臨むので、大銀貨1枚からかかった費用を差っ引いて、そこから頭割りという方が多いのですが……」


「……大丈夫?調子悪い?」


「あ!いえ、ちょっとびっくりしただけです!普通は討伐証明部位があればいいんですけど、今ここに間違いなく12頭のボアが積まれているのを確認したので大丈夫です!ボアはどうなされますか?こちらで解体と買取をしても?」


「うーん……11頭は解体込みで買い取りで、1頭は解体してもらって肉だけは欲しいかな?食べたいから。他の素材は全部買い取りでいい」


「なるほど!かしこまりました!ではそのようにします!」




 そう言ってサリナさんがベルを鳴らすと、裏から屈強な男たちがやってきてボアを運び始めた。


 頼むぞー、できれば揉めたくないから1時間以内に1頭の解体と支払いをしてくれ!




 受付でこのまま待っているのも邪魔だろうからと、待合席に移動する。


 登録しに来た時にはゆっくり見る余裕も無かったけれど、ほぼ確実にお金が手に入る事がわかった今は、多少は落ち着いてみることもできる。


 受付付近は、完全に冒険者が仕事を受けたり報酬を受け取るだけのスペースみたいだけど、そこから離れた部分は食堂になっているらしい。


 何人かのおっさんが酒を飲んでいる。


 流石ゴロツキの巣窟……噂にたがわぬゴロツキっぷりにちょっと感動するぜ……。




 階段から上は、あまり部屋数は無いけれど宿屋らしい。


 外部から冒険者を臨時で招いたときなんかに使われることが多いらしい。


 値段が安いわけじゃなく人気がある訳でも無いけど、冒険者しか泊まれないために、他の宿屋が埋まるような繁忙期等に一定の需要があるそうだ。




 そういえば、俺も今夜の宿を探さないといけないんだった。


 どこかいい所無いかなぁ……。


 金が無いって言うのもあるけど、俺が部屋に入ったって事を忘れられて他の人とダブルブッキングなんて事がありそうだったから、宿屋って利用した事あんまりないんだよな。


 多分俺が宿泊した所で、それが功績としてカウントされるわけじゃないだろうし、大丈夫だとは思うんだけどさ。




「ジルさーん!」




 ボーっとしていたら、どうやら精算が終わったようだ。


 思ったより早いな?




「もう終わったの?」


「はい!クエスト報酬で大銀貨4枚に、ブラウンボア11頭と1頭分の肉以外、解体費用を差っ引いて大銀貨10枚と銀貨5枚、大銅貨2枚です!こちらは、先に1頭だけ解体してもらったので、その分のお肉です!」




 なんか……思ったより稼げるな?


 だって、この時点で軍にいた時の月給より上だぞ?


 えぇ……?




「サリナさん、俺、天職見つけたかも!」


「あはは……確かにジルさんはこの仕事向いてるかもしれませんね!私も、初日にこんなにボアを持ち込む方は初めてみました!」




 あ、これは確実に1時間後にはボアの事忘れられてるな。


 報酬だけ貰ってさっさと出るか。




「おっと、その前にちょっと聞きたいんだけど、どこか良い宿屋知らない?値段が手ごろで、できれば個室がいい」


「それでしたら、銀の風亭は如何でしょう?一泊銀貨1枚ですね!個室だとどうしても料金が割増しになってしまいますが、1日で銀貨10枚を稼いできたジルさんなら、恐らく大丈夫なのではないかと思うのですが!ギルドの正面玄関から外に出て右手側に進み、3軒先の建物です!大通りに面しているので、商人の方々も利用する信用できる宿屋ですよ!」


「おー、何かわからないけど、良さそうな気がする!」




 確かに、ボアを1頭倒すだけで最低一泊できるなら悪くないな……。


 だけど、サリナさんが俺に銀の風亭をお勧めする理由はほかにもあったらしい。




「冒険者ギルドのサリナの紹介って言えば、食事をサービスしてもらえますよ!」


「え?そうなの?」


「はい!私の実家なので!」


「へー」


「それに、このお肉を持ち込めば逆にお金貰えるかもしれないです!」


「いいなそれ!」




 よし!そこに泊まろう!もう決めた!後はもう変な部分を忘れられないように祈るしかないな。


 あーでも……サリナさんが俺に紹介したって事を忘れたら、紹介されたとウソをついた奴だとか思われたりしないかな……?


 予想でしかないけど、今日俺がここにきて登録したこと以外、多分忘れられちゃうだろうからなぁ。


 うーん……まあいいか!何とかなるさ!


 最悪、明日からはテントでも買って野営すりゃいい!




 お金と肉が手に入り、やっと多少の安心感を得られた俺は、銀の風亭へと向かう事にした。


 何なんだろうな銀の風って?










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る