第7話 感謝

 こうして、私は、ギルドマスターのアントーニオさん、おもに依頼の受付業務を担当するアンナさん、そして冒険者の登録や依頼の斡旋の業務を担当するルチアーノさんとともに、冒険者ギルドに出資し、そこで働くことになった。


 アントーニオさん、アンナさん、ルチアーノさんと相談し、まず私はアンナさんとともに依頼の受付業務を担当することになった。



 「エミーリエさん、自己紹介の時は、敬語でお話したのだけど、一緒の仕事仲間になったから、もう少しフランクにお話するわね。」


 アンナさんは、そう前置きをして受付の業務について教えてくれた。とはいえ、貴族の生まれの彼女の話しぶりはとても柔らかい。


 「依頼を受け付ける際は、依頼主から依頼の内容を聞いて、依頼の難易度や危険度、依頼を受けるために必要なスキルを確認するの。もし、あまりに危険な依頼であったり、対応可能な冒険者がいない場合、依頼主の予算が少なすぎる場合には、その依頼は断ることにしているわ。


 依頼の難易度や危険度を確認した後は、依頼主と、依頼の受付料・報酬額・手数料率の交渉するの。依頼の受付料とは、文字通りギルドが依頼を受け付けた際に、依頼主がギルドに支払う料金のことね。」


 「仮に依頼を受け付けた後、その依頼をどの冒険者も引き受けなかった場合も、受付料は徴収するのか?」


 「そうよ。仮に依頼を冒険者に斡旋できなくても、受付料の返金は行わないわ。」


 「報酬額というのは、依頼主が冒険者に支払う報酬の金額のことで、そのうちの一部をギルドは手数料として受け取るの。手数料率は10%から20%が相場ね。」


 「受付料、報酬、手数料率はどのように決めているのか?」


 「農作物の収穫の手伝いや、荷物の運搬など、比較的危険が少ない仕事は、依頼の受付料・報酬は安く手数料率も低く設定しているわ。


 一方で、都市間の移動の警護や人間の生活圏に出没したオークや魔物の討伐など、危険が伴う仕事や依頼を受けられる冒険者が限られている場合は、依頼の受付料・報酬、手数料率も高く設定するの。


 ほかにも依頼の緊急性や、依頼主が冒険者を指名する場合には、依頼の受付料、手数料率を高く設定しているわね。」



 受付料や報酬額、手数料率の決定はとても難しい業務だった。依頼の内容がほとんど同じなのに、報酬額や手数料率に差があると、依頼主から不満が出てしまう。また、危険度に比べて報酬を安く設定してしまうと、依頼を引き受ける冒険者パーティーがいなくなってしまう。


 依頼の受付は、アンナさんのほかに2名のギルド職員が担当していたが、経験も少ないため、受付料や報酬額、手数料率は、長年この業務を担当してきたアンナさんが最終的な決定をしていた。


 受付を行う職員は、依頼主から聞いた依頼の内容を羊皮紙に記録して、その記録をアンナさんが見て受付料や報酬額、手数料率の判断を行うのだ。


 羊皮紙は貴重なものだったが、ギルドには羊皮紙が豊富にあった。ギルドが使用している建物は、帝国時代にはとある商会の支店として使用されていたそうだが、地下室には大量の羊皮紙に書かれた帳簿や書物が保管されていたからだ。ギルドがこの建物を使用し始めたときは、地下室への通路は石で埋められていたため、だれにも荒らされていなかったのだろう。


 ギルドでは、古い羊皮紙に書かれた文字を消し、その上に依頼の内容を記録していた。つまり羊皮紙の再利用だ。


 アンナさんは、仕事内容の説明をした後、私に相談を持ち掛けてきた。


 「エミーリエさん、あなたは自己紹介の時に筆記魔法が使えるといったわよね。文字だけでなく、図形も書くことはできるの?もしできるのであれば、依頼を受け付ける際に、確認する必要がある項目を記入するための表を作成してほしいの。」


 「私の魔法では文字以外にも図も書くことができる。参考までに、どうしてそのようなものが欲しいのか教えてほしい。」


 「実は最近、ギルドの職員が、依頼主に依頼の内容についての重要な事項を聞き漏らしたり、羊皮紙に書き取っていなかったというミスが多く発生しているの。聞き漏れがあると、報酬額などの判断もできなくなってしまうでしょ。


 だから、依頼を受け付ける際に聞く必要がある項目を一覧化して、書き留める表があれば便利だなと思っていたのよ。」


 「それなら難しくない。どんな項目が必要なのか教えてほしい。」


 こうして、私は筆記魔法を使って、冒険者ギルドが依頼を受け付ける際の用紙を作成することになった。


 私が作った用紙を業務で使用し始めてから、受付業務を担当している職員に、この用紙のおかげで必要事項の確認漏れがなくなり、受付がスムーズになったと感謝された。


 アンナさんからは、今までは職員ごとにばらばらの形式で依頼の内容を記録していたが、私の作成した用紙のおかげで、どこに何が書いてあるのか一目瞭然で、受付料や報酬額、手数料率の判断もしやすくなったを言われた。


 私の人生で初めて、私の魔法が誰かの役に立つという経験をした。まして誰かに感謝されることなど、エルフの国にいたときにはほとんどなかった。


 冒険者ギルドで新しい生活を始めよう、私はこう決意したのであった。

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