第4話 人間の住む世界へ

 エルフが住む森は、動物やエルフには害をなさないが、オークや魔物が入り込むと牙をむく。エルフは他種族と積極的には関わらず、森の奥深くに住まうが、かつて森には人間との交易をおこなうための道があった。人間の帝国の崩壊とともにその道はほとんど使われなくなり、多くの人間の商人が行き来した石畳の道は、いまや草木に覆われている。


 私は打ち捨てられたかつての交易路をたどって森を抜け、50人ほどの人間が住む村にたどり着いた。ちょうど村には、生活必需品を売り歩く行商が来ていたので、私は金を払って馬車に乗せてもらい、人間の都市ピラソンへと向かった。人間の言葉は屋敷の書庫で読んだ本で学んでおり、必要はコミュニケーションはとることができた。



 ピラソンは、製塩業が主要産業と本で読んだことがあった。海岸沿いの塩田が見えてくると、もうじきに都市に到着することがわかった。海を見たことがなかった私は心が踊るようだった。


 都市を守る市壁をぬけて都市の内部に入ると、広場には多くの出店が立ち並び活気がある様子だった。


 ピラソンは、海に尽きて出る小さな半島に作られた都市で、帝国の最盛期には、エルフとの交易やほかの人間の都市との交易、造船業などで栄えていた。


 当時は、港と造船所、倉庫が立ち並んでいた港湾地区、半島の先端にある小高い高台の地区、そして商人たちが住んでいた地区に分かれていたが、現在は商人の居住地区を除いて、だれも住んでいない。


 帝国末期、オークや魔物の侵入により商業が衰退し、港湾地区が放棄された。軍事費の増大に反発した都市住民が城主や貴族と対立し、ついには住民が貴族たちが住む高台の地区を焼き討ちしたことで、かつて貴族の館が立ち並んでいた地区は廃墟化したのである。




 もちろん、かろうじて都市機能を維持している商人の地区も最盛期の都市の状態とは程遠い。かつては、交易や造船業で財を成した商人の邸宅や商館、店が立ち並び、強固な城壁や城門、城壁沿いに作られた砦は、精強な兵士が管理していた。


 しかし現在は、商館や店の多くは閉じられ、放棄された邸宅は多くの人が住みつき集合住宅のようになっているか、宿屋に改修されてしまっている。城壁や砦を管理する兵士はおらず、城壁に寄生するように小さな家が建てられ、砦にも人が住み着いているようなありさまだ。




 私が訪れた日は、年に一度の定期市が開かれており、本で読んだ帝国時代の賑わいを思い起こさせる。定期市には、たくさんの商人が集まり、都市の住民から都市周辺の農村部から多くの人々が集まるのだ。






 当座の資金を得るために、魔法書や魔法道具を扱う露天が集まる場所に向かった。魔法の杖を売ることにためらいがないわけではないが、エルフの国に戻る予定はなく、人間の世界で生きていくためには、まとまった資金を得ることが私にとって重要だったのだ。




 いくらで売れそうか聞こうと魔法道具店に向かった。


 「この杖を売りたいのだが、いくらくらいで売れそうか見てくれないか?」


 「あんた、エルフだろう?エルフが作った杖なんてものは、貴重すぎていくら出せば買えるのか見当もつかない。俺のような弱小商人では、対価を支払う金がない。いい商人を何人か紹介してやるからついてきな。」


 そう言って、彼は私を連れて一際大きな露天を出している商人の元へと向かった。




 2人は少し話し込んだ後、露店の店主が私に話しかけてきた。


 「話は聞いたよ。わしの名前は、ルイージ・ペランツォーニ。少し杖を見せてくれんか。」


 「私は、エルフのエミーリエ・レヴァンドフスカ。」


 私は杖を店主に手渡すと、彼は杖を調べ始めた。


 「わしは人生の大半を魔法道具を扱う商人として過ごしてきたが、これだけの杖は、今まで生きて生きて数度しか見たことがない。値段をつけるなら、帝国金貨750枚くらいだろう。他の店でも聞いてもらってもいいが、わし以上に金を出せる商人はおらんじゃろ。」




 店の大きさから判断するに、この定期市ではおそらく彼が最も有力な商人だろう。複数の商人と交渉をするのも面倒だし、これだけの大金が手に入るなら私も満足だ。当分働かずに生きていけるだろう。私は、彼に杖を売ることにした。


 「よし、契約成立だ。だが、少し金貨を集めるから店の中で少し待ってくれないか?」




 少し金貨を集めるとはどういうことだろうかと思ったが、すぐに彼がどう集めるのか理解した。なんと、彼はありとあらゆる店の商品を大幅に値引きして売り始めたのである。足りない金貨を商品を売ってかき集めるつもりだろう。




 魔法道具の価値は、同業者がよく知っている。彼の露店には、一般の客だけでなく、多くの同業者も集まり、飛ぶように商品が売れていった。数時間するとアッというまに店に並んでいた魔法道具や魔法書はほとんど売り切れてしまった。




 「あんたのおかげで、わざわざこの定期市まで来た甲斐があったよ。」


 店主は満足そうな笑みを浮かべて、私に金貨750枚を手渡した。こうして、私は当面の資金、彼は人間の世界では貴重な杖を手に入れたのであった。

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