第3話 追放
私が住む屋敷は、防犯のため全ての扉はドアノブに微弱な魔力を流し込まないと開かない仕組みになっている。魔力は指紋のように誰一人として同じ性質の魔力を持つものはいない。屋敷の扉は登録された者だけが扉を開閉することができる。私は魔法がほとんど使えないとはいえ、扉の開け閉めに必要な魔力は持っているはずだった。
ある時、私の家族はエルフの優れた魔法使いが集まる会議に参加するために、3週間ほど家を空けることになった。もちろん魔法の使えない私はそのような会議に参加することはない。私は一日中、屋敷の書庫に籠って好きなだけ本を読むことができると思い、心躍るような気持だった。
家族が屋敷を離れ1週間ほど経ったある日、私はある人間の行商人が書いた本に夢中になっていた。各地域の特産品や安全な交易路、各都市で開かれる定期市の情報、日々の売買の記録方法、利益の予測方法などが書かれており、この本を書いた商人の冒険心、人間の国の商売の活発さが伝わってきた。エルフの国では見たことも聞いたこともない商品や遠方の都市の様子について、詳しく書かれて、この本を読んでいるだけでも、世界を自由に飛び回っているような気分になった。
私が商人だったら、どの地域でどのような商品を仕入れて、どこで販売して、どれくらいの利益が出るのだろうかと想像してたら止められなくなってしまった。ついには筆記魔法も使ってメモを取りながら、どのような取引が最も利益が得られそうか比較を行い、人間の商人になったような気分に浸っていた。
ふと窓の外を見ると日も沈んでいて、疲れも感じたので、自室に戻ろうと出口の扉のドアノブに手をかけた。私は、ドアノブに魔力を流し込んだが扉が開かない。
最初は、扉にかけられている魔法に問題があるのだろうかと思ったが、すぐに私の魔力が尽きていることが原因であることに気づいた。何時間も筆記魔法を連続で使っていた上に、最近は生活が乱れていて食事もろくにとっていなかったので、魔力が切れたのであろう。私は焦って扉に魔力を流し込もうとすればするほど、体から魔力が減っていき、いつのまにか気を失っていた。
どれくらい時間が経ったのか分からないが、目を開けると強烈な頭痛が襲ってきて、立ち上がることができなかった。魔法で多くのことができるエルフは屋敷に使用人はいない。家族が屋敷に戻るのは、あと2週間ほど先だろう。私は書庫に閉じ込められた。
私はまだ死にたくない。16歳で書庫に閉じ込められて死ぬエルフなど聞いたことがない。私は出るための方法を探そうと、ふらふらと書庫のなかを彷徨っていると、私はふと燭台の明かりが目に入った。この燭台は夜になると自動的に火がともる魔法がかけられている。
書庫は日光で書物が痛まないように窓は少ないが、大きな炎が見えれば誰かは気付くだろう。私はテーブルにかけてあったクロスを燭台の明かりにかざして火をつけると窓際に放り投げた。私は消えゆく意識の中でカーテンに火が広がっていくのを見た。
そのあと起こったことは、あまり覚えていない。炎が上がっていることを気づいたエルフが、書庫の窓を破壊して侵入して火を消してくれたことをかろうじて覚えている。床に倒れていた私を誰かが自室のベッドまで運んでくれたようで、気づくと朝になっていた。何日くらい眠ったのだろうかと思った。ふとベッドサイドのテーブルをみると、手紙が置かれていた。手紙には私の家系の紋章が描かれていた。
私は、読まなくても内容が分かるような気がした。エルフは魔法を使って長距離でも会話が可能だ。おそらく私が魔力切れを起こして、書庫に閉じ込められたこと、火を放ったことなどすべて家族に伝わっている。手紙には次のようなことが書かれていた。
エミーリエ
私たちが家に戻る前に、家を出なさい。
以上
弁明の余地はないだろう。私もエルフの国にもこの屋敷にも居場所がないことはわかっていた。もう思い残すことはない。早速支度をしてエルフの国がある大森林を離れようと決意した。
持ち出したものは、わずかなエルフの貨幣と4歳の頃に両親がプレゼントしてくれた魔法の杖、数日分の食料だけだった。魔法がほとんど使えない私にとっては杖は役には立たない。しかし、杖を持ち出したことが、今後の私の人生を大きく変えることになったのであった。
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