第2話 引きこもり生活
貴族の家系でも士官したり、政府の要職に就いたりして、仕事を得ることは当たり前のこととされているが、私は学校を卒業した後、仕事を得ることはできなかった。エルフの国に、魔法を必要としない仕事は事実上存在せず、私ができる仕事などなかったのである。
この国に、それどころか家にすら私の居場所がないことは、物心ついた頃から知っていたつもりだった。しかし改めて職を得ることができないという事実を突きつけられたことで、私は誰からも必要とされていないことを理解したのである。
経済的には困らない裕福な家に生まれたこともあり、私はひたすら屋敷の書庫にこもって本を読む生活を続けた。私の心を躍らせたのはこの世界の歴史や商人・冒険者が書き残した旅行記であった。私が特に興味を持ったのは、人間の住む領域の歴史についてであり、書物によって若干の差異はあるものの大まかな歴史は以下のようなものだ。
はるか昔、人間は多くの国に分かれて争いを繰り返していたが、ある小国の王が人間の国々を統一し、大帝国を作り上げた。人間諸国の統一を記念して、その年は帝暦1年となった。帝国は、賢明な皇帝と元老院による安定した統治が行われ、農業、工業、商業が大いに栄えた。土木、治水技術に力を入れた帝国は各地に強固な城塞や都市、そしてそれらをむすぶ道路や橋を建築した。
歴代の皇帝は、エルフやドワーフとの交流・交易を重視し、エルフからは魔法、数学、天文学、哲学、そしてドワーフからは土木・治水技術、金属の加工技術などを手に入れ、各地に設立された政府の教育機関ではエルフやドワーフのお雇い学者が教鞭をとっていた。
しかし、気候の寒冷化による農業生産量の低下、貧富の格差の拡大による治安の悪化や、北方からのオーク・ゴブリン、魔物の侵入の恒常化により、次第に帝国は疲弊していった。軍事費の増大による増税に反発した一部の州と都市が独立を宣言すると、帝国は内戦に突入した。オークや魔物が侵入もあいまって、人間の住む領域は、政治的・社会的な混乱期に突入する。交易路の安全が確保できなくなったことで商人や手工業に従事していた人々が大打撃を受け、栄華を誇った帝国の大都市は都市機能を維持できなくなり荒廃していった。
人間同士、オーク・ゴブリン、魔物の争いにより、もはや帝国は小さな領域しかもたない1国家になってしまった。都市機能が維持できなくなった都市は放棄されオークや魔物の巣窟になることもあった。かろうじて人間が住んでいる都市でも、都市の大部分の地区は放棄され、強固な城壁や塔がある一部の地区に、過去の遺物にしがみつくように人々が住んでいるようなありさまだった。
そんな中、オークとゴブリンの諸部族を統一したオークの大王グリュンブルクが大軍勢を率いて帝都への進軍を開始すると人間の世界は終わりを迎えたかと思われた。帝都までの道にあった都市や村、農地はすべて灰と化し、帝都も陥落するかと思われたその時、帝国に反旗を翻していた州や都市が遠方からも援軍を送り、何とかオーク・ゴブリンの連合軍を撃破したのであった。大王グリュンブルクは混戦の中、戦死したとも落ち延びたともいわれている。
オーク・ゴブリンの大侵攻が失敗したことをきっかけに、治安が以前より改善したこと、そして寒冷期が終わり、温暖な気候が戻ってきたことで以前より大幅に食糧生産量が増加した。人口増加によって農家や地方領主の3男、4男が手狭になった土地を去り、活躍の機会を求めて都市に集まり都市の復興、農地の開拓、オークや魔物の討伐に従事するようになった。
また、帝国は平和令を発令し、独立を宣言した州と都市の自治を認め、同時に人間同士の軍事的手段による紛争解決の禁止を命じた。この平和令は、拘束力は持たないものの、これにより人間同士の紛争は激減したのである。
放棄されオークやゴブリンの巣窟となっていた都市や砦は徐々に奪還されつつあり、また都市には商人や手工業に従事する者、オークや魔物の討伐・商人の警護を行う冒険者があつまり、以前の活気を取り戻しつつある。現在、人間の国々は少しずつ復興を進めている。これが大まかな人間の歴史である。
人間が書いた歴史書を読んでいると、私は人間が書物を書き記すという行為をとても好むのだなと感心する。エルフやドワーフは自らの知識を書物に書き記すことは少なく、多くの知識は口伝により伝えられる。おそらく、私たちは寿命が長く記憶力にも優れているため、書き記すという行為の必要性が、寿命の短い人間よりも低いのかもしれない。
私は誰からも必要とされていなくても、書物をひたすらに渉猟する生活が気に入っていて、いつまでも続いてほしいとさえ思っていた。しかし、いつものように書物を読み漁っていたある日、私がエルフの国を追われるきっかけになる出来事が起きた。
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