七 異世界といえば
「転生者どもめ……八つ裂きにしてやる」
「気をつけろ。片方は再生だが、もう片方の能力はわからん」
あっという間に囲まれてしまった俺たち二人は、じりじりと距離をつめる鎧の騎士たちを相手に、背中合わせの体勢をとる。
パッと見だと、彼らは普通の人間だ。ローラーやクロタコ、キエリのような、人外レベルの力を持った連中には見えない。
とはいえ、戦闘に長けた兵士が、五人もいるのだ。シンプルに手強い相手なのは間違いない。
「やれるか、キエリ……キエリ?」
正直言って彼女の力頼りだった俺は、背後のキエリに声をかける。しかし、特に反応はない。
「て、転生者……ども?」
どうやら、自分も転生者として数に含まれていたのが、かなり心外だったらしい。
「この、誇り高い紅龍の私を……転生者などと……!」
「おい。さっきの協力関係は何処に行った」
「わかってますよ! くそぅ……それが無かったら、あなたを聖教会に売り渡して、街道まで案内してもらえたのに……」
「お前な」
「報奨金ももらえたのに……」
キエリはいかにも「しょんぼり」といった様子で肩を落とす。
もういい。こいつはダメだ。聞き捨てならないセリフも聞こえたが、とりあえず無視して集中しよう。
「……」
「……」
無言の睨み合いが、続く。
「……?」
おかしい。
十秒ほどが経過しても、彼らに動きはない。相変わらず俺たちの周囲をじりじり移動するだけ。
「……どうして、攻めてこない?」
相手は五人。それも、転生者と戦う組織の人間なはず。
いくら転生者が異常な力を持っているにしても、ここまで動きがないのは、いささか不自然だ。警戒を通り越して、もはや及び腰にすら見える。
「ふっ……所詮は聖教会。「崇伐」などという大義名分を高らかに掲げて、挙句できることは弱い者いじめですか」
「それ、もっとでかい声で言えよ」
「こんな三下相手に、力を浪費するのはもったいないですからね」
「……あっそ」
「……」
やはり、動きはない。
もう一分は経過した。さすがに不自然過ぎる。
「どうした。ビビってんのか?」
「……」
「無視かよ。やる気ないなら帰ってほしいんだけど」
「ふん、戯言を」
「お前ら、ローラーとかいうイカれ野郎の仲間か?」
「……」
一瞬、微かに舌打ちが聞こえた。そこを責めどころと判断し、語気を強める。
「やっぱそうか。だと思ったぜ」
「やりたくない」は、つまり「それをやると困ったことになる」ということだ。交渉の余地がないのは分かりきっているし、この際とことん嫌がらせしてやろう。
「縛った相手を痛めつけることしかできないローラー。転生者
「なんだと……!」
「こいつ、団長を!」
「おのれ、ナカムラっ……!」
前方と背中から、恨めしげな声が同時に響く。
兵士たちは怒髪天をついたように殺気立ち、サラッと巻き込まれたキエリは俺の膝裏をかかとで蹴った。
「ここまで言われて唸るだけなんて、大した忠誠心だ。聖教会も存外、大したことね――」
そのセリフを遮る形で、ザッと音がする。
一人の騎士が、糸が切れたかのように足を踏みだし、他の四人もそれに続いた。
ようやくか。うまくいって何よりだ。
しかし問題は、そこからどうするか何も考えていなかったことだが。
俺はとりあえず体を捻り、片手の石を適当な一人に投げつける。
――カァン!
頭部に直撃。なんか、今日はやたらコントロールがいいな。
そんな会心の当たり方はしたものの、その効果は極めて微小だった。せいぜい姿勢を崩した程度。なんせ、相手が着ているのは鋼鉄の鎧だ。
それがしかも、あと四人いる。
こちらの前方には、石をぶつけた一人と、もう一人……ちょうど直線上に並んでいた。
「おい」
「え?」
何か投げるものはないかと目を泳がせて、ちょうど近くにあったそれを掴む。
不意を打たれたキエリは、こちらがグッと下に力を込めただけで姿勢を崩した。そのまま腕を横に引いて一周し、回転の勢いに乗せ、前方の騎士めがけて手を放す。
「へぶっ!」
「うっ!」
「ぐあっ!」
悲鳴とともに激突。三人が将棋倒しになる。
頭の中で、「パカァン!」とボウリングの音が鳴った。
続け様に体勢を低くすると、頭上で風切り音がなる。そろそろ来る頃だと思っていた。
後ろを確認している暇はなかったので、しゃがみの姿勢から跳ぶようにして立ち上がる。
――ドッ!
読みが当たったようで、背中に硬い感触がした。今日の俺は調子がいい。まあ、立ち上がりは最悪だったが。
「ぐっ……!」
見よう見まねの
「ウガァァーーッ!」
直後、獣のような叫び声がして、俺の脳天スレスレのところを炎が通過した。
「…………」
「なかなかの大立ち回りでしたね」
ズザーっと地面を滑る俺を待っていたのは、鶏肉みたいな太ももと、髪の毛が燃え上がりそうなくらいの熱気。
ゆっくりと、顔を上げる。
頬にすり傷を作ったキエリが、口から煙を吐きながら見下ろしていた。
「それで……ケホッ。何か申し開くことは?」
「いや、キエリ……」
「言い残すこと、とでもいいましょうか」
「ちょ、ちょっと待て」
「問答無用!」
「違うってキエリ! 前見ろ、前!」
彼女の角から
彼女は一旦俺を見下ろし、次に奥で転げ回っている騎士に目をやり、最後にその奥を見て唖然とする。
パチッ、パチッ……
心安らぐ、焚き火の音。
「森、燃えてるんだけど……」
「…………」
キエリに反応はない。
口をあんぐり開けて、小刻みに震えていた。
「俺のいた世界では、森への放火は死刑になることもある」
「あわ、あわわ……」
「消した方が、いいよな?」
一応そう聞いてみたが、火の手は小藪から木へ、木から森へと広がっており、どう見ても手の施しようがなさそうだった。
「わ、私……知りません」
「無理あるだろ。確実にお前の火だし」
「なんで決めつけるんですか……! ナカムラだって火をつける道具を持ってます!」
「いやいや、無理だって」
「残虐な転生者め! あな恐ろしい!」
「おとなしく自首しろ、キエリ」
「助けてやったのにその口ぶりは何ですか!」
もう何度と繰り返したやりとりを片手間に、俺の頭の中は「あーどうしよう」という思いで一杯だった。落ち着いているように見えるかもしれないが、実はめちゃくちゃ焦ってる。
牢屋の時みたく、混乱が一周まわって冷静に変わっただけだ。
そんな不思議な感情を抱えたまま、ぼーっと火を眺めていると
「……?」
心臓を突かれたような感覚がした。
思わずその方向を見る。
人影。
キラリと光る、何か。
「キエリっ!」
咄嗟に左手を伸ばした。
――ドシュッ!
「な、な……」
「クソっ、また左手が……!」
俺の左半身は呪われているのだろうか。
木陰から飛んできた矢は深々と手の甲に突き刺さり、驚きで目を見開いていたキエリの、まさしくその瞳の直前で止まっていた。
「無事か⁉︎ 怪我は……」
「だ、大丈夫で……す?」
「キエリ⁉︎」
「龍の、力が……」
突然、ふっとキエリが崩れ落ち、慌てて肩を支える。いつの間にか熱気は消えていて、彼女の体は驚くほど冷たくなっていた。
怒涛の事態は止まらない。続け様に弓と矢を携えた少年が、木陰の隙間から姿を現した。
「動くな」
輝く銀色の前髪の向こうから、大きな藍色の瞳が硬い視線を送っていた。その耳は先が尖っていて、肌は浅黒い。これは、いわゆる……
「ダーク、エルフ……?」
聖教会の連中が攻撃を避けたがっていたのは、これが原因か。
彼の背後には、同じように矢を引き絞ったダークエルフたちが、ぞろりとこちらを睨んでいた。
その数、四、五人どころではない。ゆうに数十人は超えていた。こんな大量の人間が近くにいて、どうして俺は気づかなかったのだろうか。
「よくやった、リーフェン」
「……っ!」
背後から女性の声がして、思わず振り返ろうとした。が、途中で頬に硬いものが激突し、逆方向に首をねじ曲げ倒れこむ。
「妙な
ダークエルフの女性が、こちらを見下ろしていた。
こちらのエルフに対するイメージ通り、美しく整った顔立ち。しかしその目は冷ややかで、明らかな軽蔑と、拒絶の意思が見てとれた。
「……いちおう言っとくけど」
「燃やしたことは別にいい。龍は自然の生き物で、従ってこの火事も自然現象だ。
私が言っているのは、貴様」
こちらの肩を踏みつける足に、ぐっと力がこもる。
「なぜ、我らの森で、のうのうと息をしている。転生者」
その答えを待たず、彼女は持っていた大杖を振り上げた。
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