2話


 我が国、シュワーツドラッハ帝国には4人の将軍がいる。いわば四天王みたいなやつだ。

 蒼翼将軍ヴァルムントは、皇帝ではなく皇子に忠誠を誓っている人物で、ラスボス手前の敵であり主人公のヘルトくんと対比になっているライバル枠。


 ヘルトくんの父は紅翼将軍であり、蒼翼将軍であったヴァルムントの父と同期だった。

 しかしどっちの父親も皇帝の機嫌を損ねて処刑されてしまう。

 とにかく誰であろうと構わず女に手を出すのをやめろとか、軽率に戦争を仕掛けるなだとか、金の使いすぎに忠言したりだとか、そういうことを言う真っ当な人達だった。

 それが嫌すぎてプッツンした皇帝は、もういいやと気軽に殺してしまったのだ。


 ヘルトくんの祖父であり、かつての紅翼将軍であった本名ライモンドなラドじいさんは、それに失望し孫を連れてオプファン村に逃げた。


 ヴァルムントは父以外のまともな親類が生きていなくて逃げることも叶わず、家臣の力を借りながらどうにか家を切り盛りしつつ、誹謗中傷を受けながら若い身で父親の跡を継ぐに至る。

 そもそもヴァルムント本人は逃げる気なかっただろうけど、実質独りで矢面に立ってたようなモンだぜアレ。

 普通のことを言っていたはずの父親が皇帝に処刑されたが、元から友達だったこともあって金髪赤目の皇子ディートリッヒのことは信頼しており、忠誠は皇帝ではなく皇子に捧げていた……というキャラだ。

 あ、建前ではちゃんと皇帝に忠誠誓ってる。そうでないとまた処刑されるからねえ。

 皇帝は色々ひどいキャラだけど、皇子はまともなんだよな。そのせいで貧乏くじ引いて死んじゃう、立派だけど可哀想なラスボスな訳だが。


 こうして主人公ヘルトくんが村にやってくる時、ヴァルムントは皇子ディートリッヒと共に、皇帝の命令で隣国との戦いを繰り広げているはずなんだけどなぁ!?

 なんでお前ここにいるんだよ畜生め!


 ……と、思ってはいても顔には出さない。わたくしはお清楚巫女。お清楚巫女でしてよ!!


 手のひらをヴァルムントに向けて軽く魔力を放つ。すると鎧に刻まれている翼の刻印が蒼く光った。これが確認方法だ。


「確かに、蒼翼の証。ヴァルムント様、婆様のところへお連れいたします」


 それぞれの地域の代表者には将軍の証がどんなものか? という銅板が配られており、それを鎧に刻んだものが現れた時は、魔力を放って色が光ったのを確認してから従いましょうね〜というヤツだ。


 そんなことしたら偽物が湧き出てくるのでは? と普通は思うし、俺も思った。

 実は鎧に刻まれている証はそんじょそこいらの者が簡単に刻めるものではない。魔法によって刻印されているのだ。

 そもそも魔法で刻印をする行為は綿密な作業すぎて簡単にはできないけれど、鎧への刻印を許可なくやっただけで死刑になる。

 勝手に将軍名乗られて好き勝手されちゃアレだし、まぁ。

 その将軍がアレだったらどうするんだって? 大丈夫、大丈夫。

 従来の政治が機能してればちゃんと皇帝に処罰されてたし、腐敗してる今回はヘルトくん御一行に成敗されるし、されてるから。


 そそくさと婆様のところへ連れて行こうとしたけど、ヘルトくん達が着いてこなくて足を止める。

 俺はヴァルムントとヘルトくんが敵対関係にあるの知ってるけど、パッと見は一緒に来たようにしか思えないんだから聞くしかない。


「……お連れ様はよろしいのですか?」

「連れではない」


 でしょうね。一応ラドじいさんに目を向けると、少し悲しげな表情で首を横に振った。

 ラドじいさんをヴァルムント戦に入れると、昔の知り合いだったよ〜っていう特殊会話入るから、そういう反応をするのも不思議ではない。

 ちらっと見た心配顔のヘルトくんは、ちょっぴり大人っぽくなってて凄くいい。少年の成長って感じでグッとくるぜ。


 カテリーネとしては、どういう意味だろうと言わんばかりの困った顔をしてから、ヴァルムントを「ではこちらへ」と婆様のところへと案内する。


 残された村の人達は、久しぶりに戻ったヘルトくんとラドじいさんから話を聞こうと囲みにかかっていた。

 外ではドンパチやってるみたいだけど、村じゃなーんも起こってないから話題が欲しいんだよな。分かる分かる。

 俺もそっちに混ざりたかったなぁ!? 本来ならそっちにいたはずなのになぁ!?


 くっそーと思いながら、外面はしずしずとしたものでヴァルムントと歩いていく。


「あの、よろしければわたくしの質問にお答えいただきたいのですが……」

「構いません」

「ヴァルムント様は、何故お一人でこちらに?」


 この人、単独行動していいようなご身分じゃなかったと思うんですけど? なんでここに来てるんだよ、おい。


「……友との約束を果たしに」


 なんじゃそれ。ヴァルムントの友と言ったら皇子のディートリッヒくらいしかいないはずだ。

 あくまでゲーム内での話だから、現実はもっといるかもしれねーけど。


「大切なお方との約束なのですね」

「ああ。……必ず、守らなければいけない」


 グッと拳を握って決意を新たに……。みたいな面持ちのヴァルムント。

 マジなんなんこいつ、なにする気なの。ディートリッヒのところにさっさと帰れ〜。

 こえーと思いながら、家の扉を開いて婆様に声をかける。


「婆様! 蒼翼将軍のヴァルムント様がいらっしゃいました」

「……なんじゃと!?」


 おおう。久々に婆様のでけー声聞いたわ、本気で驚いてる。まーそりゃ驚くよな……。こんな辺鄙なところに将軍くるのあり得ないって。

 婆様はただでさえ皺だらけの顔にもっと皺を増やして俺たちの前に出てきた。


「久しいな、カミッラ」

「何故今このような場所へ……。世が荒れている以上、貴方は皇帝陛下を御守りせねばいけないというのに」


 えっ、知り合いだったん? 嘘ぉいつ? 村を出たことのない婆様と会う機会なんてなかったはずなんだけど?


「お知り合いだったのですか?」

「カテリーネ、お主が修練しておる頃に訪ねてきたことがあるのじゃ。ヴァルムント殿の親に、建国の歴史として知っておくようにとな」


 村外れの小屋に引きこもって一週間瞑想もどきしてた、あのくっそ意味ない修練の時に!?

 婆様がしばらく戻ってこないのをいいことに川で魚獲れねえかなって、外出て色々してたんだけど、村の方に戻ってたら小さいヴァルムントを見れてたかもしれないのかー!

 あの頃マジで娯楽に飢えてたから、見たかったわ……。


「そうでしたか。ヴァルムント様にお会いしてみたかったです」

「……ああ」


 お清楚巫女がニコって微笑んでるんだから視線を斜めに飛ばすな! てめー照れてんのか、あぁん!? 無表情だからそれはないだろうけど。


「おほん。それで、何用ですじゃ」

「儀式は、もう間もなく行うのだろう」

「……何故それを貴方が知っておる!?」


 建国時に初代皇帝が倒したとされている黒龍。

 実際には討伐できてなくて、初代皇帝の姉が禁忌の呪文を使って自分の命と引き換えに黒龍の力を削ぎ、皇帝が封印をした。

 封印しただけとはいえ、当時暴れ回っていたらしい黒龍を押し留めることができたのは大成果だ。

 その流れで封印をした初代は皇帝となり、シュワーツドラッハ帝国ができた。

 んで、将軍は当時協力していた家の人達。今もちゃんと血が繋がってるのは主人公のところとヴァルムントのトコだけなんだが。


 ただまあ、皇帝の途中の代が見栄張り始めて倒したことにし始めたんだよな。

 本当は倒していない真実を隠す為、この村は聖地になりそうなのにド田舎のまんまだ。見栄で何してんだか。


 そして、いつか目覚めるかもしれない黒龍を押し留める為の生贄として、俺ことカテリーネがいる。

 皇族はこーっそり裏で黒龍を押し留める為に、禁忌の呪文を使う資格のある乙女を一定周期で生贄に捧げてたっていう。儀式ってのがこれ。

 だけど皇子は知らないまま死んだし、ヴァルムントだって知らなかったはず。

 なんで知ってんの。本当にお前がいるとまずいんだって〜!! かっえーれ、かっえーれ! さっさとかっえーれ!


「どこで知ったか、などどうでもよいだろう。私を同席させて欲しい」

「いけませぬ! 皇帝陛下を守る為にある貴方が、関係のない危険に首を突っ込むなど!」


 いいぞいいぞ婆様、そのまま頑張れ! ヴァルムントはさっさと皇子守る為に帰れ!

 しかしヴァルムントは婆様の言葉を無視して、俺に声をかけてくる。


「カテリーネ様、貴方は儀式で生贄になる。本当に、それでよろしいのですか」

「……わたくしはこの役目の為に生きてまいりました。ここまでその為に生きてこれたことを、誇りに思っております。わたくし以外に、国の平和を守れる者はいないのですから」


 嘘でーす。別に俺が犠牲にならなくても平和になれまーす。

 黒龍が力を回復しきる前に早め早めで力を弱めているだけなのと、ゲーム続編である2になったら黒龍は討伐されるし……。


「いいえ。国の平和を守るのは私の仕事です。だからこそ同行をさせていただきたい」

「なりませぬ! 平和を守るのであれば、先に迫っておる危機に対処するのがお役目というもの! こちらは儀式がつつがなく終われば、済む話ですじゃ!」


 犠牲が1人で済む危機より、大勢の危機の方に対応せいってことだ。

 実際上に立つ者としては正しい選択肢だと思うし、今回は俺の希望でもある!


「今現在、無辜の民が戦争で犠牲になっていると伺っております。わたくしは覚悟をしておりますが、平和に暮らしていたはずの民がそのような不幸に見舞われるのは耐えられません。どうかヴァルムント様、わたくしよりも多くの民をお救い下さい」


 だから早よ帰れ。胸元に両手を置いて祈るような姿勢をとって、儚げ美少女を演じる。

 こうまでしているのにヴァルムントは目を細めただけで、無情の一言を放った。


「皇帝陛下からは内密に……、と言われていましたが致し方ない。これは皇帝陛下からの命令です。同行させていただきます」


 ……は!? はぁ!? おめー絶対もらってないだろそんな命令!! 俺知ってんだからな、知ってんだからな!?



 けど反論できねーー! そんなことカテリーネは知らないし、将軍相手に嘘であると指摘もしにくい。

 そんでもって、皇帝はそんなこと言わない!  皇帝は傍若無人、自分が良ければそれで良しな人間だからあり得ないんだって!

 ……けど、会ったこともない人の性格を知っているわけもなく。

 婆様も皇帝陛下の御命令なら、って引き下がってしまった。おいおいおい。


 ついてくるってなると黒龍戦にヴァルムントが参戦してしまうかもしれない。それは困る、非常に困る!!


 なんでって、ヴァルムントは実質黒龍特効キャラみたいなもんだからだ!!


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