TS生贄娘は役割を遂行したい!
雲間
1話
責任を、とってもらわないと。
◇
ゲームで生贄となって死ぬ巫女さんは好きですか? 俺は大好きだ。
決して病弱ではない、あの儚さがたまらねえって俺は思う。使命の為に信念を貫き通して死ぬ姿が美しく、そして切ない。それでいて主人公や周りが曇るのがたまらねーんだな、これが。
「カテリーネ」
生贄として死にたくない! ってなってる巫女さんもいいし、それで助けられて精一杯生きていくのも悪くない。でもやっぱり命を賭す姿がかっこいいと思うんだよな。実は生贄になる必要がなかった……とかだと尚よし!
もし何かが違っていたら、この環境下だったら、あの時こうしていれば、とか想像が膨らむのもいい。
「カテリーネ!」
「……申し訳ございません、婆様。近頃世が騒がしい故に此に平和を、と願っておりました」
「よい、お主が熱心であることは儂も知っておる。そろそろ時間じゃ」
「はい、婆様」
そこまで深くない洞窟の最奥に位置している祠にある、国家の象徴として祭壇に祀られていた黒龍の石像の前から、座っての祈りの姿勢を解いて立ち上がり振り返る。
大層な巫女っぽい服を着ている婆様が、ひん曲がった己の腰を叩きながら俺を促す。
俺はうっすらと笑みを浮かべながら、ジャラジャラと装飾のついた巫女服を揺らしながら歩き出した。
赤い右目は透き通ったような色のブロンドヘアーで隠し、左目は晴れやかな青空色のオッドアイ。羽やら宝石やらで彩られているのに華美には見えない、白の西洋めいた巫女服を着用。
いつも穏やかな表情をしているのに消え去りそうな雰囲気を持っている17歳の少女カテリーネ。
それが、今の俺だ。
「トライベン シックザール」、通称トラシク。1990年代に発売され一世を風靡したゲーム機『プエイステーム』で出ていたシミュレーションRPG。
SRPGなのに部位破壊があるのがめんどくせーけど濃厚なターン制シミュレーションバトル。
物語は民衆に人気のあった将軍の子供である主人公を旗印として、悪逆非道の皇帝を倒す為に立ち上がるという、王道だけど戦争のやるせなさや人間の生き様というものを描いたもの。名作とまではいかないけれど佳作と評価されたゲームだ。
続いて出した2は名作になったが、3で駄作の烙印を押されて同シリーズが出なくなってしまった。
俺はそんなトラシク初代の登場人物、巫女「カテリーネ」。15歳である少年主人公住む村にいた年上幼馴染で初恋相手。キャラグラでは瞼を閉じてる系。実際に維持するのは無理!
そしてカテリーネは黒龍の生贄として死に、少年の心に影を落とす役割だ。
始まりがなんだったか? それは俺も知らない。
日本でゲームしながら気ままに暮らしていたはずの俺は、いつの間にカテリーネとして生まれ変わっていたのだ。
トラシクの世界だと気がついたのは最近で、それまでは女に生まれ変わったのだからと、気が付かずに主人公であるいたいけな黒髪短髪純朴少年ヘルトくんを、お清楚お姉さんムーブして密かに揶揄い倒していた。
真っ赤になって黙るヘルトくんかわいいでちゅねぇ〜!! おほほほー愛いやつよのぉ!
って内心でゲス顔してた。最終的にはかっこいい青年になって、ヒロインのルチェッテと幸せになるから何も問題ねーぜ。
こんな風に女性ならではのムーブはしたけど、恋愛する気はこれっぽっちもない。ちょっと演技して楽しんでるだけ。
そもそも俺、女性になりはしたけど自認としては男のままだし、生贄になって死ぬ訳だし……。
そんで、なんでトラシク世界かって気がついたかっていうと、婆様から15歳になった時に『お役目』を17歳になった時に果たしてもらわねばならないと言われたからだ。そのお役目ってやつが生贄。
なーんか聞いたことのある話だな……って思って記憶を掘り起こしたら、出るわ出るわゲームの記憶が。
ここは主人公の祖父であるラドがヘルトを連れて住み着いた国の端にある山奥のオプファン村で、かつて皇帝が倒したとされている黒龍の討伐の地じゃねーか! って。
まあ実際には黒龍倒してねーんだけどな。
てか普通にラドじいさんとヘルトくんがゲームの登場人物だって気が付かなかったわ。キャラグラと現実じゃ色々違うし。
ラドじいさん、確かにごっついし戦士としてやっていたんじゃないかとは思ったけど。
その黒龍様を鎮める為の儀式として、カテリーネは来るべき時まで毎日毎日祈って禊をして……ってやってる。
今日も朝のお祈りと禊だぜ。滝行用の服にもわざわざ着替えてる。
意味ねーから形式的なもんだし、退屈だしさみーよ。滝に打たれるって日本じゃねーんだからさぁ。
まあ勿論? お清楚巫女だから寒そうな感じは出すけど耐えます! って顔しますけど。
朝のさっびぃ滝行を終えて、滝横にある小屋で拭いて元の巫女服に着替えてから、さっさと婆様と一緒に家へと帰る。村の中じゃ一番大きいけど、他のとこじゃ普通の一軒家くらいの広さだ。
婆様がこの村のまとめ役だからデカい家に住んでるってだけ。
巫女服を脱いで、普段着に着替えていく。着てたのをちゃんと畳んでおくのも忘れない。
はぁ〜、そろそろのはずなんだけどなぁ。新月の日に行うんだけど、婆様がなんかタイミング見極めてるのかどうなのか、実行されるタイミングは教えられていない。
なんとなく聞くに聞かなくて、早く主人公襲来イベントこねーかなって思ってる。
主人公が来ればもう生贄イベント開始って分かるからな! まあ今日あたりに来なかったら、また次になるんだが。
ゲームだから時系列がどうなってるか分からないけれど、主人公であるヘルトくんが『ちょっとした冒険』のつもりで村を出てからもう半年が経ってる。
結構前にラドじいさんもヘルトくんを探しに出ていっちゃってるし。
村に入ってくる情報だと、かつての将軍の息子率いる解放軍が立ち上がって、皇帝側の将軍を2人倒しただとか。
ま、その息子がヘルトくんなんですけどね!
ラドじいさんも実は将軍だった過去があり、息子も将軍! 民衆から慕われてたけど、皇帝の癪に触って処刑されたってやつ。
こんな辺鄙な村に誰が旗印かって詳細が伝わってくるわけねーんだわ! 噂しか来ねえ!!
黒龍を祀る為だけにあるこの村はど田舎のど田舎だ。国民は黒龍なんて本当にいるだなんて信じてないし、国を起こした時の逸話なんて信じちゃいない。
後々の皇帝がそうなるように扇動したってのもあるけど。
内心でブーブー言いながら、本日のお昼ご飯を作りにかかる。
精進料理みたいなものしか食べることを許されていないので、正直いつでも腹ペコだ。あー美味いもん食いてなあ。
けどあともうちょっとだ。もうちょっとでお役目が果たせる。
俺の目的は『お役目』を果たして死ぬこと。ただそれだけだ。
折角好きなゲームに転生したんだから展開を変えてみせる! とかそんなことをするつもりはない。
日本じゃなんとなくの日々を送って、何のために生きているかもよく分からなくて、ただ日々を消化しているだけ。
漫画みたいに熱い展開が人生に訪れることもなく、ゲームみたいに劇的なことが起こることもない。
俺はその辺にいる、だらけた一般人にすぎなかった。俺は、みんなが夢見るような人物ではなくて、ちっぽけな存在でしかない。
なんで俺は明確な目標を持てずに生きているんだろう。
俺だって何かになれたはずだった。
何かにひたすら打ち込んで、泣いたり喜んだりして、青春をしてってできたはずだったんだ。でも、そんなことはなかった。
俺は、何者でもなかったし、何者にもなれなかった。
ただの空っぽな人間だ。
そんなの、つまらねえ。
だから最初から巫女としていると分かった時に歓喜をした。俺には最初から役割があり、その為に生きればいいのだと示されている。
この村では巫女は俺しかいない、俺だけが使命を全うできる環境。最高だった。
そしてゲームの世界だと分かって、自分の役割がなんなのかを理解した時が一番最高の瞬間だったと言える。多分、その最高が塗り替わるのは自分の最後の瞬間だろうけどな!
このまま物語が進んでいくのを、俺はニコニコとしながら見守っていく。時折物語に影響しない程度に、揶揄ったりおちょくったり茶々入れたりするのは許してほしい。
流石によー、そういうところは楽しみたいじゃん?
ずっと俺は待っていた。ヘルトくんが少数精鋭を引き連れて、この村に戻ってくることを。
それが始まりの合図となり、俺は黒龍の生贄として死に、物語の一部となる。
……少し外が騒がしくなってきた。村が騒ぎになるのは、作物を荒らす猪だったり魔物だったりする。
一見しょうもないように見えるけど、ほぼ自給自足の村なせいでかなり打撃を受けるからやってらんねーんだよなぁ……。
またかよ〜と思いながら、治癒術の心得があるので、退治している人が怪我してたら治そうと俺も家から出ていく。
お昼ご飯は大体できてるし、婆様は何もできないからお留守番。
よっこらよっこらと騒ぎの方へと向かっていくと、いつもの畑荒らしとは様子が違っていた。
そんなに数のいない村の人達が粗方村の入り口に集まってきている。
……もしかして、もしかしてってやつぅ?
俺は内心ワクワクしながら集団の外側にいた、家がお隣さんの爺さんに声をかけた。
「何事ですか」
「おお、カテリーネ様! ラドさんとヘルトが戻ってきたんですよ! ですんがねぇ……」
俺が来たことに気がついた村の人達が道を開いてくれる。
婆様が動けない分、村に関しての取り仕切りをしているのは俺だからねえ。
そのまま進んでいくと、言ってた通りの人物がいた。まずヘルトくんにラドじいさん。
村から出た時とは違って、どっちも赤メインの軽装鎧を身に着けている。
ピンクっぽい赤毛でくるんくるんと跳ねてる髪の毛が特徴で、そのキャラデザから蛸足ヒロインとも呼ばれた、可愛め村娘衣装のルチェッテ。
最初はそっけなかったけどヘルトくんを認めていった、解放軍初期メンバーの無骨な灰色短髪な戦士ナッハバール。濃紺の軽装鎧を身に着けている。なお最終的なバトルメンバーからは外れがち。
チャラチャラしてんのにここぞという時はきめてくる、深い設定があったっぽいオレンジ髪を適当に流してるチャラ軍師のセベリアノ。魔法系なので深緑のローブで身を包んでいる。ちな帝国への恨みがやばい。
ここまではゲームでのパーティ必須枠で、今回自由枠として連れてこられたであろう実は魔法最強農民キャラ、全体的にジメジメしている雰囲気を漂わせている茶髪でそばかすの魔法使い、黒めのだぼっとしたローブでジト目な女性ジネーヴラ。
その6人が主人公パーティーとしてこの場にいた。
はい、ここまではいい。オッケーオッケー。問題なし。
「……ここの責任者は貴方なのですか?」
問題は主人公達からは少し距離を保った場所にいる、睨んでいるつもりはないんだろうけど、側から見たらどう見ても睨んでいる目つきの男。
外見は銀の色した長髪を後ろでまとめて流していて、深い海を思わせる蒼い瞳、かたっくるしそうな薄水色の鎧の真ん中に国の将軍である翼の証が刻まれている20代前半のイケメン騎士。
主人公との対比として存在しているライバルであり、皇帝ではなく皇子に忠誠を誓った人間だ。
どっからどう見ても、どう考えても、ここにいてはいけないし、ここにくるはずがない人物だった。
「わたくしはここの代理まとめ役、カテリーネでございます」
「……責任者の元へ案内していただけないか。この鎧が指し示すように、私はシュワーツドラッハ国が蒼翼将軍、ヴァルムントだ」
俺はお清楚巫女だから格式ばった礼をしてやったけどさぁ!
一日千秋の思いで待っていたのは主人公達で、おめーのことは1ミリたりとも待ってねえんだがなあ!?
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