第13話

その日の夜は、いつもよりだいぶ早くパパが帰って来て、お手伝いさんを下がらせた後、全員がリビングに揃った。


いつもにも増して険しい顔つきをしたパパは、大きくため息をついた後、話し始めた。


『優海禾がもう少し大きくなってから話すつもりだったが、聞いてしまったのなら仕方がない。優海禾の本当のお母さんはここにいるお母さんじゃない。お父さんの妹が優海禾の本当のお母さんだ』


『パパの妹が……優海禾の……お母さん?』


『そうだ』


『じゃあ優海禾のお父さんは?』


『亡くなった』


『お母……さん……は……?』



お母さんは今どこにいるの?

どうして、会いに来てくれないの?

私のこと嫌いになったの?



聞きたいことはいっぱいあったけれど、ママの前ではそれを聞くことができなかった。

でも、パパの方からその答えを教えてくれた。



『優海禾のお母さんも、もうこの世にはいない。雨の日の夜、交通事故にあって亡くなってしまった。その時一緒にいた優海禾だけが助かった。それでお母さんと相談して、当時4歳だった優海禾をお父さんたちの子供として育てることに決めた』


ずっと黙っていたママが初めて言葉を発した。


『今まで、本当のお母さんに恥ずかしくないように育てようと、優海禾にはつい厳しくしてしまったこともあったけれど、あなたは大事な家族なのよ』



4歳。

雨の日の夜。

救急車のサイレン。

失った記憶。


全てが、本当のお母さんの死と結びつくものだった。



『優海禾は東条の家の子として法律上ちゃんと認められた家族なの。だから、私たちは正式な家族よ。そのことを忘れないで』


ママは、何度も何度も「家族」という言葉を、まるで呪文のように繰り返した。



パパとママは私を養女として東条の籍に入れていたので、パパと少し血が繋がっているだけだけど、私が東条の家の子だというのは間違いなかった。


このことは、玄関でのやりとりからして、兄も知っていたことは確かだった。

兄はパパとママが話し終えると、次は自分の番とばかりに口を挟んだ。


『誰もいないと思ったからって、雇い主のことをペラペラ話すような奴らはクビだよね』


その冷たい言い方に、鋭い視線に、初めて兄を怖いと思った。



兄の言葉通り、翌日には、私のことを噂していた2人ともが解雇されていた。




全てのピースが揃って、四角いケースの中にきれいに収まった。

パパとママの子供じゃなくて、ほんのちょっと血が繋がってるだけで、優秀な兄の本当の妹ではないことがわかって、ほっとしている自分がどこかにいた。

兄と比べて劣っている自分をずっと恥ずかしく思っていたから、「似ていなくて当たり前」と言う事実に救われた。

本当の両親はもうこの世にいないという悲しみはあっても、その思い出は記憶になかったから、どこか他人事のような錯覚すら覚えた。



だから、気が付かなかった。


否。


気がつくには幼すぎた。



パズルのピースがきれいに収まりすぎていた。

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