第12話
マンションへ帰るとすぐに手を洗い、うがい薬でうがいをしてからそのままお風呂へ向かう。
ようやく1日が終わった。
ルームウェアに着替えてから部屋へ入ると、すぐ目に入ったのはキャビネットの上の、ラズベリー色のクマと家族で撮った写真を飾ったフォトスタンド。
ずっと抱いていた違和感。
その違和感の正体を知ったのは小学校に入ってからだった。
兄が塾から帰って来るのを、パパの書斎にある出窓に座って待っていた。
いつもママに先を越されてしまうから、今日こそは1番に「お帰りなさい」を言うつもりだった。
パパの書斎の窓からは、門を出入りする人がよく見える。そこから外を観察していたら、兄の帰って来るのが誰よりも早くわかる。
待っている間は折り紙をしていた。
1番きれいに折れた鶴を兄にあげようと思いながら、いくつも折った。
小柄だった私はカーテンの影にすっぽりと隠れてしまっていたから、そこに私がいるなんて思いもしなかったに違いない。
ドアの開いた音で、そちらに注意を向けた。
『――奥様も、自分の子として育てるなんて頭が下がるわ』
『そうよねぇ。あれで海梛坊ちゃんくらい出来が良かったらいいけど、何をやっても、ちょっと……ねぇ?』
『ホント。優海禾さんももう少し大きくなったら自分だけ家族の誰とも似てないことに気づくんじゃない?』
『やだ、ちゃんと優海禾お嬢様って呼ばないと』
『お嬢様? 笑える』
出窓から飛び降りた時の音で、お手伝いさんたちの笑い声が止まった。
カーテンの向こうから私が顔を出したことで、みるみる2人の顔が変わっていくのがわかった。
『優海禾……お嬢様……いつから……?』
きっと、もっと大人だったなら、今聞いた話を黙って自分の胸に留め置いていたに違いない。
けれども、そうするには幼すぎた。
折り紙と、折った鶴をかき集めると、お手伝いさんたちをパパの書斎に残して、ママを探した。
家の中を歩き回る度に、手の中から折り紙や、鶴がこぼれ落ちていく。
玄関に向かって立っているママを見つけた時には、手の中には一羽の折り鶴しか残っていなかった。
『優海禾がパパとママの子じゃないって本当?』
ゆっくりと振り向いたママの向こうには、塾から帰ったばかりの兄が立っていた。
ママが黙って私を見ている間に、兄は私の元までやってきた。
そして、いつの間にか私の手からこぼれ落ちていた、最後の1羽の折り鶴を拾うと言った。
『お母さん、優海禾に本当のことを話してあげなよ』
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