第7話

大学から電車で15分。駅からは徒歩5分の好立地にある、オートロックで築浅のマンションは、合格通知をもらってすぐにパパとママが決めたもの。

ワンルームで充分だという私の意見は聞いてもらえず、妥協案として1LDKの間取りとなった。

ママが部屋に合わせて必要な物も全て買い揃えたので、私はそれにただ感謝するだけ。




エレベーターを5Fで降りて、1番端っこの角部屋に向かう。


鍵を開けて中に入ると、1番に洗面所へ行き、持って来ていたハンドソープで手を洗い、うがい薬でうがいをした。

それから、窓を開けると、まだ何もない部屋の真ん中にぺたんと座って、荷物が届くのをぼんやりと待った。


「こんなに広い部屋じゃなくていいのにね……」



自分から欲しい物をねだったことはない。

全て、先回りして与えられる。服も、バックも、靴も……


それらは全て、兄への愛情。

だから拒否権なんてない。

私に向けられる「家族なんだから」という言葉も、全て兄のためのもの。




時間通りに最初の業者がやってきて、冷蔵庫やレンジなどの家電を設置している間に、続けて別の業者がやって来て、真新しい家具やベッドが運び込まれた。


全てが整うと、丁寧に梱包されていた緩衝材などは全て持って帰ってくれたので、残されたのは自分が家から送った少量の段ボール箱のみとなった。


ダンボールの中身をクローゼットに移し、最後に、持って来たスーツケースの中から家族の写真が入ったフォトスタンドとラズベリー色のクマのぬいぐるみを取り出し、キャビネットの上に飾った。





『誕生日おめでとう』


そう言って、兄はラズベリー色のクマを私にくれた。


心の隅に押しやっていた不快な記憶は、兄の笑顔で塗り替えられ、ラズベリー色のクマは私の宝物になった。



そのクマが、アンティークのもので、実は高価なものだと知ったのは、ずっと後になってからだった。

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