第6話 ひとり暮らし

高校を卒業した私は、この春から県外の大学に通うため一人暮らしを始める。




「忘れ物はない?」


「それ、さっきも聞いたよ?」


「海梛はどうして見送りに出て来ないのかしら……優海禾が行っちゃうっていうのに……」



大学は県外に行こうと決めていた。

それは、家を出るための最もらしい理由で、決めていたというより、「そうしなくてはいけない」ことだった。



玄関まで見送りに出て来てくれたのはママだけ。

東条総合病院の院長であり外科医のパパは、急患に対応するため早朝に呼び出され病院へ行ってしまった。

兄が声をかけてくれることは決してない。



「いいよ、そんなに遠くに行くわけでもないのに。新幹線で1時間もあれば帰って来れる距離なんだから」


「やっぱり引越しの荷物を片付けるくらい――」


「本当に大丈夫。こっちから持って行く荷物なんてほんのちょっとだし、来てもすることないよ? これからは何でもひとりでしなくちゃいけないんだから、あんまり甘やかさないで。ね?」


「せめて新幹線の駅まで車で――」


「だからぁ、過保護すぎっ」


「本当に入学式も行かなくていいの? お父さんはいつ呼び出しがあるかわからないから難しいかもしれないけれど、お母さんだったら――」


「いいの! ネットで調べたら、大学の入学式に親が来るのは少ないって書いてあったし、ママは家を空けないで。新幹線の時間があるからもう行くね」


「どうしてこんな日にパパは……」


「しょうがないじゃない。患者さんが優先なのは今に始まったことじゃないでしょ? そろそろ行くね」


「何かあったら連絡してよ? 家族なんだから」


「……大げさ。一生会わないわけじゃないのに。もう行くね」




家から持って行く荷物は少しだけで、これは既に送っていたから後は受け取るだけ。

どうしても自分の手で持って行きたいものだけをスーツケースに入れた。



門のところでずっと立っているママに手を振って、ほんの少し上を見上げる。

兄の部屋のカーテンはしっかりと閉まっていて、それが私を拒絶する意思を示していた。



同じ家にいながら顔すら合わせることがない。

最後にちゃんと会話らしい会話をしたのは、随分と前になる。



兄には……嫌われている。



「じゃあね」


届くことのない小さな声で兄にお別れを言い、舗装された道をカラカラとスーツケースを引っ張って駅へ向かった。

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