第4話 笛の音がぴ〜ひゃら聞こえてくる
ミツライムのエージェントたちが首都に戻っていくと、そこからは僕たちの旅が続く。
食事をしてもいいし、寝っ転がるのもいい。
ただその中でもひとつだけやらなければならない仕事があった。それが僕たちの本来の目的。
ナタ曰く、
「ミツマの一族ってどこだ?」ってこと。
だけど、モーセが別れたのは四〇年も前の話だった。その辺の奴隷の民を捕まえて質問したところで、まともな返事は得られない。誰も当時の出来事や指導者などを覚えていなかった。働き盛りの大人から子供までが皆、生まれた時から奴隷だ。それ以外の歴史などを知るはずもなかった。
奴隷の命は短い。
さらには奴隷に名前などあるはずもない。
「ここはミッカ村で、あっちはミイル村だってさ。ミツマってミツマ村に住んでいる人のことでしょ?」
僕は通りすがる男性を捕まえて話を聞いてまとめてみた。その男性は随分やつれていたが、旅人には興味があるようで随分親切に教えてくれたと思う。
一応ナタやリッリに報告したところで、
「さっきのエージェントとかいう奴ら。あいつらにミツマの人のことを教えてもらったほうが早かっただろ」
という僕に対する愚痴が出てくる。
「それはもうどうしようもないよ。あの女の子の目、見たでしょ。あの状況でそれ以上は聞けないよ。不可抗力だよ」
「ヘルメスが変な目で女の子を見るからだろ」
「見てないよ。たぶん、僕のこと冒険者じゃなくて奴隷と遊びにきただけの人って誤解されちゃったんだと思う」
「めちゃくちゃ嫌われてたな」
「うん」
僕は落ち込んではいなかった。女子には嫌われたかもしれない。だけどそもそも僕には彼女と接点がなかったのだから、嫌われていなければそれっきりの関係だった。嫌われたことで、彼女の記憶に残ったのだとすれば——。
これは恋の始まり。
そんな期待だってできるってものだ。
淡い期待かもしれないけれど、今の僕にはそれで十分だった。
そんな打算を見抜いたようにナタは僕を見る。
「とりあえず、ミツマの人を探してくれ」
「わかってるさ、焦らなくても大丈夫」
「で、次はどこを探すんだ?」
「首都に辿り着くまで聞いて歩くけど、それで駄目なら首都でさっきのジャガールって人を探すよ。どっちみち今から追いかけても、同じ道だし」
「そっか、ジャガールって奴に聞いたほうが早いもんな」
ナタには結末が見えただろう。結局首都までさっきのエージェントを追いかけていくだけ。
リッリのほうもこの時間、結末がわかって、僕に何かを期待する目はない。
「ピラミッドというものが早く見てみたりや?」だ。
リッリは道の脇の岩に座り込んで、村人と僕のやりとりを見ているだけ。これがつまらないと駄々をこねるようだった。
「ちょっと待って、リッリさん。ピラミッドは、ミツマの人を見つけてから、時間があればってことで」
僕は素早くリッリを押さえつけた。この学者に研究熱が灯れば、それは制御不能だ。
「村人に聞くだけ無駄かもしれり」
リッリはそろりと僕の手から逃れている。
「無駄ってどういうこと?」
「エージェントの男らは、簡潔にミツマを答えたりが、なぜにこの村の誰もがそれを知らぬりや? 民族が消える時とは権力者の都合によるところが大かり。民族としてまとまれば、反乱も起きやすいや。であるからして、民族というアイデンティティを奪うやり方をせり」
「王の不満を持つミツマ一族がいたら団結するから、それをさせないようにするってこと?」
「うみゅ。だとすれば、ミツマ一族は自らをミツマ一族と判断できないようになりやら。あるいは、他人に喋ることを規制されてやら」
リッリは杖でこつんと地面を叩いて、「情報の取り出し方を考えてもよきや」とアドバイスしてくれた。
「情報の取り出し方って、聞き方が悪い? ミツマを直接聞くのではなくて、他の話題から入って上手に聞き出すとか?」
「うみゅ」
「だとしたら——」
僕に思い当たることがあるとすれば次の通り。
「もっとこうフレンドリーにさ、世間話をしてみようか。仲良くなれば、喋ってくれるかもしれないし」
「それ、さっきからやってなかったか」
ナタには僕がフレンドリーに会話していたように見えたらしい。
「やってたけど。もっとフレンドリーに? 人間ってさ、本当は誰かにいろんなことを伝えないものなんだ。自分のこととかね。良い商人は、口には出ないそんな言葉こそ引き出すものだって、僕のお父さんが言ってた」
「それができてないんじゃないか?」
「今からやるところだよ」
僕は、ちょっと咳払いをしてから、「ここまでは練習だっただけさ」と言い張る。
ただ、リッリは「ワレに妙案あり」だ。
これを言われると、ナタは僕そっちのけ。
リッリが言えば、それは賢者の知恵だからだ。
「妙案って、どんな方法なの?」
僕もその先の言葉に期待せずにはいられない。
リッリは杖を持ち上げてから、少し座り直した。説明しようという体勢だった。
さて、
「子供を抱き込んでみやり。数日前にモーセのところでも同じ方法でワレはモーセに辿り着いたりや」
と彼女は言う。
「子供?」
僕とナタはお互いに顔を見ていた。
大人よりは子供のほうが口が軽い。子供は世間を知らない。疑う相手を知らないからだ。
「興行をして子供を集めり。警戒心のない子供ならどのような秘密も喋りや。そして子供と子供はよく遊びり。これを利用して子供らに情報を集めさせるという作戦なり」
それを言われると、僕にもその方法がわかってくる。
興行と言って僕が思いつくのは紙芝居や人形劇。それで子供を集めて、僕は新しい話を作りたいから何か参考になる伝承がないかと子供たちに尋ねるわけだ。例えば消えた民族の話とか——。
「いけるかも」
僕は手を叩いた。
その心をナタが言えば次のようなものだ。
「自分で情報を集める必要はないってことか。子供を使えば親である大人の口も軽くなる」
「子供には本当のこと教えたいもんね。間違った情報も多いかもしれないけど、参考にはなるかも」
やってみる価値はあると思う。
「間違っていてもたくさん集めれば、ぼんやりと真実が見えてくるかもしれないな」
「うん、手がかりさえあればいい」
これは現実的な方法になるだろう。
「でもどうやって子供にいうことを聞かせるんだ。興行ってなんだ?」
ナタはそこで言葉を止めた。
「興行?」
シェズも振り返る魅惑な言葉だ。
「それを大道芸とも言う」
リッリは言った。
「大道芸なら紙芝居とか、猿を踊らせるのを見たことがあるぞ」
ナタが言えば、僕も負けてはいられない。
「音楽とか絵を書くのを見たことがあるよ。頭の上にリンゴを置いて、矢で射貫くのとか――」
僕はこれまで路上で見て来た大道芸を得意げに語る。
「面白そうじゃん」
と乗り気なのはシェズ。「リンゴを頭の上において、それを矢でいるんだな。あたしにもできそうだな。弓矢なら使ったことがあるぜ」だ。
「矢がリンゴを外れると人が死ぬんだけどわかってます?」
「なにヘルメス、その顔。お? ナタもなんで目を逸らしてんだ」
それはたぶん、シェズが射た矢は絶対に的には入らないから——。
こうなると代案が必要だった。僕は歌うように次の主張をしていた。
絵……。
これは以前シェズが書いた似顔絵を思い出せば、ない選択。彼女は絵が下手だ。
それよりもやはり吟遊詩人が用いるようなハープはどうだろう。
「音楽がいいよ。音楽。僕が弦を張った楽器を作るからさ。情熱のパッション。憂う心で歌うアリア。すべてがオーケストラなんだよ。音楽を奏でて、次のテーマを探していると言って、子供たちから伝承の話を聞くんだ」
その筋書きでも目的は達成できると思った。
情熱を前にして、誰が音楽が否定できるだろうか。
「ヘルメスの言葉らしくないが、吟遊詩人の真似みたいなもんか? まあ、それはいいアイデアかも」
ナタも頷いていた。
だがここに納得できない女子もいるだろう。
「弓矢でいいだろ。弓矢なんてその辺で借りてくればいいだけだし。音楽ってさ、楽器とか面倒じゃん。どこにそんなもんがあるんだよ」
シェズは必死に食い下がった。武力の才能を見せる時が来たのだ。「目を覚ませよ、ナタ。お前楽器なんか演奏したことないだろ」とその事実を指摘してくる。
「演奏したことはないけど、意外にできるかもしれないし」
「夢見すぎだって、だいたい楽器なんてないわけだし」
とそこは僕の出番だ。
「僕が作るよ。商売柄、楽器の修理とかもやってたから、一応ちょっとしたものなら僕でも作れるからさ」
ナタも僕を支持してくれるはず……。
「ヘルメスに頼もうぜ。シェズの弓矢の腕前は信じられないだろ。死人がでるんだぜ。もう確実に誰か死ぬだろ」
「そんなわけないだろ。ナタ、お前ならどんな弓矢でもよけられる」
「俺を狙うつもりか?」
「下手な矢を避けるのと、下手な音楽を避けるのは、どっちが難しいかってことだ。避けるなら弓矢のほうが確実じゃないか?」
「何を言い出すんだ? だいたい音楽では人は死なないって」
「だが聞こえてくるものを避けることはできないんだぞ?」
「耳を塞げばいいだけだ」
「耳を塞いだら、そのほうがなんとなく聞きたくなるってもんだろ。ほら、どこかで笛が鳴っていやがる。どうやってこれを避けるのか見せてもらおうじゃないか」
シェズはここで仁王立ちだった。
試されるのはナタ。
「確かに聞こえるが、俺は耳を塞ぐつもりはないぞ」
ナタは言った。これは「ぴーひょろ、どこかで笛が鳴っている」だけだと。
「ほーう。あくまでこんな笛のほうがあたしの弓矢の腕より価値があると思うわけ?」
シェズがそのナタの肩を掴んでくる。「だったら、どっちが子供を集められるか両方やって勝負してみようぜ」と、どうしても弓矢が打ちたいと懇願する顔だった。
ナタは苦し紛れ。
「わからん。しかし、子供はすでに楽しそうだが……」
そして「見ろ」と遠い小道の先へとシェズの顔を捻っていた。
「うぬぬ」と抵抗するシェズもそれを見れば納得だろう。
笛が鳴っている先に子供たちの集団が居た。
僕がまさに今考えていたこと。それを実行している人間がいるのだとしたら、参考にならないわけがなかった。
「行ってみようよ」
僕は催促していた。
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