第5話
「こちらです。マモルさま」
あの後『クールで無愛想な事務的巨乳専属メイド』改め――シャロンさんに連れられた俺は、どこかの部屋の前に連れてこられていた。
「ここは?」
「私の部屋です。どうぞ入ってください」
「え」
俺の『いいの?』の反応を無視して自室へと入っていくシャロンさん。俺が男だと言うことをちゃんと理解しているんだろうか?
今日会ったばかりの女の子の部屋に入って良いものかと悩んでいると、こちらへと振り返ったシャロンさんが、不思議そうにこちらを見て首を傾げた。
「どうされましたか?」
男を部屋に連れ込もうとしているのに、何でそんなに普通なんだ?
もしかしてだけど男だと思われていないのでは……。
それはそれで、何かやだな。
「……?」
シャロンさんはさっきから不思議そうにしている。
というか何で連れてこられた側の俺がこんなに悩まないといけないんだ。俺は別に『シャロンちゃんと一緒の部屋が良いんだな、げへへ』なんて言ってないし、
「…………マモルさま?」
あまりにも入ってこない俺に、さすがにシャロンさんは戻って様子を窺ってきた。その顔はいたって無表情。男を部屋に連れ込むことに照れている素振りは一切ない。
「はあ……」
……俺が変に意識しているだけか、
よし俺も無表情、無感動、そして無意識を意識して、シャロンの部屋へと入った。
「マモル様にはここで私と一緒に暮らしてもらいます。本来は二人部屋ですので、広さに関しては問題ないかと思われます。ベッドも二つありますのでご安心を」
……………………。
「それと先ほども言いましたが、衣食住のお世話もさせていただきます。ただ、あくまで監視が目的ですので……どうかされましたか?」
シャロンさんの部屋は、彼女の印象通り無機質で質素だった。
家具はベッドに、机に、本棚、タンス、あとクローゼットがあるぐらいだ。
必要最低限な物が置かれてあるだけというか、何というか女の子らしい物がパッと見で見当たらない。もっと女の子って可愛い物とか置いてあるイメージなんだけどな。
俺の経験からくる偏見だったか……。
ただそれでもやっぱり女の子というか、何というか、
――何かすっっっごいイイ匂いがする!
無意識であろうと思っていたけど無理だった。そもそも煩悩を意識してなくすなんて不可能だから! そう自分に言い聞かせる。
「すぅ、はぁ」
不必要に深呼吸とかしてしまう俺。不可抗力だ。
それにしても女の子って何でこんな良い匂いがするんだ? 人体の不思議だな。俺は自分の部屋に入っても良い匂いとか思わないのに、不公平だなこれは……。
「同じ人間とは思えないな」
「急に何ですか? それに、あなたは人間ではなくてクルースニクでは?」
無意識で口に出てしまったことに律儀に返答してくれたシャロンさん。
……そういえば俺人間じゃなかったな、クルースニクだわ。自分が人間ではなくてクルースニクであることに、いい加減になれないとな。
「それに私も人間ではなくヴァンパイアですよ」
「え、そうなの?」
「……?」
あ、何かまずったか? 怪しんでいるわけではなさそうだが、俺が気付いていなかったことを不思議そうにしている。
「……ああ、そういえばあなたは琥珀色の瞳ではありませんでしたね。クルースニクは必ずしも琥珀の瞳を持って生まれるわけではないのであれば、ヴァンパイアも、と考えるのは当然ですね」
何か勝手に納得してくれた、よかった、よくわからないまま言い訳せずにすんだ。
「クルースニクと違って、ヴァンパイアは全員眼が紅いです。紅い眼を持たないヴァンパイアは聴いたことがないですから、見分けたいのなら眼を見てください」
そう言われたのでシャロンの紅い瞳をじっと見てみる。
「あ、あの、見てくださいとは言いましたが、今は、その……」
顔色に赤みが差し込むシャロンの視線が、俺を見ては逸らしてはと泳いでいる。
「綺麗な紅い瞳だな」
「……っ!」
思わず口に出てしまった言葉に、シャロンさんがうつむいてしまった。
ジロジロと見過ぎで失礼だったか。
「そ、それでは、先にベッドの用意をしますので、しばらくお待ちください」
そう言うと、そそくさと俺から離れたシャロンさんは、クローゼットから布団やらシーツを引っ張りだしていた。
ベッドを用意ってことは、男と女、一緒にこの部屋で寝るということか……?
俺はねーさん寝ることよくあるから別に良いけど。
シャロンさんは会ったばかり……いや、もう考えるのをやめよう。彼女は平然としているのに対して、俺だけあれこれ考えても仕方が無い。
もうここまできたらなるようになれだ。
……じー。
でも見ているだけというのは忍びないので、一応、言ってみる。
「何か手伝おうか?」
「大丈夫です。すぐに終わりますので、ゆっくりしていてください」
本格的にベットメイキングをテキパキと始めるシャロンさん。やはりメイドだからか手際がいい。安易に手伝うとかえって邪魔になりそうだな。
手持ち無沙汰になった俺は、何気に彼女の本棚を見つけた。背表紙を眺めてみると……あ、日本語じゃない。こっちの言葉で書かれてあるみたいだ。
そういえば女神さんが言葉を理解出来るようにしておくとか言っていたな。
ありがたやありがたや。
どれどれ、どんな本があるんだ?
『ヴァンパイアだって恋がしたい』
『あなたの首筋に恋をして』
『ロメオとジュリエッタ』
タイトルからの推測になるが、見事に恋愛物ばかりだった。恋愛というか恋バナが好きってのは女の子って感じだけど、俺の周りにはそういう女の子はいなかったな。
「よいしょっと、ふう……」
まさかの無愛想なシャロンさんは、意外と夢女子系だったりするんだろうか?
それにしても、同じ文字というか名前をよく見かける。
「イルミナ・カルメル?」
作者の名前だろうか、この人の作品がいっぱいあ――、
「何をしているんですか?」
「うおっ! びっくりした!」
突然背後から呼びかけられた俺は振り返ると、顔が紅いシャロンさんがいた。彼女の後ろでは完璧なベッドが仕上がっている。
「えっと、どんな本が置いてあるのかな~? って……」
俺の経験によると、これはさっきの照れているというより怒っている気がする。
「人の本棚をのぞき見るなんて良い趣味ですね?」
確かに人の本棚をジロジロ見るのって、人によってはマナー違反な気がする。俺たちは気にしてなかったから、ちょっと無遠慮だったかもしれない。
「私の部屋に目新しい物は少ないので、気持ちはわかりますが……」
でも、そこまで怒っているわけでもなさそうな気がする。待っているように言って俺を手持ち無沙汰にしたのは彼女だ。あまり強くは言えない気がする、たぶん。
「あ、いやその……」
こうゆう時、謝るのが正解であり正当なのだが、ここで普通に謝ってしまってはそれで会話は終了だ。もちろん普通に謝るのが正しいの当然なのだが、ここはあえて、
「そういえばなんですが、さっきは二度も助けてくれてありがとうございました。追放やら死刑されずに済んだのは、シャロンさんのおかげです」
お礼と言う名の『ありがとう』を告げて、話しを強引に変える作戦だ。
それに彼女には、助けられた時から言おうと心から思っていたことだ。闇雲に謝罪するよりも、本当に思っている感謝を伝える方がずっと良いだろう。
俺の強引な話題逸らしに、シャロンは目線を逸らした。
「いえ、お気になさらずに……」
よし誤魔化せた。と思う。
ちなみにだが、あくまでそこまで怒っていない相手に有効なのであって、めちゃくちゃ怒っている時には通用しないどころか、火に油なので要注意だ。
「それに、あれはあなたが私にさせたことでしょう?」
「え?」
彼女はいたって無愛想なのだが、何か雰囲気が変わったというか、重くなった。
……あれ? 火に油、だったか。
というか『させた』ってどういうことだ?
「あれは私の本意ではありません。どうして会ったばかりのあなたを私が助けようと思ったのか、今でも論理的に説明がつかない」
そう言われると俺も不思議だった。あの時は『一目惚れ』なんて思って現実逃避していたけど、そんなご都合主義展開ありえ――、
『おーっほっほっほ!』
――一瞬、金髪縦ロールの頭のおかしい女の子の高笑いがよぎったが、頭を振って記憶の隅に追いやった。あれは特殊というか、よくわからん。
「あの時、私はあなたを死なせたくないと、そう思ってしまった。ですがあれは、私とは違う意思が働いたとしか考えられない、気味が悪いです……」
「違う意思? 誰がそんなことを……」
シャロンさんは俺を見た。今度は眼を逸らさない。さっき感じた嬉し恥ずかしの仕草や眼ではない。
「あなたの『それ』で、私を操ったのではないですか?」
俺は気付いてしまった、無愛想の中に隠れる、彼女の俺に対する敵意を――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます