第4話

 メイドさんに運ばれていく磔台に拷問器具。そう見られる物ではないが、もう二度と見たくない気持ちで俺は見送った。

「さてじゃ」

 まるで定位置のようにまたソファに寝そべり肩肘をつく子供陛下。さっきから周りが特に気にしている素振りがないのは、普段から彼女はこうなんだろう。

 さすがに煎餅は食べていない。さっきメイドさんが拷問器具と一緒に持って行った。

「………………」

 無愛想なメイドさんと眼があったが、今回は俺が先に眼をそらした。言いたいことはあるが、この窮地を脱してからだ。俺は彼女に必ず伝えるんだ。

 ……あ、死亡フラグ立てちゃったか? 

「まずは自己紹介じゃ、わしの名前はファンファノーラ・エリオット。一応このヴァンパティール帝国、つまりはヴァンパイアの国の皇帝であり、そしてヴァンパイアじゃ」

 子供の見た目ながらも陛下と呼ばれていたから、改めて彼女が皇帝を名乗ることに驚きはない。あと変わった名前だなとも思ったが、それよりもだ。

「やっぱりヴァンパイアか……」

 あの金髪縦ロールの子が自分のことをヴァンパイアと言っていた。それにクルースニクである俺を警戒しているあたり、薄々彼女もそうだろうなとは思っていた。

 そもそもここはヴァンパイアの国だから、全員ヴァンパイアか。

「……?」

 本当に全員ヴァンパイアなのか? 見渡してみて、ここにいる全員がヴァンパイアではない気がした。俺の中に流れるクルースニクの血のせいだろうか? 

「お前の名前を教えてもらおうか?」

「来栖、真守……」

 別に隠しておくほどの名前ではない。

「クルスマモルか、名前の響きからしてマモルが名前じゃな」

 来栖の方が名前と勘違いされるかと思ったが、どうやら大丈夫なようだ。

「さっそくじゃがマモルよ。ここはヴァンパイアの国じゃ、クルースニクであるお前はここに何をしに……いや、まずはお前を自由にするのが先か、ウィルよ」

 難しい顔をした兵士の一人が、短く返事をして俺の下までやってきた。

「………………」

 ウィルは腰の剣に手を置いている。縛っている紐を切ってくれるのかと期待していたのだが、しばらく俺の眼を見つめ続けると、彼は陛下へと向き直った。

「……陛下、彼は本当にクルースニクなんですよね?」

「そうじゃが、何か気になることでもあるのか?」

「クルースニクの特徴である瞳の色は確か琥珀色です。しかし彼の瞳の色は黒。つまりは我々と同じ人間なのではないですか?」

 へぇ、知らんかった。瞳の色で種族がわかるのか。

「さてな、クルースニクのことはわしもよう知らんし、じゃが、こやつはわしの【マホウダン】を血の盾で防いでたし……そういえば、お前達は見てなかったか?」

【マホウダン】? 身に覚えはないが、たぶんここに来たときの衝撃のことか?

 何か周りの兵士やメイドが『ありえない』と口々にざわついているけど。

 ……やっぱりあの散らばっていた血は俺のだったか。

 でも女神に教えてもらったように、血を出す意識とかしてないんだけどな。そもそもここについた瞬間だったし、攻撃されたこともわかってなかった。

 だとすると自動で血が飛び出して俺を護った? 

『説明は省きますが、この能力は必ずあなたの助けになるでしょう』

 ――【無限の血液】。

 もしかしたらただ血が増えるだけじゃないのかも知れないな。

「こやつの能力をわしは見ておる。血を操り、武器として戦うのはクルースニクの専売特許じゃ、瞳の色は確かに違うが、そやつはクルースニクで間違いない」

「……であれば、彼を自由にするのは危険かと思います。クルースニクはヴァンパイアにとっての天敵、そんな奴を自由にするなど危険です。少なくとも今はまだ……」

 もしかしたら、この状況って『敵が単身で乗り込んできた』みたいに思われているのかも知れない。疑われるのは不本意だけど、この人の対応も当然か。

「……ふむ、尤もな意見じゃな。わしは別に気にはしとらんが、お前の言うとおりにしよう。マモルよ、お前の自由はまだ先じゃ……」

 しょうがない、どうせ縛られているかいないかの差でしかないのだから。

「話しの続きじゃ、お前はここに何をしに来た?」

 ウィルが離れていくのを見送りつつ、俺は素直に答える。

「親父をぶん殴りに来た」

「……今なんと言った?」

 そんな正気を疑うような眼で見ないで欲しい。本気と書いてマジだから。

「親父をぶん殴りに来ました」

 正確には異世界で失踪した親父を見つける。なのだが、今の状況が親父の所為だと思うと、見つけた時に一発殴らないと、もう気が済まなくなっていた。

「そ、そうか、まあよかろう……」

 引かれている気がするが、納得はしてもらえたみたいだ。てっきり嘘とか言われるかと思ったが、嘘ならもっとマシな嘘をつくとか思われたのかも知れない。

「お前がクルースニクであるのなら、父親もクルースニクなのであろう、そやつもこの国におるのか?」

 親父もクルースニクだとは思うけど……ああ、早く答えないと。

「それがどこにいるのかわからなくて、それで探すために『ここ』に来ました」

 俺の指す『ここ』は、ヴァンパイアの国ではなく異世界なんだけどね。

「ああ、そういうことか。父親を探しにな、なるほどのう。一応、父親の名前を聴かせてもらえるか?」

「シモン、来栖シモン」

 右斜めを見ている子供陛下。たぶん、心当たりを探しているみたい。

「……んー、やはり聞いたことがないな。クルースニクには特に心当たりがない……」

 女神様が消息わからなくなるぐらいだ、すぐに見つかるとは思ってない。

「それでなんですけど、出来れば親父を探したいので解放して欲しいってのが、俺の要望というか、お願いなんですが、いかがでしょう……」

 今の自分の状況からの自由の要求は些か無謀な気がしたので、出来るだけ謙ってみた。

「ふーむ、そうじゃのう、わしとしては別に構わないんじゃが……」

 子供陛下の湿り気のある視線が流れて、涼しい顔をしたウィルに行き着いた。

「僕は反対ですよ」

「じゃろうな、頭でっかちめ……」

 ふて腐れる子供陛下。何かやっと見た目らしい態度をした気がする。

「ならばお前はどうするつもりじゃ? このまま拘束し続けるのは不可能じゃぞ」

 俺を拘束し続けるのは不可能って何……制度的な話? 

「国外追放が妥当かと……」

「妥当じゃな、妥当過ぎてつまらんことを除けばじゃが……」

 どうやら子供陛下は俺の味方をしれくれそうな雰囲気だ。女神様を嫌ってはいるみたいだけど、それはそれとして、俺を味方してくれるのはちょっと嬉しいな。

「……ん? あぅ、そんな期待するような眼で見るな……」

 何か子供陛下まであの無愛想なメイドさんと同じような仕草をしだしたけど。

「つまらなくて結構です。僕は【近衛騎士隊長】として、陛下の安全を第一に言っているだけです。彼はクルースニクであり、ヴァンパイアの天敵です。ヴァンパイアの国で、天敵であるクルースニクが自由に動き回るなど、前代未聞です」

 どうしよう、正論にしか聞こえない。

 でも、子供陛下なら何とかしてくれる筈! 

「……はあ、仕方がないかのう。すまないな、こやつが言うとおり、ここはヴァンパイアの国じゃ、お前をこの国で自由にさせることは出来ん、国外追放じゃ」

 そんなー! 諦めないでっ! この国の最高権力者でしょあなた! 

「だ、だからそんな眼で見るな。可哀想だとは思うが、わしはこの国の皇帝としての責務があるんじゃ。納得出来ないかもしれんが、理解しておくれ……」

 説得力のある言葉を子供の見た目で言わないでほしい。これ以上ごねたら俺が子供っぽくなってしまう。しょうがないと思うしかないのか……。

 親父の名前は言ったことだし、もしかしたら見つけてもらえるかも? 

「わかりました……」

 俺はそんな淡い期待を込めて受け入れ――、


「あの、よろしいでしょうか?」


 ――ようとしたら、無表情なメイドさんが短くひっそりと手をあげていた。

 まさかまた助けてくれるというのか無愛想なメイドさん! 

「……ほう?」

「陛下が納得しているというのに――」

「よいウィル、どうした言ってみぃ?」

 子供陛下は楽しそうにウィルを諫めて、メイドさんに続きを促した。

「この国において、彼が危険であることは私も同意します。だからこそ、国外追放という自由を与えてもよろしいのかと……」

 ……ん? 何かイヤな予感がする。

「つまりはここで殺した方がいいと?」

 ウィルが腰の剣に手を置いてそんなこと言ってきた。

 やっぱりそういう意味だったのっ! 無愛想なメイドさん信じてたのにっ! 

「違います。国外追放して彼から眼を離しても良いのかという意味です」

 どういう意味だ? でも助けようとしてくれていると考えて良いんだよね?  

「国外追放したのに何故この男を監視しないといけないというのだ? ヴァンパティール帝国は、これまでクルースニクの侵入を許したことはない。一度出て行ったのなら二度とこの国どころか、帝都であるここドラキュリアまで入らせは……はっ!」

 ウィルが俺を見た。驚きと不思議が混ざったようなそんな顔色だ。

「……僕としたことが失念していた。このクルースニクの男はどうやってここに?」

 アスフォルトさんに転移してもらったんだけど、ウィルは見てなかったか。

「【転移魔法】で彼はここに乗り込んできました。私だけでなく、陛下やヴィヴィアン様も彼が魔方陣から出てくるのを見ています。間違いありません」

「【転移魔法】っ! 魔法が不得意な筈のクルースニクが、そんな高位魔法など使えるはずが……陛下、本当なのですか?」

 ウィルの問いかけに陛下は答えず眼を閉じていたが、『ふっ』と笑った。

「……そういえばそうじゃったな、うっかりわしも失念しておったわ、こやつは【転移魔法】を使って乗り込んで来よった。国外追放しても意味がないのかもしれんな~」

 子供陛下すっごい棒読みなんだけど、危機感がないというか……。

 ……まさか俺が使ったわけじゃないことを知っているのか? 

「【転移魔法】を使えるのなら、国外追放をしても意味がない……」

 実際には使えないけど、でもこれで悪い風向きが少し良くなったか、

「ここで殺しておくべきか……」

 なってなかった。むしろ追い風も追い風だった。

「待て待て、何か考えがあるんじゃないか、なあシャロン?」

「はい、彼の目的がこの国で父親を探すことなのであれば、自由を与える代わりに私が彼を監視します。そうすれば、彼に不審なことは出来ないと思われます」

 おおっ! 無愛想なメイドさんっ、助けてくれるのか! 疑ってごめんよ、でもまだ不審者として疑われているみたいだけど……しょうがないか。

「おおっ! それはいいな、こやつの目的も叶うし、我々としても変なことしないか監視が出来る。しかしお主わかっとるのか? こやつのこれを……」

 これ。と言って俺を盗み見る子供陛下に、

「大丈夫です。理解さえしていれば何も問題はありません」

 これ。を理解しているであろうシャロンは頷いた。

 だから、これ。って何だよ。

 シャロンの意見が通りそうな雰囲気の中、ウィルは最後の抵抗ばかりに口を開いた。

「……父親を見つける。というのが嘘だったらどうするのですか? 彼の目的がこの国の諜報活動の可能性だってあります。現状、我が国が誇る最高戦力であるブラッ――失礼しました」

 一瞬ウィルはばつが悪そうに俺を見たが、いったい何だ? 

「とにかく僕は反対です。父親を探しているのだとしても、ずっと監視を続けるつもりですか? 少なくとも彼の身の潔白を証明出来ないのであれば、僕は反対です」

「ふうむ、それもそうじゃのう……」

 つまりは俺が危険じゃないことを証明出来れば良い筈なんだけど、どうすれば? 

「やはり殺し――」

「却下じゃ、少なくともこやつはまだ何もしていない……」

 子供陛下が急に黙った。というより口が開いたまま止まった。

「ふへぇ」

 かと思ったら急に口元だけニヘラ笑った。悪知恵を働かした子供のようだ。

「妙案が思いついたぞ! こやつは親父を殴りたい、もとい見つけたい。シャロンは監視したい。ウィルは殺したい。そしてわしは生かしたい。ならば――」

 子供陛下は起き上がってやっとソファにまともに座ると、俺を指さし、

「まずはお主は死刑とする」

「…………え、いや、え? あ、え……」

 思っても見なかった判決に声が出ない。

 いや思いつかない。いや状況がわからない。

 無表情なメイドさんは驚きで眼と口を開いたまま固まっている。自分のことのように思ってくれているのだろうか、優しい。

 ウィルは自分が言ったこともあってか冷静に見える。冷血漢め。

「じゃが安心せい、死刑執行猶予付きの観察処分じゃ」

 死刑って執行猶予とかつくのか? と疑問に思ったが、ここは異世界なので元の世界の常識は通じない。あまり深くは考えないことにした。

「ならびに、お主が安全だと身の潔白を証明出来るまで、このヴァンパティール帝国からの出国、つまりはこの国から出ることを禁じる。出れば指名手配をし、捕まえたのちに刑を執行する。そのための死刑であり、執行猶予じゃ、よいな?」

 国を出されようとしていた俺が、今度は出ることを禁じられるとはな。

「……それで、俺の身の潔白はどう証明するんですか?」

 まさかフィーリングとか言わないよな? 

「お前自身が証明するのじゃ」

……どういうことだ? 

「我がヴァンパティール帝国には『ブラッティセブンナイツ』という、七人の最高戦力がいるのじゃが……いや、正確にはいたのじゃが――」

「陛下っ! それは国家機密事項です!」

「何を今さら、お前もさっき言いそうになっていたではないか、それにいずれわかることじゃ、ならばそれを証明に使えばいいんじゃ、まあウィルも聴け」

 ウィルは何か言いたそうにしていたが押し黙った。

「どこまで話したかの? そうそう、ブラッディセブンナイツがいたのじゃが、ほとんどが様々な理由でいなくなってしまったんじゃ、最後の一人も、ある意味お前のせいでいなくなってしまったしのう……」

 俺の所為? ここに来て何か……あ、

『おーっほっほっほっ! ついに私の旦那様を見つけましたわよ! 『ブラッティセブンナイツ』なんて辞めてやりますわ! 私はあの方との運命を信じますわ~』

 もしかしてあの金髪縦ロールの女の子か? 

 いやあれは俺の所為じゃないだろ、勝手に一人で盛り上がって、勝手にいなくなっただけじゃないか? あれは俺の所為じゃない、うん、たぶん、おそらく……。

「ゆえにじゃ、お前には『ブラッティセブンナイツ』を全員連れ戻してもらいたい。全員を連れ戻せたのならお前を信頼し、無罪放免としよう。……どうじゃ?」

 うーん、他に選択肢がないとはいえ、今日この異世界に来たばかりなのに安請け合いしていいものか……。

「難しく考える必要はないぞ。期限を設けるつもりはないし、出来る限りサポートをするつもりじゃ、わしでも癖のある奴らじゃからのう、はあああぁ……」

 ため息がずいぶんと重いな、ものすごく苦労しているみたいだ。

「とにかくじゃ、自らの行いで身の潔白を証明してみせよ、マモルよ」

 もしかしてだけど、死刑なんて強い言葉を使ったのは、ウィルみたいな人を納得させるためで、子供陛下が言いたいのは、『信頼して欲しかったら我が国のために働け』ってことなんじゃ? 

「どうした、嫌か? さすがに死刑は言い過ぎだったかのう……」

 そう考えると優しいな子供陛下。いや、もう子供陛下なんて思うのはやめよう。

「わかりました。俺に断る理由なんて最初からありませんよ。……えっと、ファ、ファンファ、あれ? ファ、ファンファーレ? 何か違うな……」

 敬意を込めて名前を呼ぼうとしたが、ど忘れしてしまった。

「ふふっ、ファンファノーラじゃ」

「あ、ありがとうございます。ファンファノーラさん」

 ファンファノーラさんは俺から眼を逸らして指先で頬を掻いている。どことなく頬も紅い気がするが、どうかしたんだろうか。

「名前で呼ばれるなんてあいつら以来の久方ぶりじゃ、わしのことは好きに呼んでくれて構わんぞ。ど、どうせならノーラと呼んでくれても――」

「陛下、彼の処遇が決まったのなら、これからの方針を決めませんと……」

 今まで静かにしていたウィルに諭され、突然、ファンファノーラさんは眠気を払うように頭を振っている。

「そ、そうじゃったな。気を抜いてしまっていた、危ない危ない、これに意識を持って行かれるところじゃった。……ところで、お前はいいのか?」

「僕はあくまで進言しているだけです。最終決定は陛下にあります。陛下の決めたことに僕は異を唱えるつもりはありません」

 良くも悪くも臣下らしい臣下の言葉に、ファンファノーラさんは鼻で笑った。

「それにしては、ごちゃごちゃごちゃごちゃ、うるさかったがのう……」

 あからさまな皮肉に対し、ウィルは涼しい顔で聞き流している。

「まあよい、次じゃ」

 ファンファノーラさんの目配せに反応したのは無愛想なメイドさん。相変わらず無愛想なのだが、自分の意見が通ったからかどこか嬉し――、

「はい」

 そんなことないや、ずっと無表情だわあの娘。

 彼女はファンファノーラさんの近くではなく、縛られ座っている俺の隣に来た。

「マモルよ、そやつをお前の『専属メイド』として付ける。『セブンナイツ』を連れ戻すためだったり、生活の面倒などや必要な物があれば言うといい。それとわかっとると思うが、お前の監視であることを忘れるな」

 俺が国外追放されないために、助けようとした彼女がそう言ってくれたんだ。言葉としては良い感じはしないが、彼女の好意は無下には出来ない。

「はい、わかりました」

 ……でも、何で助けてくれたんだろ? 

 俺と会ったことなんてたぶんないだろう。でもさっきまでチラチラとモジモジをしていたし、そうなってくると、やっぱり一目惚れしか考えられないんだよなあ。

 そういえば、俺がファンファノーラさんの【マホウダン】とやらを防いだことを、周りの人達は驚いていたな。たぶん、すごいことなんだろう、知らんけど。

 だからそれを見て『かっこいい!』と思ったのかも知れない。だとしたら、いやあ、申し訳ないな、『俺、何かやっちゃいましたか?』どころではなく、本当に『俺、何かやっちゃいましたか?』で、何にもわからないんだけどな、はっはっはっ。

 それなのに『あなたの凄さに惚れました!』とか『あなたの人生のお世話をさせてください』とか言われちゃったらどうしよう。いや無愛想な彼女のことだから、言葉はシンプル、だけど心は熱く『好きです』なんて言ってくるんじゃ。

 あー、どうしっよかなあ!

「何をニヤつい取るんじゃ? まさか『専属メイド』じゃからといって、いやらしいことをお願いしよう何て思っちゃいないじゃろうな?」

「そ、そんなことないですよ……」

 そこまでは考えてないけども、全く見当外れとも言えないので、ファンファノーラさんからの追求の視線から眼をそらした。

「……んっ!」

 その先にあったのは、白いスカートと肌色と黒のタイツの色合いがもたらす、絶対領域という名のハーモニー。つまりは無愛想なメイドさんの太もも! 

「……おぉ」

 というか! あと少しで! パンツが! 見えそう! 

 ゆっくりと首だけをばれないように下げて、そして視線は上げ――、

「なんでこやつはバレていないと思っとるんじゃ?」

「はっ!」

 美しい芸術を見ていると時間の進みが遅く感じるように、あまりにも神聖過ぎて自分の中では時間が止まってるように思えてた。絵画とか見たことないけど。

 おそるおそる無愛想なメイドさんの顔色を窺ってみると、

「………………」

 眼を瞑っていて表情が見えないのだが、何となく顔が紅い気がする。怒ってる? さすがに嫌われてしまっただろうか? ここは素直に謝っておこう。

「あははは……ご、ごめんなさい……」

 すると無愛想なメイドさんが一瞬俺を見たが、すぐに逸らしてしまった。

「いえ、お気になさらずに……」

 言葉通りに受け取って良いものか……いや待てよ、もしかして顔が紅いのは、パンツを見られたと思って、恥ずかしがっている可能性がある気がしてきたぞ。

「あの! 見えてないから! 本当に! うん!」

 フォローになってるのかわからないが、とりあえず言ってみると、無表情なメイドさんではなく、ファンファノーラさんが『やれやれ』とため息を吐いている。

「当然じゃろうが、『近衛メイド』のパンツがそう簡単に見られるわけなかろう。パンツを見たかったら、本当のご主人様にでもなるんじゃな」

「『近衛メイド』?」

 パンツを見たかったらの本当のご主人様のくだりが気にならないわけじゃないが、パンツに執着していると思われたくなかったので、あえて無視した。

「自己紹介をしてやるのじゃ」

「シャロンです。『近衛メイド』でしたのが、この度、マモルさまの『専属メイド』として、身の回りのお世話などをさせていただきます。何なりとお申し付けください」

 無愛想なメイドさん改め、シャロンさんは丁寧にお辞儀をしてそう言った。

「あー、そ、それじゃあシャロンさん、お願いしたいことが……」

「なんでしょう?」

「この紐を切ってもらってもいいですか?」

 何とか国外追放や死刑をまのがれた俺は、制限付きの自由と、『クールで無愛想な事務的銀髪巨乳専属メイド』を手に入れた。

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