第3話
捕まった俺は紐でグルグルに縛られると、ウィルに米俵みたいに肩に担がれ運ばれて、
「なんだこの豪華な空間……」
何かすんごい広くて、すんごい天井が高い、威厳と風格を感じる謁見の部屋? のようなこの場所に放り投げられたのだった。
足は縛られていないので座ることは出来ているが、逃げるのは難しそうだ。
「はむっ、ばりっ、ぼりぼり……」
縛られて身動きできずに道中を見ていたが、中世ヨーロッパか近世ヨーロッパのように思える建築仕様で、やっぱりというか、ここはお城のような感じだ。
「はーむ、バリッ、ぼりぼりぼり……」
そして俺がこうなった原因である彼女、つまりは子供陛下なのだが、
「はむ? ばりばり……ん?」
後ろにある玉座が隠れるほどデッカいソファに、ドレス姿のまま皺なんて気にせずに寝転がり、煎餅を食べながら俺を見下ろしていた。
この世界に煎餅があるのかは知らないが……たぶん、煎餅だろう。
「煎餅はやらんぞ」
「いらないです。それよりも、いつまでこうしていれば?」
「もうちょっと待て、こっちにも準備があるんじゃ」
準備って何のだ? いや考えても仕方がないか、視線を別へ向けてみると、
「(ギロリ)」
子供陛下の近くで控えている兵士達と目が合った。いや、どちらかというと睨みをきかせている感じか。別に何も変なことしないってのに……。
そういえば俺をここまで担いできたウィルって人はいつの間にかいないな。
「(じーっ、はっ、ぷいっ)」
今度はさっきの無愛想なメイドさんとまた眼があった。すぐに逸らされたけど。
……というかさっきからあの子ずっと俺を見てないか? それなのに毎回眼が合うと勢いよく逸らしてくる、何でだ? 心なしか顔も紅い気がするんだけど。
「ちらっ、ちらっ……」
――はっ! まさか俺のことが好きなのか!
何か口元に手を当ててモジモジしてるし、しかも俺が彼女をこうして見ているというのに、それでも俺を見ては逸らしてを繰り返している。
これは絶対俺のことが好きだからだ!
「はあ、なわけないか……」
現実逃避もこれぐらいにして、何とかしないと……あ、そういや俺クルースニクの血で武器作れるんだった。もしもの時は何とかなるかもしれないな。
「陛下、準備が整いました」
そんなことを考えていると、どこかに行っていたであろうウィルが戻ってきた。
「おお、やっと拷問の準備が整ったか」
やっと準備とやらが……拷問?
聞き間違いかな? なんて軽く考えていると、一人のメイドさんが、大きな十字架の形をした奇妙な何かを乗せた荷台を押して入ってきた。
それは人一人ぐらいの大きさで、十字架の先に手枷のようなものがついてある。実物を見たことはないが、何となく予想出来る物が頭に浮かんだ。
「磔台?」
「磔台じゃ」
続けてまた別のメイドさんが、新幹線にあるワゴン売りのようなものを押して入ってきた。よく見えないし、わかりたくもないが、鞭や工具類やらが見えた気がする。
……え、まさかだけど、俺に使ったりしないよね?
「どんなのがあるんじゃ?」
子供陛下は寝転がった状態から跳び跳ねて起き上がると、ワゴンに近づいて鼻歌交じりに物色し、満面の笑みでノコギリとナイフを両手に持った。
「レッツ拷問じゃ♪」
「ちょっと待てーーーー!!!」
「なんじゃ? 今さらビビってももう遅いぞ。口の堅いお前を拷問して、全てを洗いざらい吐いてもらうんじゃからな」
「口の堅さをいつ証明したっ! まずは訊けやっ! 何で質問も尋問もせずにいきなり拷問なんだっ! 俺が一度でも『くっ殺せ、俺は死んでも口割らんぞ』的なことを言ったかっ! 訊かれたこと全然話すわっ!」
必死な訴えに陛下は首を傾げて、
「???」
そんなキョトンとした仕草はいいから、まずはその両手の物騒な物を捨ててくれ。
「……なんじゃお主、アスフォルトの奴に義理立てとかないのか?」
「義理立て? 何でそんなこと……」
もしかしてここで全部話すのって、女神に悪かったりするのか? 別に秘密なんて言われてないよな? 慌ただしく送り出されたけど……ん?
「ちょっと待ってくれ! アスフォルトさんを奴って呼ぶってことは、あんた、アスフォルトさんを知っているのか?」
「……よい、礼儀知らずの方が話しやすい」
「はっ」
子供陛下が兵士をなぜか諫めた。なんでだろうと彼女の後ろを見れば、兵士が腰の剣に手を置いている。もしかして不敬罪とかで切られそうだったのか、こわっ。
「ああ、よく知っておるよ」
やった。アスフォルトさんの知り合いに出会えた。
「じゃが、わしはあいつがだーーーーーーっい嫌いじゃがな」
と喜んだのもつかの間だった。
子供陛下は鋭い目つきでナイフを持った右手で自身の首を切る真似をした。幼い見た目をしているので、大人びたおませな仕草で最高にロックだ。
いやそれどころではないぞ! ちょ、女神さん? あなたが友達だと言った相手、あなたのことめっちゃ嫌ってますけど! 何したんすかっ!
『頼みましたよ』
いやいやいや、あの優しい笑顔の女神が嫌われているわけがない。何か勘違いが。
「奴はな、わしの大事なものを奪っていったんじゃ……」
憂いを帯びた表情で語る陛下にかける言葉は一つしかなかった。
「あ、あなたの心ですか?」
………………。
とっても静寂。たぶんこの場にいる全員が冷たい視線を向けている。うん、たぶんこうなると思ったよ。でもあのフリは言いたくなるじゃん!
「……やっぱり拷問じゃ、早く殺して欲しいと思わせるタイプの拷問に変更じゃ」
何その希望なしの残忍な拷問。助かりようがないんだけど!
「ああっ! ごめんなさい! 出来心なんですっ!」
「ふんっ、まあよい、とりあえず確認じゃ……」
子供陛下は俺の下まで来ると、右手に持ったナイフを大きく振りかぶってきた。
「ちょ、待って!」
え、死ぬの? 異世界に来たばっかりなのに?
こんなことになったのもクソ親父が異世界で失踪とかするからだ。見つけたら本格的にぶちのめしてや……あ、ここで死んだらそれも出来ない。誰か助け――、
「――陛下、お待ちください」
走馬灯が見えかけたその時、声を上げてくれたのは無愛想なメイドさんだった。さっきから俺をチラチラと見ていた彼女が、助け船を出してくれたようだ。
「なんじゃ? 普段のお前とは思えない行動じゃな」
「……その、彼をこのまま殺してしまうのは慈悲がないと思われます。確かにクルースニクではありますが、まだ本当に危険な人物かわかりませんし、せめて目的を訊いてからでも遅くはないと思われます」
会ったばかりのメイドさんが俺を助けようとしてくれていることが嬉しい。
さっきから無愛想ながらも俺を見ていたりしていたし、わりと本気で俺を一目惚れしたとかの可能性がないこともない気がしてきたぞ。
「確認したかったが、まあそれもよかろう……」
子供陛下はナイフを持っていた右手をゆっくりと下ろした。
メイドに言われたぐらいでやけに簡単に引き下がるな。こっちとしては有り難いが。
「話しぐらいは聴いてやろう、クルースニクよ……」
不審に思っている俺に向かって、子供陛下は不敵な笑みでそう言ったのだった。
……まだ、危機を脱したわけではなさそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます