第2話

 女神の笑顔が強い光りと共に見えなくなってすぐに、激しい衝撃と耳をつんざく轟音が鳴り響いた。煙もあがってて視界が悪い。

 あと体から何かが抜けた感覚もあったが、今はそんなことよりも! 

「びっくりした! ここはいったいどこだ?」

 足下の魔方陣の光りが収まって消えると、大きな紅いガラスのような物が眼の前にあった。見えない糸に吊らされているように空中で静止している。

「なんだこれ? あっ――」

 触って確かめようとするが、その前に紅いガラスは地面に落ちて砕け散った。

 ……これって、もしかしてクルースニクの血が固まって出来たやつか? 

「おいおい、なんだこれ……」

 大小様々な紅いガラスが、俺の足下には大量に散らばっている。小さなナイフを作った程度の量じゃない。つまりはこれだけ多量の血を消費したわけだ。

 誰が? もしかしてだけど、俺か? 

 女神の言っていた【無限の血液】が本当なら俺の可能性もあるが、あの時みたいに何もイメージしてないぞ。やっぱり俺以外のクルースニクか? 

「ん?」

 煙が段々と晴れて周りを見渡してみれば、ヨーロピアンな格好した三者三様の紅い瞳の女性が、口を開けて驚きの表情で固まっていた。

 何だ……俺、何かやっちゃいましたか?

「クルースニク……」

 銀髪の無愛想なメイド姿の女の子がそう言った……俺のことか? 

 小学生ぐらいの紅い髪の子供は、こっちに手を向けたまま驚き固まっていた。何か偉そうな紅いドレスを着てる。おませな子供だな。 

 そして後ろで座り込んでいる、というよりかは尻餅をついた、お嬢様風の金髪縦ロールの女の子も固まっ――、

「びっびーーーーーん!」

 ――ってなかった。急に擬音みたいなのを叫びだした。

「あ、ああ、あなっ、あなっ! あなた! まっ! まっ! まままままもっ! まもまもっで、まもってくだ、くださっ! ででで、ですの!」

 ……何て言った?

 噛み噛みで何を言っているのか聞き取りづらい。たぶんだけど、俺の名前の『真守』か訊いたのか? 何で俺の名前を知ってるのか疑問だが、

「ああ、そうだ」

「どっきーーーーん!」

 ……え、怖い。また別の擬音を叫びだしたぞ……。

「はあ~ん! これこそ私のも、求める理想! む、胸が高鳴っていますわ! こ、これがひと、ひとめ! 一目惚れというやつなのですね!」

 おそらく中身が残念な金髪縦ロールのお嬢様は、紅くなった両頬に手を当てて、すっごいクネクネしてる。おもむろに立ち上がってこっちへと手を伸ばしてきた。

「お名前を! お名前を訊かせてもらえますか?」

 名前を知っているんじゃないのか? さっきのは俺の聞き間違いだったか、まあ別に名前ぐらい……ん? 何だこの部屋の散らかりようは……。

 高価そうな家具は倒れ、本はバラバラ、天蓋付きのベッドはめちゃくちゃに、眼に入る限りの窓ガラスは全て割れている。まるで部屋に台風でも通ったみたいだ。

 そして床に散らばる紅いガラスに見える、大小様々なクルースニクの血の欠片。

「そういえば……」

 ここに来た瞬間、激しい音と衝撃で気にしてられなかったが、体から何かが抜ける感覚があったけど、もしかして何かの拍子で血が抜けたのか?  

 ということは、この部屋の惨状はもしかして転移してきた俺の所為? 

「「………………」」

 さっきから黙って俺を見ている二人の俺を見る眼が、『あんた何してんの?』と言っている気がしてきた。

 今さらかも知れないけど、名前を言うのは不味い。

「な、名乗るほどのものじゃないよ……」

 焼け石に水な気がしなくもないが、とても名前を言う気にはなれなかった。

「はあ~ん! 助けられた乙女が一度は言ってもらいたい言葉第一位(私調べ)をここで聴けるなんて! 見ず知らずの私を助けたというのに! なんて奥ゆかしい! ここまで私の求める理想の答えが返ってくるなんて! ……ですが、うっ、うう……」

 ハキハキと聞き取れるようになったかと思ったら、今度は急に泣き出した。

 情緒不安定すぎないかこの子。

「私はヴァンパイア、そしてあなたはクルースニク、私たちは決して結ばれぬ運命、ああ女神さまよ。どうして私たちにここまでの試練を与えようと言うのですか?」

 何か舞台の演目みたいにオーバーリアクションで話し始めたぞ……ん? 今なんて言った? ヴァンパイア? この子ヴァンパイアなのか? 

「ああロメオ、あなたはどうしてクルースニクなの!」

「誰がロメオだ」

 いや違う違う! そうじゃなくて! ヴァンパイアにとって、クルースニクは天敵の筈だ。そんな俺がいきなり現れて、こんなに部屋を荒らしたらヤバくないか? 

「敵対する私たちは引き裂かれる運命……ですが、私たちには愛と言う名で繋がる紅い糸がある筈……いいえ、ありますわ! 二人でこの運命に立ち向かうのです!」

 一人でずっと喋っている彼女は、割れた窓ガラスを靴で踏み鳴らしながら進み、窓を勢いよく開けてベランダに飛び出ると。綺麗な造りの手すりに優雅に尻餅をつけて、

「私を見つけてください、クルースニクの君よ……」

 そのまま後ろへと背中を倒し、彼女は優雅に消え――ベランダから落ちた。

 ……ここから見える限りだと、二階から三階ぐらいの高さだけど大丈夫なのか? 


「おーっほっほっほっ! ついに私の旦那様を見つけましたわよ! 『ブラッディセブンナイツ』なんて辞めてやりますわ! 私はあの方との運命を信じますわ~」


 遠い所から何か聞こえる。大丈夫そうみたいでよかった。

 頭のおかしい女の子がいなくなったけど、問題が解決したわけじゃない。

 残っている二人になんて言い訳をしようか……いや、確かアスフォルトさんは、知り合いの元に送ると言っていた。ならアスフォルトさんの名前を出せば、

「何事ですか! 陛下! 陛下ー!!!」

 言い訳の光明が見えたところで、軍服っぽい格好をした男が慌てながら部屋に入ってきた。顔は爽やかな青年って感じだが、長身で体格はかなりガッチリとしている。

 さらに扉の後ろには、似たような格好の男達がわらわらと見え隠れしていけど、軍服で腰に剣を携えているから兵士とかだろうか? 

「な、何ですかこの惨状は! お怪我はありませんか陛下!」

 陛下? ここにはませたドレス姿の子供と、無表情なメイドさんしかいないぞ。

「……おお、ウィルか」

 え、陛下って、まさかあの子供が? ……子供陛下? 

「ん? 君は誰だ? まさかヴィヴィアン様の部屋をこんな風にしたのは君なのか? 陛下私の後ろへっ!」

 ウィルと呼ばれた男は、子供陛下の前に出て護るように俺に対峙してきた。その後ろにいる男達も、いつでも抜けるように剣に手を置いて臨戦態勢を整えている。

「ご、誤解だっ!」

 と言ってみたが、たぶん俺の所為なので背中の冷や汗が止まらない。

「待て待て。この部屋をぶっ壊したのはわしじゃ、そやつの所為じゃない」

 おおっ! まさかの救世主だ。子供陛下とか思ってごめんよ。それによく見たら深紅のドレスがよく似合っているし、しゃべり方もどこか威厳を感じ――、

「じゃがこやつは、わしらの天敵クルースニクじゃ」

「え」

「捕らえよ」

「はっ!」

 ウィルを筆頭に兵士達が様子を窺いながらにじり寄ってくる。

「ちょっと待ってくれ! 話を、話を聴いてくれ! 俺はここに! アスフォルトさんに送られてきたんだ!」

「女神アスフォルト?」

 ウィルは不思議そうにしている。名前を出せばわかって貰えると思ったのに!?

 それに他の兵士は逆に怒っているように見える。

「ウィルさん! 話しを訊く必要はありませんよ。言い訳におとぎ話の女神アスフォルト様の名前を出すとは不敬な! 嘘を吐くならもっとマシな嘘を吐くんだな!」

 そんなっ! アスフォルトさんはは知り合いの元に送ると言っていたのに……いや待てよ、俺がここに来た時にいたのは、見た目には反して威厳のある陛下! 

「アスフォルト、ちっ……」

 何かすんごい睨んで露骨に舌打ちしてきた! たぶん違うな。

 あとはずっと視線を送ってきている無表情なメイドさん! 

(じーっ! はっ、ぷいっ……)

 眼があった途端に逸らされたんだけど! 

 てことは、さっきの頭のおかしい金髪縦ロールの人が女神の知り合いかっ!

「さっきの金髪縦ロールの人を――」

「確保ーーーーーー!!!」

 ウィルの号令と共に男達が飛びかかってきて、俺は捕まったのだった……。

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