第1話
「すいませんでした……」
もう何度謝ったんだろう。日本人が一番使う言葉だと聞いたことがある気がする。
「あ、俺、日本人どころか、人間じゃなかったわ……」
何か色々衝撃的なことを知りすぎて、逆に冷静になってきた。
「時間がないとはいえ結論を急ぎすぎました。人間ではないと言いましたが、クルースニクの体の構造は人間とほぼ同じですので、それは安心してください」
ほぼってどれぐらいなんだろう? 角が一ミリ生えるとかなら誤魔化せるか? 今まで別に違和感を感じたわけではないが、自然と頭とおでこを触ってしまう。
「俺は人間じゃなくて、クルースニク……」
今まで十七年間生きてきたが、自分が人間じゃない実感がわいたことはない。でもとりあえずは、自分はクルースニクだとして話を進めよう。じゃないと進まない。
「……クルースニクって、何ですか?」
「簡単に言えば、クルースニクはヴァンパイアの天敵です」
また新しい事実が出たな、ヴァンパイア?
……え、存在するの?
「ヴァンパイアって、あのヴァンパイアですか?」
「そうですね。ただ少し真守さんの思うヴァンパイアとは少し違うかもしれません。ですが今は、あなたのクルースニクについてです」
気になる事実ではあるが、確かに今は、俺のクルースニクについてだ。
「本当に俺ってクルースニクってやつなんですか? 何かの間違いとかじゃ? 今まで生きてきて力が強かったりとか? そんなものを感じたことがないんですが……」
勉強も運動も普通。可もなく不可もなく、それが俺。
「先ほども言いましたが、クルースニク自体は普通の人間と変わりません。ただ彼らに流れる血が特別なんです。つまりは、あなたに流れる血がです」
女神は俺の胸あたりをトントンと優しく叩いた。
「俺の、血……」
「説明されただけでは実感はないでしょう。身を持って体感するのが一番ですので、私の言うとおりにしてもらえますか?」
それもそうだと思い、俺は頷いた。
「まず手に意識を集中させて、細かいことは考えずに、自分の血でナイフを作るイメージを持ってください。出来ないと思ったりせず、疑わず、大切なのは出来るイメージを強く持つことです」
よくわからんが、騙されたと思っやってみるか。
「よし、まずは」
――右手に意識を集中させる、そのまま自分の血でナイフを作るイメージ、出来ないと思ったりせず、疑わず、出来るイメージを強く持って――。
「お?」
すると手の平から血が粒のように吹き出して、空中で球体となって静止。そして手の平から出た血は一定で止まると、球体の血は俺がイメージした形へと成していき、
「おおーっ」
持ち手も刀身も紅いナイフが出来上がった。俺のイメージどおりだ。
「体に流れる血を体外に出して武器を作ったり、もしくは自身を護るために血を操って戦う。これがクルースニクの特殊能力です」
何となくだが、出来ると思うこと、疑わないことが大事な気がする。じゃないと今までの人生で、もしかしたら自然と能力が発動していたかもしれないし。
「すごいな、俺がこれを作ったのか」
出来上がった紅いナイフを手に取り、色んな角度から眺めてみる。
ところどころ欠けていたり粗が目立つ気がするが、ナイフとしては十分だろう。強度もそれなりにある気がする、ただ持ち手があまり優しくないな、固い。
「そして彼らの血で作った武器は、再生能力が高いヴァンパイアに致命傷を与えることが出来ます。これがクルースニクが、ヴァンパイアの天敵と言われる理由です」
なるほどね、必殺の攻撃手段がクルースニクが天敵と言われる所以か。
「ですが同時に、これがクルースニクの弱点でもあります」
「それってどう…………あれ?」
視界が歪んだ、右手から力が抜けて、何かが割れる音が、さらには足に力が抜けて――、
「――大丈夫ですか?」
近いようで遠いような女神の声が聞こえた。
あと何か、ふにょんと、いいニオイがして柔らかい物が顔に当たってる。
というか意識が重い。
それに眼が霞む。
あとこの柔らかい物から離れたくない。
「真守さん! しっかりしてください!」
体が揺れて重い瞼を開けると、俺は大きな肌白い人肌の肉まんに顔を埋めていた。
ああ、もうずっとここにいたい……というか住みたい。何か自分がクルースニクだとかどうでもよくなってきた。あの親父ならたぶん大丈夫だろうし。
「……はあ~、癒やされ……ん?」
段々と意識が覚醒して、今の自分の状況にやっと気づいた。
俺が顔を埋めているのは大きな肉まんじゃない! おっぱいだ!
「ほわっ!」
気づいてすぐに離れた。あまりにも勢いよく離れたものだから、女神は気を悪くしたかとさえ思ったが、そんなことはなかった。
「おっと、大丈夫……そうですね? よかった」
俺の意識が戻ったことを一番に喜んでくれていた。
……ああ、やっぱり女神だ。
「すいません、それにありがとうございます。俺、倒れそうだったんですね……」
意識が飛んで倒れそうになるのを、女神は支えてくれたようだ。俺の顔が胸に埋もれてしまったのはたまたまだ。決してわざとではない。
「でも何で急に意識が……」
「慣れていないのだから無理もありません。さっきのナイフですと、約三百㏄ほどの血液が、あなたから一気になくなったことになりますから」
……そっか。あれは俺の血で作った武器なんだから、その分、俺の体から血がなくなっているということか。意識が飛んだのは鉄分不足で起きる、貧血。
「初めてなのにかなり上手くいきましたね。慣れてくれば、落とした程度では割れない強度の物が、あなたであれば作れるようになりますよ」
言われて、右手からナイフが消えていることに気づいた。
代わりに足下には、紅いガラスのような破片が散らばっている。さっきの貧血で手を離れた結果、落として割れてしまったようだ。
「手頃なナイフだからフラつき程度で済みましたが、剣などの大きな武器となると、血の消費量もその分増えます。めまいや失神、息切れや倦怠感……最悪、出血多量によるショック死もありえます。再生能力の高いヴァンパイアと違い、クルースニクはこの特殊能力を除けば、人間と全く同じなんですよ」
ヴァンパイアを殺せる武器を手に入れる代わりに、血という命を削って戦う、まさに命がけで、それがクルースニク。つまりは俺がそうなんだな。
「クルースニクか……」
身を持って体験したんだ。もう疑いようがない。
それにしてもクルースニクの血の武器は、まるで諸刃の剣だな。気軽に使えるもんじゃない。いや別にヴァンパイアを殺したいわけじゃないけど、
「あんまり実用的ではないですね」
何かと使えそうな能力なのだが、貧血で意識が飛びそうになるのは欠陥過ぎる。慣れてきたら今みたいにならないかもだけど、それでも厳しい気がする。
「でしたら安心してください。デメリットが血を失うことなのであれば、血がなくならないようにすればいいんです」
……なんだ、その小学生みたいな発想。それが出来たら苦労しないと思うけど。
俺の表情から思考を読み取ったのか、女神はさらに続ける。
「忘れていませんか? 私、女神ですよ。特別な力を与えることも出来るんです」
えっへん、と聞こえてきそうなぐらいに自信満々に胸を張る女神。本人に自覚はないようだが、谷間の見える大きな胸がさらに強調されてて眼に毒だ。
「どうされました? 顔が紅いですよ」
ほんと立派な物をお持ちで。俺、あれを掴んで、あれに顔を埋めたんだな。
「いえ、なんでもないです」
邪な欲望を必死に頭の隅に追いやった。
「あなたに授ける特殊能力の名は【無限の血液】――読んで字のごとく、あなたの血を無限にします。つまりは血がなくなりませんので、意識を失う心配はなくなります」
それが本当なら、かなり使える能力になりそうなんだが、
「どうしてそこまで俺にしてくれるんですか?」
すると女神は今までの優しそうな笑顔から一転、神妙な顔つきに変わる。
「理由は二つあります」
女神は人差し指を立てる。
「一つは、あなたの父親には多大なる恩義があること」
「え」
俺の反応を置いてけぼりにして、続けて二本目の指を立てた。
「二つ目が、異世界で行方不明となった、あなたの父親を探して欲しいからです。そしてこれは、あなたをここに呼んだ理由でもあります」
「ちょっと待ってください。親父からの恩義って何ですか? それに親父が異世界で行方不明って――あれ?」
指先が、透けてる? いや違う! 俺の体が透けてきたんだ!
「もう時間切れのようです」
そういや長くはここには居られないって言っていたな。
「このような状況で訊くことではないかもしれませんが、向こうの世界であなたの父を探してもらえませんか? もし無理でしたら、元の世界に戻すことも可能ですが……」
消え入りそうな女神のお願いに対し、俺の答えは決まっていた。
「異世界に行きます。いや、行かせてください。そんでもって親父を見つけたら、散々ほったらかしにして心配をかけた恨みを込めて、ボコッボコにしてやります!」
本気とも冗談ともとれる言葉に、女神はクスッと笑い、
「ありがとうございます。では――」
俺の胸に手を当てると、彼女の手が光り始めた。
「先ほども言いました【無限の血液】をあなたに付与します。説明は省きますが、この能力はあなたが思っている以上の効果があります。必ずあなたの助けになるでしょう。そして、向こうの世界での言語や文字の理解も出来るようにしておきます」
至れり尽くせり、それはありがたい。
「本当なら、真守さんにはまだまだ訊きたいこともあるでしょう。ですが、このままここに居ると、真守さんは死んでしまうことになりますので、申し訳ございません……」
……正直を言えばそうだ。
でも死んでしまったら、元も子もないよな。
「私の友達の元に送りますので、まずは彼女を頼ってください」
女神の知り合いか。彼女がこんなに優しいんだから、その人も優しそうだな。
「もう時間のようです」
女神の手の光りが収まり俺から離れると、代わりに、俺の足下には複雑な幾何学模様に似た魔方陣が光りながら展開された。
「向こうの世界の名は『アスフォルト』――私と同じ名前です。『アスフォルト』を、そしてあなたの父である彼を、よろしくお願いします」
頭を下げる女神に対し、俺はこれが彼女と会う最後な気がして――訊ねた。
「アスフォルトさん! また会えますか!」
「ええ、あなたが望むなら……」
女神が優しく笑いかけてくれたのを最後に、俺は光りに包まれていった――。
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