Chapter 1-1 いや、べつにナンパしたいわけじゃ……
「〜〜〜♪」
鼻歌混じりに異世界散歩である。
心も体も羽のように軽い。
俄には信じがたい〝奇禍〟に見舞われ、先ほどは少々……いやかなり取り乱してしまったような気もするが、こうして落ち着いてくると、俺は現状こそまさに降って湧いた幸運であることに気がついた。
正直なところ、現役合格に失敗した時点で、
「んなこたぁない。人生これから、これから。たかが一回、受験に失敗したくらい小っせぇ小っせぇ。俺なんて三浪だぜ? ハッハッハ」――なんて言って励ましてくれた人(元担任)もいた。
……まあ、それが嬉しくなかったとは言わない。ぶっちゃけ当時、俺の涙腺は崩壊寸前だった。
しかし、結局のところ価値観なんてものは人それぞれ、家庭によってもまちまちだ。
少なくとも我が家において〝長男の大学受験失敗〟という動かしがたい事実は〝我が家の家族史〟に〝大いなる汚点〟として刻まれたし、俺自身そこに〝泥を塗った〟という気持ちはある。
よそ様からしたら〝おかしい〟かもしれないが、これが我が家の〝普通〟なのだ。
俺の落第後、両親の興味はすぐに二つ下の弟へと移り、ここ数ヶ月というもの俺という人間は家庭の中でもはや居ないものとして扱われていた。
……まあこれまで〝浪人生活〟を黙認してくれていただけでも御の字というやつなんだろう。
俺には受験に失敗した時点で、家を出て働くなりなんなり自立するという道もあった。
そうせずに、実家に寄生して未練たらしく浪人なんぞやっていたのは、言ってしまえば単に〝甘え〟である。
だからそんな甘えを許容してくれていた両親に対し恨み言を言うつもりはない。これで文句を言ったらさすがに筋違いだ。
……だからといって表立って感謝まではしないし、あまり申し訳なくも思わないが。
勝手に期待して、勝手に落胆されて、こちらにも言い分はある。
まあ、それももう――
(――どうでもいいけど)
そう、いままでのことなんてもうどうでもいい。
せっかくこうして別の世界へやってきたのだ。もう、両親の敷いたレールの上を走る必要はない。ここで自立してやろうじゃないか。人生をやり直せるチャンスだ。
やり直しという意味では〝転移〟よりも〝転生〟のほうがよかったが、さすがにそれは贅沢というもの。
そもそも転生するには一度死ぬ必要がある。必ずしも転生できるという保証もないのに〝試しに死んでみる〟とか……さすがに頭がおかしすぎる。
だからこれでよかったのだ。
……てか、コレ現実だよな?
軽くほっぺたを抓ってみる。
……うむ、痛い。
「クハッ」
つーか、こんな馬鹿なことリアルにやっちゃう日がくるとは思わなかった。思わず笑ってしまう。……おぅ、エルフのお姉さんから怪訝な目を向けられてしまった。
ははは……なんでもないですよ?
と、顔で笑って誤魔化す。
……うん、目をそらされた。絶対変なヤツって思われたな。
ひとつだけ気がかりなのは、なんだかよく分からないうちに転移してしまったが故、逆(気がついたら戻ってたなんてこと)もまたあり得るのではないか――という点だが……こればっかりは心配したってどうしようもない。
なるようにしかならないのでいまは考えないことにする――と、結論。
だいたい、いちいち気にしてたら楽しめないしストレスだ。
「人生楽しんだもん勝ち」と昔の誰かも言っていた。
俺の場合、これまではあまり楽しんでこなかった。なので、これから先は思いきり楽しんでやろうと思う所存である。
……とはいえ、楽しむにしても何にしてもまずは先立つものが必要だ。
つまり現金。
持ち合わせは、スマホアプリにチャージされた電子マネーと財布の中身を合わせて一万円弱残っているが、それはこの世界では間違いなく何の役にも立たないだろう。特にスマホなんて今あるバッテリーが切れたらもうただのオブジェである。
さて、どうする?
……な〜んて……
――実はすでに収入の目処は立てている。
見るものすべてが珍しいからって、俺だってただただ当てもなく
先ほどから街のあちこちを廻りつつ、俺はあるモノを探していた。
実際のところ、いくらここが見た目中世(地球基準)風な異世界だからといって、それだけを根拠にソレの実在を確信していたわけではない。
地球ではなくとも、ここはあくまで現実の世界なのであって、創作の世界ではないのだし。言ってしまえば外国に来たようなものだ。本当にそんな胡乱なものがあるのかなんて判らない。少なくとも地球世界では中世の海外にソレがあったなんて話はない。
確度としては、せいぜい「まあ、たぶんあるだろう」ぐらいのものだった。
だから正直、賭けみたいな部分もあったのだが……俺はその賭けに見事勝った。
いやー、震えたね。恥ずかしながら、喜びのあまり見つけた瞬間に小さくガッツポーズをしてしまったくらいだ。
なんというかこう、今は自分に流れが来ているような気がする。……ま、気の所為かもしれんけど。
ちなみに、ソレはこの街のど真ん中にあった。
え?
もったいぶるなって?
……ノリが悪いなぁ……
まあいいや、たしかにこれ以上引っ張るほどのもんでもないし。
それでは発表しよう。
この街で俺が見つけたあるモノの正体とは――
それは――
テッテレー。
みんな大好き〜〝冒険者ギルド〟〜……的なもの〜。
――の、前に俺はいま再び戻って来た。
石造りの恐ろしく巨大な建造物だ。外壁は円筒状で周囲が約一キロメートル(歩測)、高さが約二十メートル(目測)。その
正直なところ創作の中に出てくる典型的な〝冒険者ギルド〟のイメージからはかけ離れている。
俺がここを「冒険者ギルドだろう」と判断したのは、いかにも〝それらしい格好〟をした連中が、ひっきりなしに出入りしていたからである(まさにいま、こうしている最中も、戦士や魔法使い風の装備に身を包んだ人々が周囲を行き交っている)。
え?
根拠はそれだけかって?
……それだけですけどなにか。
看板に何か書いてあるんじゃないかって?
そりゃ、たしかに看板はあるし、そこに何かは書いてあるけど。けど、ぜんぶ謎記号だから読めないし。
なら誰かに聞けって?
チッ。言われなくてもそれをこれからやるんでしょーが。
……どうしてあらかじめ外で聞いてこないんだって?
あ゙ーあ゙ーあ゙ー、うるっさいなあ……俺には俺のやり方があるのっ。
……だからけっして人見知りを発揮したわけではない。――ないったらない。
……いやホントだから。それをこれから証明するから。
「……よし」
(行くぞ行くぞ行くぞ――)
意を決し、
それにしても――
(……涼しいな?)
外はけっこう暑かったのに、建物内の空気はひんやりとしていた。
日光が遮られるだけでこうも違うのは湿度が低いからかもしれない。
街並みが似ているだけあって、気候帯も地球の中近東辺りと似ているのだろうか。あのあたりはたしかステップ気候〜砂漠気候だったはず。……夜は意外と寒いかも。
それはさておき。
「………………」
……さて、誰に話しかけようか。
いやー、皆さんとってもお忙しそうで気を遣ってしまうなー。
「………………」
……えー……っと……も、もう少し奥まで行ってみよっかな。
「………………」
……違うから。これはべつにびびってるとかじゃないから。たしかに冒険者風の皆様はおしなべて厳つい雰囲気をまき散らしていらっしゃるけど……そういうんじゃないから。
皆さん忙しそうだから気を遣ってるだけ。
いや、本当に。
「………………」
――あ! あのソロっぽい女の人にしよう。
「あのー……」
と少し遠目から声を掛け、自分の存在をアピールしつつ、俺は正面から歩いてくる魔法使い風の装備を纏った赤髪の女性(ちなみにヒト族――と呼ぶかは知らないが身体的特徴は
「……なに?」
彼女はダルそうにこちらを見た。少し化粧は濃いがけっこう美人だ。たぶん、二十代後半くらい。
「……えっと、いまお時間大丈夫でしょうか。よかったら少しお話を――」
「はぁ? 話ぃ?」
少し面食らったような顔をした女性は、
「ふぅん……?」
と俺の全身を舐めるように観察し、
「悪いけど、坊やには興味ないの。ほか当たってくれる」
ばっさり。
「あっ、はい」
彼女はそのまますたすたとどこかへ歩き去ってしまった。
……いや、べつにナンパしたいわけじゃないんだけど……。なんでちょっとフラれたみたいな感じになってんの。
――はい、こっちを見てニヤニヤしてるそこのあなた。違いますよ?
「くっくっく。兄ちゃんドンマイ」
すれ違いざま、にやけ面のおっさん(重戦士風)に肩を叩かれた。
(……ぐぬぬ、違うってぇのに)
あらぬ疑い(ナンパ失敗疑惑)を掛けられ、周囲から好奇の視線を集めてしまった俺は、どうにも居た堪れない気持ちを抱きつつ、建物内をさらに奥へと進んで行った。
入り口からまっすぐ。五十メートル(歩測)ほど進むと、通路は十字路になっていた。
選択肢は三つ。
人の往来は正面と右が圧倒的に多く、それに比べると左は行く人も来る人も少ない。
通路の先を見ると、
正面は……そのまま外(円筒状の建物の中庭部分)へ出られるようだ。
右は……お? あそこがギルド(推定)の
左は……なんだろう? 奥に立派な扉があって、その前に衛兵(?)が二人立っている。
さて、どうする――
(って、まずはギルドっしょ)
他は後でもいい。
まずは情報収集だ。
……つーか最初からそうするべきだった。
……そうすりゃいらん恥もかかずに済んだのに……
――俺ちゃんのお馬鹿さん!
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