彼は誰の探索者
@andynori
Chapter 1-0 異世界って、なんで?
時刻は正午過ぎ。
目下浪人生たる俺は、午前中を市立図書館の自習室で過ごし、それからいまは昼メシを食うため、一度家に帰ろうとしていた。
――時間の無駄だから外で済ませろって?
……浪人生の懐にそんな余裕はないんだよ。言わせんな。
最寄りのバス停でバスを降り、住宅地の路地を自宅に向かって歩くことしばし。
「ん?」
ふと、誰かに呼ばれたような気がして、俺は空を見上げた。
……いやまあ、いまにして思えば普通は空から呼ばれるわけがないんだが……
「っ……」
眩しい。
ひたすらに眩しかった。
受験に失敗してからというもの、鬱々と下を向いて過ごすことが多くなっていた俺にとって、久しぶりに見上げた空はあまりにも眩しく――。反射的に手をかざす。
「お」
手庇の下で目を細めると、この季節らしい五月晴れの空に一筋の飛行機雲。
(おー……)
飛行機雲なんてべつに珍しくもないが、個人的には久しぶりの遭遇である。割かし単純な俺は、それだけで少し感動して、得をしたような気分になる。あくまでも少しだけ。
「………………」
風に流され僅かに棚引く白線をしばらく眺め、さて帰ろうかと視線を戻すと――
――〝世界〟は変わり果てていた。
「は?」
思わず間抜けな声が漏れた。
たぶんいまの俺は〝鳩が豆鉄砲喰らった〟みたいな顔をしていると思う。
かなりの間抜け面だ。
……いや、でもだって仕方ないだろう。
ほんのちょっと(たぶん数十秒とか)目を逸らしただけで、目の前の景色が、それこそ世界観を疑うレベルで変わり果てていたら誰だってこうなる。――絶対だ。
俺は普段からなるべく他者の意見を尊重するようにしているが、こればかりは譲れない。――異論なんて認めない。
これほどの異常事態に瀕してなお平然と「……ふむ」とか言ってられる奴がいたらそいつこそ異常だ。異常者だ。頭オカシイに決まってる。
……申し訳ない。ちょっと興奮して何言っているか分からないかもしれないが……安心してほしい。
――俺もわけが分からない。
……うん、ダメだコレまったく安心できないヤツ……
(ぬあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!)
――ヨシ。
……いやうん、自分でもなにが「ヨシ」なんだかさっぱりわからんけど。たぶんちっとも、なーんも良くはなってないけど。
……けど、そうだな。とりあえずあれだ。
ここはぜひ一度、俺の見てる光景の異常性を共有してほしい。
――というわけで、まずは街並みから。
日本中どこにだってあるような、これと言って特色のない、画一的な住宅地(いわゆる郊外のニュータウン)といった風情だった我が地元の面影はもはや跡形もない。
アスファルト道路とツーバイフォー住宅の並ぶ近代的な街並みの代わりに現れたのは、石と木と布とレンガで作られた、どこか古めかしい、地域でいえば中近東の辺りを彷彿とさせるエキゾチックな街並み。これはもうバザールで御座る。
そして人。
平日の昼時ということもあり、先ほどまで買い物袋を提げた主婦か、トイプードルを連れたお年寄りくらいしかいなかったのに――
そのはずなのに――
いまや人、人、人……それこそもうどこを見渡しても人、人、人……〝石を投げれば人に当たる〟(って、そりゃそうだ)ってくらいの人の群れ。
初詣の境内もかくやといった具合の人いきれっぷりである。
鼻を突く香料、汗、あるいは体臭そのものの入り混じった独特のニオイ。
……こういうの苦手なんだよな……具合い悪くなりそう……
その上。
すれ違う人々が軒並み日本人離れした、ぶっ飛んだ容姿をしているのだから落ち着かない。
ちなみにどのくらいぶっ飛んでいるかというと……
顔立ちや服装がエキゾチックなのはまあ良しとする。街並みにも合っているし。
ただ、髪や肌の色のバリエーションがちょっとばかり豊かすぎる。
たとえば髪色。金、赤、茶、黒、白にそれぞれの濃淡まで併せれば、もともとそれなりのバリエーションはあるだろう。
しかし青や緑――ピンクやオレンジあたりになってくると、いくらなんでも不自然さが際立つ。
そりゃーまあ、染めれば何色だってあり得るってのは理解できるが、ちょっとこの数には圧倒される。ぱっと見、オーソドックスな髪色のほうが少ないとかもう違和感しかない。
そして肌色。こっちはもっとヤバい。なんだよこれ。
ヒトの肌色は普通、大まかに分けて白、黒、黄色の三色しかない。
……なかったはずだ。少なくとも俺の知る限りは。
――ところがどっこい、である。
いま現在、俺の見ている光景の中には基本三色の他に、赤青紫緑……etc、と。なんかもう見ていて「大丈夫?」と心配になるような肌色をされた方々が一定の割合いらっしゃるのだ。
もう一度言う、なんだよこれ。
――と、すでにお腹いっぱいかもしれないが(ちなみに俺はもうお腹いっぱいだ)、肌色の特異性もヤバいことはヤバいが人によってはまあなんとか? 飲み込めないこともない……かもしれない。
……が、こっちに関してはもう無理だ。
もはやツッコミどころしかない。
いろいろあるが、とりあえず――
――あの人、ケモミミ&尻尾生えとりますやん?
――あそこの超絶美形、耳の先尖ってますやん?
――そこの露店のおっちゃん、チビマッチョで髭もっさもっさですやん?
――つーか、ケモミミどころか二足歩行の獣とか爬虫類おりますやん?
――あれは羽……翼??
……と、まあそんな感じの連中がそれなりにいる。いらっしゃる。普通に。そこら辺に。
なんだよこれ(三度目)。もう日本人離れとかそれ以前の問題じゃん!
「………………」
(ぬあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!)
クソがッ!
もうコレ絶対アレじゃねーか!
――I S E K A I――
〝住宅地を歩いていたら異世界に着きました〟
(……って、ぬぅあああんでぇえええ?)
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