第二章 出現! ツンデレオパード

第1話 は? 男どうしは幼馴染って言いませんけど?

「で、俺はツンデレ幼馴染を探す旅に出たっちゅうわけや」

「ん? 何の話だっけ?」


 本間充は大学から少し離れた中心街にある安いチェーンの焼き鳥屋にて、地元の友人である西村と向かい合っていた。彼とは腐れ縁で、小中高と同じ学校に通っていた。大学では離れ離れとなったが、こうしてたまに飲みに行く程度の仲が続いている。


 地元といってもここから電車で一時間半ほど。毎日通学するのはややつらいので充は一人暮らしをしているが、こうしてたまになら、日帰りで飲み会の行き来をすることも可能である。


「せやから、ツンデレの幼馴染が俺にはおれへんから、探しに行こうとおもたんや」

「幼馴染って探して見つけるものなんだっけ?」


 よく日に焼けた肌をさらに紅潮させて、彼は熱弁する。


「おれへんねんからしゃあないやろ! なめとんかワレ!」

「お静かに願います」


 と言っても、周囲もかなりうるさいのでクレームの心配は無さそうだ。『ちょっと聞いてほしい話がある。飲み行こうや』とメッセージが入った時点で予期していた。だから充はこの店を指定したのである。


「うむ。いったん落ち着こか」


 西村はそう言って発泡酒の入ったメガジョッキを傾ける。


「そもそもの発端は、小学生の頃にハマったアニメや。あの頃はみんなと少年探偵団ごっこようやったなぁ」

「そういえばそうだ。懐かしいね」


 黒づくめの組織にヤバい薬を飲まされて身体が縮んでしまう系主人公が難事件を解決するアニメだ。


「俺はアレを見てなぁ、将来は絶対幼馴染と結婚するんやって信じて疑わんくなってもうたんや。そして願わくば、ツンデレであってほしいなぁと」

「ふーむ」


 わからなくもない。と充は内心で思ったが、まだ賛同するのは辞めておいた。幼馴染という言葉は何だか魅力的だ。幼い頃からよく知っているからこそ、恋愛には発展しづらい……みたいな葛藤があるから、フィクションで取り上げやすいのだろう。


「まず幼馴染について考察しようやないか」


 西村はメガジョッキを飲み干し、同じものを注文。充もついでにハイボールを頼んだ。


「幼馴染とは……幼い頃から仲が良い人、あるいは物心ついたときからの顔馴染みなどを意味する表現」


 西村は手のひらのスマートフォンを操作して文章を読み上げた。言葉の定義から始めるのか……気が遠くなりそうだ。飲まなくちゃやってられないと思い、充は到着したハイボールをのどに流し込む。


「言葉の定義からすると、我々も幼馴染なわけだ」

「は? 男どうしは幼馴染って言いませんけど?」


 充はもっともな指摘をしたつもりだったのだが、西村が真顔+標準語で言うものだから、そうかもしれないと思いなおしてしまう。


「さて、物心ついた頃からの顔馴染みっちゅうのは、男を抜きにしたってぎょうさんおるはずや。俺が思うに、小学校の同級生女子は全員幼馴染として良い。異論あるか?」


 幼い頃から【仲が良い】人。という条件を無視しているように思ったが、異議を唱えても面倒そうだから充は黙って首を横に振る。異論なし。異議なし。


「小学校の卒業アルバムで数えたから間違いないねんけど、そうすると対象となる幼馴染は四十七人おることになる」


 二人の通っていた小学校の規模からするとたしかにそのくらいだろう。


「この四十七人にしぼって、今度はツンデレに該当する者がいないか探すことにした。せやから旅に出ることになったんや」

「まさか、小学校の同級生女子四十七人全員を追跡調査したのか……?」


 充のように、地元を離れた者も多くいるだろう。小学校からどの中学に行ったのかくらいは把握しているかもしれないけれど、そのあと高校、大学まで追跡するのは至難の業だ。幼き日の愛らしい少年探偵が、いまやほとんどストーカースレスレ私立探偵となってしまった。


「ハハハ、まさかそんなことするわけないやん」


 西村が笑顔で否定するので、充はホッと胸をなでおろした。


「四十七人全員はやらへんよ。俺にも見た目の許容範囲があるからなぁ」

「あー、そういう……」


 胸をなでおろすのは早計であった。小学校の卒業アルバムからビジュのいい子および伸びしろのある子を選んで追っかけの旅に出たというのだろうか、恐ろしい。


「はるかなる旅路やったでぇ、いちばん遠かったんは高橋や。あいつは生意気なことにオーストラリアに語学留学しとったんや」


 高橋さんと言えば、たしかに性格はキツそうだった印象が残っている。クラスのリーダー格で、彼女を敵に回すと女子全員からシカトされる。しかしこれがデレてくれれば西村好みのツンデレになる可能性はある。


「まさか、南半球までアタックしに行ったのか?」


 ここまでくるともはや尊敬である。


「あぁーいや……SNSを辿ったらオーストラリアにいるってわかっただけやねん……」


 リスペクトもまた早計であった。


「なんだ、じゃあ何もしてないんじゃ……」

「そないなことあらへん! ちゃんとDM送ったし!」


 返事はなかったけど……という声は周囲の喧騒にかき消されるボリューム。

西村のことだから、距離感を見失った文面で思いの丈を送り付け、迷惑メールとして処理されたのであろう。充は高橋さんに同情の念を抱いた。


「高橋は断念して、他の幼馴染たちにアタックを開始した。南は和歌山、北は栃木まで、日本中を駆け回ったんや」

「せめて南は沖縄、北は北海道まで行ってくれ! 反応に困る!」


 中途半端なところが逆にリアルでもあるが……。


「でもツンデレっちゅうのが難しいんやなぁ。結構みんなツンツンしてくれるんやけど、デレがないといつか心折れてまうもんな……」


 みんながツンツンしているのはお前のアタック方法に問題があるのでは? と充は冷静に分析する。しかし西村は昔から、ややマゾ気質なところがあった。小学五年生の頃、クラスの女子全員から総シカトを喰らっていた時も、充の心配を余所に喜んでいたくらいである。


 何も変わってないな……と温かい目をしていて良いものかどうなのか。


「そもそも本間は、どういうツンデレが好きなんや?」

「あ、ツンデレ好きなのは前提なんだ……」


 勝手にこちらまで仲間にされてしまった。


「ツンデレには大雑把に分けて二種類あると思うんや」

「ほう」

「すなわち、時間的ツンデレと空間的ツンデレや」

「時間と空間?」


 急に伝説のポケ〇ンの話かと思ったが、違うらしい。西村はメガジョッキでのどを潤して続ける。


「出会い方が最悪で、犬猿の仲って感じで始まるんだけど」

「通学路でぶつかったり、いきなり裸を覗いちゃったり、殺されかけたりとか?」

「そうそうそんな感じ……って最後のは物騒やな」

「ごめん、ちょっとふざけた。続けてください」

「まぁええわ。最初はサイアクの状態で終始ツンケンしとるんやけど、時間が経って好感度を上げていくと、その分デレデレがすごくなるっちゅうやつや」

「最初嫌いだった分の反動で、デレに転じたときの依存度がすごいってことだね」

「せやせや。本間くんは優秀やね。それが時間的ツンデレっちゅうやっちゃ」

「オーケー。じゃあ空間の方は?」


 なんとなくわかりそうなものだが、しゃべらせておいた方が先生はご機嫌なので、充は優秀な生徒を演じる。


「これは公私でツンとデレをわけるタイプやな。公の場、つまり周囲の目があるときはツンツンするわけや。『だ、誰がこんな奴なんかと!』『べ、べつにコイツのことなんか何とも思ってないんだからね!』とか言うの。ふふ」


 酔いもあるのだろうが、自分で言いながら笑ってしまうのはさすがに気持ちが悪い。充は胸に手を当て、こみ上げてくるものを飲み込んだ。


「でもな、私的な空間、つまり二人っきりやと一変してデレデレになるわけや。お手々つないでチュッチュするわけや。見栄っ張りで恥ずかしがり屋なんやろな~」

「好きな子をイジメる小学生みたいな心境か」

「それがええんやろがい! その不器用な感じが!」

「すんません!」


 マジの剣幕で起こられる充。自らの言動を反省する。


「で、どっちやねん、本間は?」

「それで言うと、前者の方がいいかな~。時間をかけてお付き合いして、お互いのことを理解していきたいよね。あと、外でずっとピリピリしてたら嫌だし」

「ふふん」


 ツンデレ大学幼馴染学科の西村教授は、そんな充を鼻で笑う。


「そういう西村教授は、後者なの? どちらかというと後者の方が嬉しそうに語ってたけど」

「チッ、チッ、チッ」


 顔の前で人差し指を振る。なかなか鼻につく動きと表情である。


「世の中のツンデレはな、そうくっきり二つに分かれるわけやない。現実においても時間と空間を分けて考えることはできへんように」

「おいおい、それじゃあ『どっち』という聞き方がズルだろ」

「だまらっしゃい!」


 横暴な教授だ。ツンデレ大学の中でも嫌われているに違いない。


「時間的ツンデレと空間的ツンデレを3対7の配合でブレンドする。これがツンデレ界の黄金比やな。好感度マックスになった後、ずっとデレてばっかりやと物足りひんわ。ちょっとツンが欲しい」

「で、そんな人は見つかったの?」

「おらんねや。リアルにツンデレ幼馴染はおらんねやぁ」


 さっきまで怒りながら熱弁していたと思いきや、今度はしくしくと静かに泣き始めた。充が彼のメガジョッキをそっと取り上げても、抵抗を見せなかった。そろそろお開きにしようか。


「だからなぁ、今日も今日とてエロ同人誌でシコらなあかんのやぁ……」

「じゃあ帰りましょうね~」


 充は会計を済ませ、西村と別れる。西村は怒ったり泣いたりしてスッキリしたのか、むしろしっかりした足取りで帰路についた。


 だから充は、油断していた。本当は送っていってやるべきだったのに……


   ◆場面転換――西村の帰路


 早い時間から飲み始めたから、まだ終電には余裕がある。


 本間充みたいなリア充が、どうして俺なんかの誘いに乗ってくれるのだろう? 西村は冷静になった頭で考える。奴は大学で彼女をつくり、俺を置いて大人の階段を登っていった。もっとイケてる奴らとつるめばええのに。


「本間はホンマええやっちゃ。うふふ」


 自分で言って、自分でウケる。駅までの道は人通りがなく、西村はご機嫌であった。


「つまらん……」


 その時だった。背後の暗がりから男の声がした。


「おぅふ。なんや誰かおったんか」


 誰もいないと思っていたので、西村は飛び上がって驚く。


「現実はつまらん。そうは思わないか?」


 暗闇から現れたのは、黒パーカのフードをすっぽりかぶった瘦身の男。


「俺のダジャレがつまらんって言われたんかと思たわ」

「それもつまらん……」


 声はしわがれていて、フードで顔は見えないものの年上であろうと思われた。


「いきなりなんやねんおっさん。こちとら飲んだ後で膀胱パンパンやねん。ビビらせたらちびってまうぞ」


 西村は恥ずかしさを紛らわすために冗談をかましていく。否、膀胱パンパンなのは事実なので、あながちジョークでもハッタリでもなかったりする。


「解放せよ」


 フードの男はそう言って、西村にぐいと近づく。


「え、膀胱を解放せよやて? ここで?」


 西村は少し怖くなって一歩下がる。


「非リアエナジーを、解放せよ」


 黒い男は懐から何やら細い棒きれを取り出す。


「あーはいはい。ひりあえなじーのほうね。ってなんやねんそれ!」


 西村渾身のノリツッコミを無視して、男はステッキをかざす。


「うわああああああああああああああああああああああああ」


 夜中の路地に、西村氏の哀れな悲鳴が響く。

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