第3話 現実武装――リアライズ‼

 充は懐から仮面を取り出した。


 白い翼のような仮面だ。もちろん彼はそんなもの見たことが無かったし、つい今しがたまで存在すら知らなかった。当然、懐に入れた覚えもなかった。


 だが、充にはわかっていた。


 その仮面が懐に入っていることを、さも当然のようにわかっていた。その仮面が、自ら彼の懐に飛び込んできていることも、わかっていた。


 これが『選ばれる』ということなのだ……と。


「わかってるよ、じいちゃん。これがリア充の力なんだね」


 充は一人つぶやく。現在行方不明の祖父に向かって。

 そして、仮面を手にして、おぞましい化け物に対峙する。それは触手をタコのように動かし、ゆっくりとこちらへ向かっている。まだ地上の歩き方がよくわかっていない様子である。

 

 ――キキィ

 

 その時、彼の背後で音がした。

 車のブレーキ音であることはすぐに分かった。

 だが、充は振り向かない。目の前の標的から目をそらすことは、許されていないのだというように。


「き、君は何者なんだ?」


 車から降りてきた男が尋ねた。

 指令室から急遽駆け付けた、リア充銃士団・団長である。


「通りすがりの――リア充さ」


 充は振り返らないまま答え、純白の仮面を天高くかかげた。

 そして叫ぶ。


「『現実武装』――リアライズ‼」


 掛け声とともに、仮面を装着する。

 その途端、神々しいまでの白銀の光が、仮面から、そして充の体中から放出される。


「ぐぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお⁉」


 DTが、光を浴びて苦しげなうめき声を上げる。

 あまりの眩しさに、駆けつけた銃士団の面々も目を逸らさざるを得ない。

 圧倒的なまでのリア充エナジーである。

 充は両腕を拡げ、光の奔流を受け入れる。

 光の粒子が収束し、彼の身体に吸着する。

 マントを払うように、腕で残光を薙ぐ。太陽に照らされた塵のように、光の欠片がただよう。


 光が収まった時、そこには白銀の装甲を身にまとった一人の男が立っていた。

装甲と言っても、鎧のような重厚なものではない。黒のピッタリしたボディスーツを基本とし、腕、脚、腰回り、胴、という主要部分を、メタリックな白い装甲が覆っているのである。


「『純白の両翼』――イノセント・ホワイト!!」


 充にはやはり、わかっていた。

 この白きリア充に与えられた名を――。


「力が……溢れてくる! これなら行ける!」


 充は自らの拳を見つめ、そう言った。

 その声は、戸惑いのない、確信に満ちたものだった。


「ぐがぁあああああああああああああ!」


 DTがやみくもに触手を放つ。周囲の木々をなぎ倒し、地面を穿つ。

 しかしその攻撃を、充は軽々と躱してみせた。そして少し距離を取る。


「『リア銃システム』――オン‼」


 今度は両腕を斜め四五度下方へ突き出す。

 その掛け声に呼応するかのように、再び空が悲鳴を上げ、ガラスのように割れた。

 その次元の狭間から、流れ星のように飛来する光が、二つ。

 その光はDTを挑発するようにかすめ飛び、綺麗な弧を描いて充のもとへやって来る。

 そして、突き出した両手の中にピタリとおさまる。


 それは、二つの拳銃だった。


 現実の世界には存在しない銃、リア充エナジーを弾として打ち出す銃――すなわち、『リア銃』である。


「二丁拳銃……だと! いきなり二つも『リア銃』を呼び出したというのか‼ この男、只者じゃあない‼」


 団長がハイテンションで驚愕をあらわにする。


 充は二つの銃を構え、満ち足りた気分で立っていた。

 見据えるのはやはり、前方のDTのみ。


「さっきから後ろで騒いでいるおじさん……」


 彼は振り向かないまま、背後の団長に声をかけた。


「な、なんだ?」

「リア充ってのは、チャラいサークルに入り、周りに合わせて楽しくしてる有象無象のことをいうわけじゃない。親ガチャSSR引き当てて生まれながらに何不自由ない金持ちでもない。ましてや、恋だ愛だと騒いでその他の生活を疎かにする俗物でもない」

「な、何を言っている?」


 団長は困惑した。リア充な団員を集めるにあたって選考基準とした項目がまんまと見抜かれていたからだ。


「そんな寄せ集めリア充では、『こいつ』に選んでもらえないよ」


 充は二つの銃口をDTへ向ける。


「君たちはそこで見ていろ。僕が真のリア充エナジーを見せてあげよう」


 言って、引き金を引く。

 煌びやかな銀色の閃光が、空気を切り裂いて飛ぶ。それはDTの体を直撃した。


「ぐぁああああああああああああああああああああ‼」


 DTのヘドロ状の表面が蠢いて、口のようなものを形成する。そこから悲鳴が漏れる。

 充の『リア銃』は、圧倒的な力の差を見せつけていた。


「なんてことだ! これが……リア銃の力……」


 団長は悔しがりながらも、感動すら覚えていた。


 しかしそこで、唐突に充は銃撃をやめた。


「な、何をしている? どうして奴を倒さない⁉」


 団長が声をかけるが、充に動じた様子はない。


「あいつ……何か話そうとしているんだ」


 充はDTが口を形成したのを見て、そう判断したのである。


「こ、この男ォ……あんな怪物を前にして、コミュニケーションの可能性を考えたというのかッ⁉ 馬鹿な!」


 団長は信じられない思いで、その白銀の銃士を見つめる。

 充は意にも解さない様子で、巨大なDTを見上げる。


「じいちゃんが言っていた……人は見かけで判断しちゃいけませんって」

「あれどう見ても人じゃねぇだろ‼」


 団長がツッコミを入れるが、やはり充はマイペースである。


「いや、あれは非リアたちの妄執が生み出した産物だろう? ならば、もともとは人だ」


 そう、『次元超越体』ことDTは、非リアたちの妄執――非リアエナジーを原動力として存在しているのだった。


「どうしてそこまで知っているのかはわからんが、それだけ理解しているのなら話は早い。奴らは所詮、童貞キモオタの想念が集合して形を成したものだ。倒す以外に道はない!」


 一方的に、それが当然とでも言うように、団長は叫ぶ。


「倒すかどうかは、僕が決める」


 しかしそんな団長を尻目に、充は悠然とDTへ向かって歩いて行った。


「い……いも………と」


 DTが口(のような部位)をうごめかし、何か発話しようとしている。


「お、おま……え……」

「何だ? 言いたいことがあるなら聞いてあげよう」

「おま、え……おれ、の……いもうと……か?」

「…………」


 DTによる驚きの質問に、充は絶句する。絶句せざるを得なかった。

 どうやらこのDTは、非リアたちの妄執の中でも、とりわけ妹萌えに特化したモノらしい。


 充はしかし、少しの間を開けて、一応真面目に答えておこうと試みる。


「いや、違う。僕はお前の妹じゃない」

「いもうと……どこ?」


 充は少し背筋を正し、DTに向かって真実リアルの刃を突きつける。


「教えてやろうDT……貴様の言うような妹は存在しない」

「いもう、とぉ………」

「朝、布団の上から飛び乗って起こしてくれる妹など存在しないんだ!」

「ぐぐぐ……」

「やたら家事ができて面倒見がよく、ダメな兄貴のことが何故か好きで文句を言いつつも世話を焼いてくれる妹など、存在しないんだよ」

「うがぁああああああああ」

「お兄ちゃん、アタシ、おかしくなっちゃったみたい……お兄ちゃんのことを考えると、ココが熱くなっちゃうの……見て、くれる? っていう妹なんか、確実に存在しない!」

「うぎぃいいいいいいいいいいいいいい」


 DTは凶悪な、歯ぎしりのような音を大音量でまき散らしたあと、ゴバァと口を拡げた。


 その口が何を目論んでいるのか……つまり、誰を飲み込もうとしているのか。そんなことは明白だった。しかし、当の充は動こうとしない。


「お、おい君ィ! 避けてくれぇええええええぃぃ‼」


 団長の悲鳴が、むなしく響く。


 そして――


 ――バクリ。


 異形の口は、悠然と立つ充を、問答無用で一飲みにした。

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